凛花は口の中で何度も「メイ」という名前を何度か繰り返し、脳内のシナプスにしっかりと刻み込む。

「あ、清水川っていう名前の看護師さんがいるから、その人に聞いてみたらもっと詳しく分かると思うわ」
「清水川・・・さん、ですか?」
「そう。陸斗がよく懐いていた看護師さん。たぶん、相談に乗ってくれると思うから、行った時に声を掛けてみて」

 凛花は「清水川、清水川」と何度も復唱しつつ、長谷川の母親に向かって頷いた。さすがに平良は「メモとったら良いのに」と思ったが、面倒なことになりそうなので口にはしなかった。

 その時、開け放しだった扉から、聞き覚えのある声が庭先に響いた。

「あ―――――っ!!」

 凛花が母親の肩越しに玄関を覗き見ると、裸足のまま飛び出して来た陸斗が立っていた。

「結果、出た―――――!?」

 陸斗の問いに、凛花はわざとオーバーに首を左右に振る。

「もう少しだけ待って、ごめんね」

 凛花の返事に、誰が見ても分かるくらいに陸斗の表情が曇る。そして、スタスタと玄関から出て来ると、凛花の前に立って顔を上げた。

「時間が無いんだ。早く、早くして。お願い!!」

 時間がない?
 凛花は意味が分からず、とりあえずニコリと愛想笑いを浮かべる。

「分かった。近いうちに、必ず結果を伝えに来るから」
「絶対に絶対、約束だよ!!」

 差し出された小さな小指に、凛花の細い小指が絡まる。
 暑さと疲労で瀕死の状態に陥っている平良が、ゼーハーと呼吸を整えながら眺めていた。「時間がない」理由を、最悪の意味で想像しながら。


 門から離れた場所で一度振り返った凛花が、玄関に立つ2人に手を振る。平良は振り向きもせず、一心不乱に坂道を下りて行く。少しでも体力を温存するために、余計な動作はしない。長谷川の母親の話では、坂道の下にバスセンター行きのバス停があるらしい。「一刻も早くバス停に到着し、一刻も早くクーラー全開のバスに乗り込むんだ!!」その思いだけが、平良の足を前へと進める。

 スタスタと前を歩く平良に、凛花が小走りで追い付く。そして、横に並ぶと肘で平良を小突いた。

「平良、アンタ一言も喋ってないじゃん」
「うん」
「何の役にも立ってないじゃん」
「うん」
「あとさー、あと体力なさ過ぎ」
「うん」
「でさー・・・」
「うん」

 ―――――かなり面倒臭い。
 とても本人には言えないが、さすがの平良も少しイラっとする。しかし、たぶん凛花は今、先ほどの平良と同じ想像しているのだろう。そう考えると、仕方がない気もする。

「やっぱ、メイちゃんって子は、病気なんだろうね」
「うん」
「どんな病気なんだろうね」
「うん」
「うんって名前の病気があるかい!!」

 平良の後頭部からスパーンと気持ちが良い音が聞こえる。
 その直後、頭を押さえる平良の向こう側から、タイミング良くバスが走って来た。赤色のラインが数本入ったバス。フロントの上部に設置された電光掲示板に「バスセンター行き」という文字が光っていた。

 ここからバスセンターまで、渋滞を加味してもおそらく30分程度。そして、市民病院はバスセンターの目と鼻の先にある。徒歩で10分もかからない。

 どういう結果になるにしても、何かしらの答えを見付けなくてはならない。その答えを、占いの結果として伝えることを陸斗と約束したのだから。