なんだそりゃー!!
喉から飛び出そうとする雄叫びを必死に抑え込み、外見だけの平静を取り繕う平良。もう、嫌な予感しかしなかった。
既に自分の手を離れた以上、無関係だと言わんばかりにジリジリと凛花との距離を広げる。
「2人が何をやってるのか分かんないけどさ、長谷川に聞けば何か知ってんじゃない?」
中薗の声が2人の距離を埋める。
「そうそう。年が離れた弟とか、可愛くて仕方ないんじゃない?」
「そう・・・なの?」
「じゃない?」
「たぶんねー。分かんないけど」
無責任な言葉で凛花を煽る中薗と島田。
この雰囲気からすると、3人はもう意思の疎通ができるようになっているのだろう。そのやり取りを見ていた平良は、なぜだか少し安堵した。
平良がこの店に出入りするようになって1ヶ月近く経つが、凛花を尋ねて来た友達はいない。そもそも、学校でも超が付く有名人であるにも関わらず、誰かと特別に親しくしている所を目にしたことがない。人当たりが良くサバサバとした性格のため知り合いは多いが、凛花と深く繋がっている人が思い付かない。
誰よりも早く帰宅していることも原因の1つだろうが、一番の理由は凛花自身にある。あらゆる面でハイスペックな凛花に、その他大勢の一般人は気遅れしていまうのだろう。実際は、こんなにも普通の女の子なのに。
そんなことを考えながら平良が3人を眺めていると、不意に凛花が振り返った。いつも通りの弾けるような笑顔ではあるが、平良は嫌な予感しかしない。
「よし、平良、やるよ!!」
巻き込む気満々の掛け声に対し、反射的に返事をしようとして思い止まった。何となく勢いで流されかけていた意識を繋ぎ止め、気力を振り絞って抵抗する。既に陸斗の件は自分の手を離れ、独り歩きを始めている・・・に違いない。
平良はフルフルと首を左右に振った。
「平良、アンタは私の助手だから、ね?」
ね、じゃないだろ!!
心の中でそう思いながら、平良はその場で静かに項垂れる。これまでの経験上、何だかんだと条件を提示され、最後には手伝わなければならなくなる。しかも、今回の人質は英語だ。無駄な抵抗なら、早々に諦めた方が賢明だろう。
そんな平良を見て、島田がケラケラと笑う。
「アンタ達って、ホントに仲良いよねー」
「はあ? 何言っちゃってるの!!」
「いやいや、見た感じの話し。まあ、私らは何となく関係が分かるけど、その他大勢には分かんないからねえ。凛花はともかく、平良は気を付けた方が良いかもよ?想像以上に、凛花のファンは多いから」
中薗の忠告にも、我関せずと無表情を決め込んでいる平良。
実際、校内で言葉を交わすことはないし、一緒に登下校するなんてこともない。単に、数学と英語の先生と生徒という関係だ。誰かに恨まれるなんてことが、あるはずがない。たぶん、ない。
週明けの月曜日、早くも凛花は活動を開始した。
バスケットボール部の練習は、厳しいことで有名だ。もし話しが聞けるとすれば、昼休憩の時くらいだろう。
「たーいーらー」
教室の隅でサンドウィッチに噛り付いていた平良の耳に、悪魔の呻き声が聞こえてきた。聞こえないふりを決め込んでいたが、その声は徐々に大きくなってくる。
「たーいーらー」
「たーいーらー」
「たーいーらー行くよー」
「はああああ・・・」
諦めて大きくため息を吐くと、食べかけのサンドウィッチをビニール袋に戻す。
こうなれば、早く用事を済ませて戻って来るしかない。
そう思いながら立ち上がり、凛花の背中を追い掛けようとして顔を上げる。その瞬間、教室の至る所から火の手が上がり、平良に襲い掛かった。ジェラシーの真っ赤な炎が足元に燃え広がり、炎の渦に平良は飲み込まれた。
「たーいーらー」
「はい、はい」
扉付近で振り返る凛花に、平らは慌てて返事をする。周囲の状況を認識した平良は、中薗が冗談ぽく口にした言葉を思い出した。
だから、無関係なんだって!!
平良の心の叫びが、周囲に届くはずがない。そもそも凛花に、自分が有名人だという自覚が微塵も無い。
「平良、返事は1回でしょ」
「・・・はい」
平良はまるで背後霊のように、凛花の後を追って廊下を歩いて行った。