6組に移動し、後方の扉から中を覗き込む。
 すると顔を突っ込んだ凛花に気付き、男子生徒達が一斉に振り返った。見知らぬ女子生徒が、ひょっこりと顔を見せたからではない。凛花は十二分に有名人だ。1組から3組は3階にあり、4組以降は2階に教室がある。そのため、この階で凛花を見掛けることはほとんどない。だからこその、余りお目にかかれない凛花を一目見ようという男子生徒達の行動だ。

 教室がザワついたからなのか、ちょうど真ん中付近に座っていた長谷川が凛花の方に振り返った。長谷川の顔を確認した凛花が、いつもと変わらない様子でズカズカと教室の中に入って行く。

 平良はとういうと、凛花の傍若無人ぶりを一歩引いた位置、扉の廊下側から静かに眺めている。

「長谷川さん」
「立花っ!?」

 目と目が合った瞬間、バチバチと真っ赤な火花が飛び散る。
 今でも、あの時の遺恨が完全に消え去った訳ではない。お互いに様々な感情を抱えているため、そう簡単に和解などできる状況にない。

 凛花にしてみれば、今やチームメイトとなった島田が散々イジメられたことを容易く忘れることはできない。
 長谷川達3人にしてみれば、3年生や顧問に2人が抜けてしまった責任を追及され続け、現在進行形で苦境に立たされている。直接ではないにしても、関わっていた凛花に対しても含むものがある。


「で、何?」

 長谷川が凛花から視線を切り、食べ掛けの弁当に視線を落とす。用事が無いなら、サッサと帰れと言わんばかりだ。凛花は大きく息を吸い込み、自らを落ち着けるように大きく息を吐き出した。

「陸斗君って、あなたの弟じゃないの?」

 長谷川が顔を跳ね上げる。

「どうして、アンタの口から陸斗の名前が出るのよ!!」

 陸斗という名前が出た瞬間、長谷川が食い気味に反応を示す。一人っ子の凛花には、想像することしかできないが、自分に似ていて、しかも年が離れた弟ともなれば強い思い入れがあるだろう。

 見上げる長谷川の眉根が吊り上がる。
 それを目にした凛花は少しムッとした表情を見せたが、膝を折ってその場にしゃがみ込む。そして、周囲には聞こえない小さな声で、土曜日の出来事を話し始めた。

 話しが進むに従い、不機嫌そうに口をへの字にしていた長谷川の表情から棘が抜けていく。

「陸斗がいなくなって、横河辺りで見付かったって聞いてたけど・・・そう、陸斗が行った占い屋ってのは、アンタのところだったのか」
「まあ、ウチはお好み焼屋だけどね」

「・・・それで?」
「私はさ、遠くまで来てくれた陸斗君の期待に応えてあげたい。だから、陸斗君が入院していた病院がどこなのか教えて欲しい。
 それと、入院している時に何か聞いたことがあれば、何でも良いから教えて」

 長谷川は再び凛花から視線を逸らすと、机の横に掛けてあったカバンからノートを取り出す。そして、最終ページをビリリと破り、そこにシャープペンシルを走らせた。

「入院していたのは市民病院の小児科。あと、これ・・・」

 凛花は差し出されたノートの切れ端を、無造作に受け取る。

「この住所・・・?」
「ウチ。アタシは部活が忙しくてほとんど病院に行ってないから、ウチの親に聞いた方が良い。アタシに聞いたって言えば、それなりに教えてくれると思う」
「分かった」

 受け取った紙をスカートのポケットに入れ、凛花はスッと立ち上がる。長谷川はそんな凛花をチラリと見上げた後、ボソリと小さく呟いた。

「ごめん、頼むよ」

 その言葉に、凛花も軽く頷いて見せた。