芽衣の返事を聞き、凛花は満面の笑みを浮かべる。半分だけでも、猛烈に肩が軽くなった気がしたのだ。そんな安堵している凛花に、芽衣がにじり寄って来る。

「そ、それで、いつ・・・いつ来るの?」
「え・・・? ちょっと待ってて、確認してくるから」

 そう芽衣に告げ、凛花は廊下に出た。ここまで連れてきてもらうことになるだろうから、陸斗に、いや母親に確認してみなければならない。

 談話室がスタッフステーション近くにあったことを思い出し、凛花はそちらに向かった。校則が厳しい川中高校では、スマートフォンの持ち込みが発覚すると卒業まで没収される。スマートフォンを余り必要としない凛花は、当然のように持っていない。

 スタッフステーションの前を通過し、談話室というプレートが差し込まれた部屋に入る。予想通り、奥の窓際に電話機を見付けた。ついでに、椅子に腰を下ろし夕方の地方番組を見ている平良も。

 スパーン!!という小気味の良い音が聞こえ、同時に平良は悶絶した。後頭部を押さえ、文句を言おうと平良が顔を上げる。しかし、そこには鬼のような形相の凛花が立っていた。おそらく、凶暴なクマも一目散に逃げ出すだろう。

 一瞬で怒りの炎が鎮火した平良は、おそるおそる凛花に声を掛ける。

「な、何かあった?」
「・・・サンだって」
「え、何?」
「オバサンだって、私が!!」

 言葉に詰まる平良。
 確かに、芽衣から見ればオバサンには違いない。だが、相手は小学1年生だ。そんなにムキになることも・・・
 そう思いながら再度凛花の顔を覗くと、少し涙目になっている。どうやら、オバサンと言われたことが、相当ショックだったらしい。

 「どうでもいい」と平良は思ったが、当然、言葉にしたりはしない。どんな八つ当たりをされるのか、想像しただけでも恐ろしい。

「それで、話しはどうなったの?」

 保身のために話題を変えようとした平良の言葉に、我に返った凛花が公衆電話の受話器を手にする。

「芽衣ちゃんのオッケーはもらったから、後は陸斗君をここに連れて来るだけ」
「ふうん・・・」
「小銭」

 手を伸ばしてくる凛花。それを見てため息を吐きながら、ポケットからあるだけの小銭を取り出し、10円玉をその手の平に乗せた。


「あ、もしもし。立花です・・・あ、こんにちわ」

 会話の様子から、相手は陸斗ではなく母親のようだ。早速、凛花は話しを始める。凛花の口調と表情から、話しは順調に進んでいるらしい。自分の子供のために無償で動いてくれている人に、悪い感情など抱くはずがない。

 母親の承諾は、すんなりと得られた。しかも、明日。ちょうどこの辺りに用事があるらいしい。後は、陸斗の気持ちだけだ。

「あ、陸斗君?」

 電話の相手が母親から陸斗に変わった。凛花の表情に、少しだけ緊張の色が見える。

「あのね、占いの結果が出たんだけど・・・聞きたい?」

 凛花のフリに、勢い良く陸斗が食い付く。そんな陸斗に対し、凛花はハッキリと、しかし曖昧な言葉を紡いでいく。

「逃げちゃダメ―――――どんな結果になっても、それは陸斗君の為になることだから。
 どんな結果になろうと、その答えから逃げないで。それはきっと、陸斗君の将来に役に立つことだから。
 だからまず、自分の気持ちを相手にしっかりと伝えて」

「ぜーんぜん、意味が分かんない」

 横で聞いていた平良の耳に、陸斗の声が受話器越しに届く。相手は幼稚園児だ。分かりやすく伝えたつもりでも、なかなか想いは伝わらない。そもそも、間近で聞いていた平良にも、凛花の言わんとすることが微塵も理解できなかった。
 結果と言いながらも、「とりあえず告白しろ。ダメでも一生懸命生きていけ」と告げているのだ。占いの結果でも何でもない。ただ、代理で芽衣に会って告白の場所を決めてきただけなのだ。

「えーっと、つまり・・・告白しようよ!!ってこと」

 占いの結果が「告白しようよ!!」であるならば、「告白すると成功する」と受け止められる可能性が高い。大丈夫なのだろうか?
 2人の会話を聞いていた平良が危惧する。しかし、一度口から出た言葉は戻ってこない。平良の予想が的中しているかのような声が、受話器越しに聞こえてきた。

「分かった。ボク、頑張ってみるよ!!」


 受話器を置いた後、「よっしゃー!!」とガッツポーズをする凛花。談話室で寛いでいる皆さまから、冷たい視線が注がれる。それに気付いた凛花は、口を押さえて小さくなった。それでも、その表情には達成感が見える。既に、9割方終了したと思っているのだろう。

「ちょっと、芽衣ちゃんに伝えてくる」

 そう言って談話室から出て行く凛花。
 しかし、そんな凛花を眺めながら平良は小首を傾げた。
 芽衣の入院している理由は、腕の怪我だとしか思えなかった。最悪の事態も想定していたが、とても生死に関わる病気と思えない。明日にでも退院できそうな雰囲気だった。それならば、陸斗が口にした「時間が無い」とは、一体どういう意味だったんだろうか?