翌日の午後5時。前日とは違いJR山陽本線と路面電車を利用した凛花と平良は、昨日よりも早く小児科の病棟に到着していた。

 昨日の帰宅途中、2人は話し合って―――凛花が一方的に喋り倒して、1人で決めた。芽衣をどうにか説得し、陸斗の告白を受けてもらおうと。
 告白を受けると言っても、承諾してもらおうという意味ではない。文字通り聞いてもらうだけで、結果どうなるかは二の次だ。成功する可能性はほぼ0パーセントだが、答えさえ出れば意外とスッキリとするものだ。


 覚醒後のゴールド・オーラを纏う凛花の後に、明らかにヤル気がない平良が続く。905号室に到着。そこで「よし」と呟いた凛花が、顔を上げて開け放しの扉をコンコンと叩いた。

 病室は4人部屋で、窓際と廊下側に2台ずつベッドが並んでいる。廊下側の右側に芽衣の姿はあった。顔を上げた芽衣と、凛花の視線がバッチリと合う。その瞬間、芽衣が少しだけ嫌な表情を見せる。

「芽衣ちゃん・・・だよね?」

 聞いたこともないような凛花の猫なで声に、背後にいる平良の腕にザワザワと鳥肌が立った。声を掛けられた芽衣は、あからさまに疑わしい視線を平良に送り、ナースコールボタンを握る。

「あ、ちょ、ちょっと待って!!」

 慌てて凛花は平良の方に振り向くと、手でシッシッと追い払うような仕草をする。平良は内心少しムッとしたが、面倒事から逃亡すチャンスには違いないため、そそくさと病室から離れて行った。

「悪いヤツじゃないんだけど、見た感じアレだから」

 平良が去った後も凛花を見上げ、芽衣はナースコールボタンから手を放さない。見知らぬ人が突然尋ねてくれば、芽衣でなくても同じ態度をとるだろう。
 凛花は共通の知人の名前を出し、緊張を和らげることにした。それに、その方が話しの展開にも都合が良い。

「陸斗君って、知ってる?
 おねえさんは、陸斗君の知り合いなのよ」
「陸斗君・・・? 足の骨折って入院していた、陸斗君?」
「そう」

 陸斗の名前を聞いた芽衣の表情が、一瞬でパッと明るくなった。ナースコールのボタンから手を放し、凛花の方に顔を近付けてきた。そして、斜め下から見上げて口を開く。

「ふーん・・・陸斗君の知り合いなんだ。一応、信用はしてあげる。でも、おねえさん?オ・バ・サ・ンじゃないの?」

 小学1年生だというのに、挑戦的な笑みを浮かべる芽衣。言われたことを理解するのに少し時間を要した凛花は、その意味を噛み締めながら引きつった笑みを浮かべた。

「JKだし、まだ17歳だし」
「芽衣は7歳。10こも年上だと、やっぱオバサンよね。あと5年もしたら、オバサンよりもっと大人っぽくなって、もっともっと綺麗になると思うし」

 芽衣のオバサン発言連発に、ワナワナと肩を震わせる凛花。その様子を見て、勝ち誇ったかのように芽衣が鼻を鳴らす。
 どうやら、芽衣は自分がズバ抜けて可愛いということを認識しているらしく、同じ系列の凛花に敵意を向けているようだ。

 このままでは、どうにも話しが前に進まない。大きく2度深呼吸をしながら、凛花は自分に自分がオバサンだと言い聞かせた。

 オバサン、私はオバサン、私はオバサン・・・

「それで、り、陸斗君が芽衣に何の用なの?」
「私はオバサン!! ハッ!?
 あ・・・そう、それそれ、それを伝えに来たの。オバサンは」

 自分をオバサンと呼ぶ度に、凛花の何かが音を立てて崩れていく。それでも、凛花は芽衣に会いに来た理由を伝えようと、失くした何かに気付かないフリをする。

「陸斗君ね、芽衣ちゃんにどうしても伝えたいことがあるって。退院してからも、ずっと、ずっとそう思ってるらしいの」
「ふ、ふーん」
「それでね、陸斗君を連れて来るから、話しだけでも聞いて欲しいんだけど・・・ダメかな?」

 凛花が芽衣を真正面から見ると、芽衣は瞬間的に視線をベッドに落とす。少し、耳が赤いようにも見える。

 数秒後、うつむいていた芽衣がいきなり顔を上げ、包帯がグルグル巻きにされた腕を腰にやって平らな胸を張った。

「オ、オッケーよ。話しくらいは聞いてあげる!!」
「ホントに!? ありがとう!!」