「えっと・・・リクト君。何を占って欲しいのかな?」

 凛花は鉄板の内側に丸いパイプ椅子を持って来るとそこに座り、胸から上しか見えないリクトに正対した。

「好きな人と・・・」
「好きな人と?」
「どうやったら結婚できるか」
「・・・け、結婚?」
「うん」

 リクトの表情からは、微塵も迷いが感じられない。力強く真剣な眼差し、キリリと真横に結ばれた口元には強固な意志が感じられた。

 少し離れた位置からリクトを眺めていた平良は、巨大な蛍光ピンクのカギをぶら下げているはずだ、と納得する。強い意志を持っていないと、カギが大きくなる前に心が折れてしまう。ある意味、常に襲い掛かかる不安や焦燥感に打ち勝たなければカギは成長しないのだ。
 「リクトは幼稚園児ではあるが、立派なサムライだ」と、平良はどこかズレた感想を抱いた。

 しかし―――――カギがあるということは、どうにもならない状況に陥っているということだ。

「少し質問に答えてくれる?
 そうしないと、占ってあげられないから」

 凛花の言葉にリクトは何の疑念も抱かず、素直にコクリと頷く。

「で、その女の子とは、いつ出会ったの?」
「ちょっと前」
「どれくらい?」
「4月と5月の間」
「1ヶ月くらい前ってとこか。
 じゃあ、どこで出会ったの?」
「病院」
「病院?」

 凛花がこめかみを人差し指で押さえる。
 その直後、凛花が身を乗り出してリクトの全身を見た。そして、リクトの右足の膝辺りに白い包帯が巻いてあることを確認する。なるほど、入院の理由はあの包帯だろう。

 凛花はたった今聞いた話しから、相手の女の子を簡単に想像してみる。
 リクトの話しから推測すると、足の骨折か何かで入院。その入院している時に出会った女の子に一目惚れした―――そんな感じだろう。吊り橋効果という言葉があるように、お互いがピンチの時に一緒にいたり、優しくされたりすると恋に落ちたりするものだ。


「ねえねえ凛花、その子誰かに似てると思わない?」

 凛花が真剣に考えていると、少し離れた位置でお好み焼きを頬張っていた中薗が口を挟んできた。
 思案途中に声を掛けられ、凛花が振り向いて眉間にシワを寄せる。しかし、中薗は気にする素振りも見せない。気にしないどころか、更にその横でソース入れを持った島田も、同じことを口にした。

「似てるよ、似てるって。ほら、眉毛とか、目の辺りとか、ホントにそっくりだって」
「はあ?」

 島田の参戦に、仕方なく凛花がリクトの顔を確認する。そして、それから数秒後には2人に同意して大きく頷いた。

「ああ、ホントだ! そっくり」

 凛花がそう口にした瞬間、勢い良くのれんがめくれ上がった。

「陸斗!!」

 飛び込んで来たのは、背が高いスレンダーな中年女性だった。たまご型の顔に目尻が吊りあがった濃い眉毛、まつ毛が長い切れ長の目は特徴的で、もはや疑う余地はなかった。
 間違いなく、女子バスケットボール部、あの長谷川の身内だ。


「すいません、ご迷惑をお掛けしました」

 何度も頭を下げながら、陸斗の手を強く握り締める母親。店主からの連絡を受け、驚いて飛んで来たらしい。昼過ぎに補助輪付きの自転車で出掛けた息子が、近所をいくら探しても見付からない―――ともなれば、心配で胸が張り裂けそうだったに違いない。

 母親に手を掴まれたまま、何か言いたそうに凛花を見詰める陸斗。そんな陸斗に対し、凛花は高らかに宣言する。

「陸斗君、君の依頼は確かに受付けた。後日、占いの結果を持って参上しよう!!」
「うん!!」

 頭を下げながらのれんをくぐる母親、その傍らで激しく手を振る陸斗。2人の姿が完全に見えなくなった後、凛花がその場にへたり込んだ。


「どうしよう・・・」