優しげな笑顔を見せる清水川に、凛花が恐縮して頭を下げる。仕事の用件ではないと気付いた清水川が、話しやすいように口調を変えた。
「それで、私に何の用かな? 初対面・・・だよね?」
「はい。あの・・・実は陸斗君のことで相談がありまして。陸斗君のお母さんに、入院中のことなら清水川さんに聞いて欲しいと」
「リクト君・・・長谷川 陸斗君?」
「はい」
「先々週退院した、元気が良い、陸斗君ね。
何か、問題でもあったの?」
あまりにも場違いな気がして、さすがに凛花も口ごもる。しかし、これを告げなければ、ここまで来た意味がなくなってしまう。
「あ、あの、それが、その・・・恋愛相談、でして」
「恋愛」という言葉を聞き、清水川さんの目が点になる。想像すらしていなかったのだろう。退院した患者の恋愛相談など、本来なら看護師には全く関係ない。それでも、清水川は穏やかな表情のまま続きを促した。
「実は、入院中に出会った、メイちゃんという女の子が好きになったらしくて。えっと・・・どうにか、ならないものかと。本人は結婚したいとか言っているんですけど、もちろん、そこまでのことは・・・」
「結婚って、大変な力仕事だし。お金かかるしね」
「そこじゃないだろ!!」と、思わずツッコミそうになったが、相手は平良ではない。条件反射的に持ち上がる右手を、凛花は必死に抑え込んだ。
陸斗のリクエストに対し、凛花も平良も未だに明確なビジョンは持っていない。もちろん、結婚などできる年齢ではないし、相手の気持ちが第一だ。まず、相手のメイちゃんという女の子に会ってみないことには、何の解決策も見付けられない。
「高見沢 芽衣ちゃんのことでしょうね。入院中、陸斗君と一緒にいる所を何度か見たことがあるし・・・そもそも、他にメイちゃんはいないしね」
「芽衣ちゃんは、今でも入院しているんですか?」
「そこの、905号室に入院しているけど」
「少しだけ、覗いても良いですか?」
清水川が2人を先導する形で廊下を進み、905号室の前に立つ。そして、開け放しになっている扉から病室の中を覗き込んだ。
右腕に包帯を巻いた女の子が、一生懸命にスプーンでご飯を食べている。その女の子の顔を見た瞬間、凛花はもちろん、平良も「間違いない」と大きく頷いた。まだ幼い雰囲気ではあるが、ジュニアアイドルに匹敵するレベルの美少女だったのだ。
「夢、見過ぎじゃないの?」
珍しく平良が口を開く。それほどまでに、誰がどう見ても一般人の陸斗と、釣り合いが取れるとは思えなかった。平良の暴言に、凛花も無言のままだ。
確認を終えた3人はスタッフステーションの前まで戻り、その場で仕事途中だということを思い出した清水川と別れる。スタッフステーションへと消える清水川の姿を見送った後、凛花はしばらくその場で考え込んだ。
常に前向きな凛花であるが、現時点では悲観的なことしか頭に浮かばなかった。それでも、芽衣と直接話しをしてみないことには、結論が出せない。もしかすると、逆転満塁ホームランということがあるかも知れない。
凛花は顔を上げると、平良の方に向き直る。
「出直そう」
「は・・・?」
「だから、明日また来ようって」
「・・・誰が?」
「ユー・アンド・ミー」
平良に向けられた後、その人差し指がクルリと向きを変えて凛花自身を指す。
「だって、今日はもう遅いし、芽衣ちゃんと話そうと思ったら、もっと早く来るしかないじゃん。当たり前でしょ?」
そう言って、病室の方に視線を送った凛花が振り向く。
平良は今度こそ断ってやろうと思ったが、その真剣な表情を目にした瞬間、出てくるはずだった言葉が止まった。そして、口からは真逆のセリフが出てしまった。
「分かったよ」
「よし」と言って、凛花がふわりと笑う。
ツンだけ姫―――と呼ばれる凛花の笑顔は平良に独占されている。そのことを平良はもちろん、凛花自身も分かっていなかった。
「たーいーらー、エレベーター来たよ。
早く乗らないと置いていくよ」
慌ててエレベーターに乗り込む平良。平良が乗り込んだことを確認し、腕組みをした凛花がボタンを押した。