凛花が通う高校は、最寄駅である西川駅から東に4つ目の駅で下車し、15分ほど歩いた場所にある県立川中高校だ。徒歩15分、電車20分、徒歩15分。意外と通学時間がかかる。同じレベル帯の高校がもっと近くにあるため、川中高校を選択した同級生は5人しかいない。

 当然のように、もっと通学が楽な高校があることを凛花は知っていた。しかし、ある理由から凛花は川中高校に進学した。

 セーラー服。もはやレッドデータと化してしまった、昔ながらのセーラー服。凛花はどうしても、高校ではセーラー服が着たかった。大好きだった祖母と同じ高校に進学し、同じ制服を着たかったのだ。無駄に伝統がある川中高校は祖母の母校であり、すでにセーラー服が制服だったのである。


 男子生徒の名前は、平良 良太郎。4人いる同じ中学校の同級生。そのうちのひとり。
 中学時代、そして高校に入学してからも、一度として凛花は同じクラスになったことがない。それどころか、会話した記憶もない。ある意味で有名人だったため、平良の名前と顔だけは知っている。しかしそれも、こちらが一方的に知っているだけだ。
 変なヤツ。無感情、無関心、無反応。無が付くモノ全ての産みの親、と言われていた変わり者。

 事前情報がアレなため、凛花は何度か口を開いたものの声が出せなかった。しかし、切実な問題を凛花は抱えている。やはり何度か顔を上下させたが、自分のウエスト回りを確認して凛花は決意を固めた。

 太るのはイヤだ。
 しかし、それ以上に、お好み焼きをロストとか、絶対にムリだ。


 目の前を通り過ぎようとする平良に、凛花が声を掛ける。

「た、平良!!・・・くん」

 真正面を向いて歩いていた平良を、上ずった声が呼び止める。心にやましいことがあるだけに、最後に「くん」を付けてみたりした。

 平良は凛花の目の前で立ち止まり、首だけを動かして能面のような顔を向ける。

「何?」

 聞きしに勝る無表情な平良に一瞬引いてしまうが、切羽詰っている凛花はどうにか次の言葉を絞り出す。「誰?」と問わないということは、一応同級生だと認知しているのだろう。

「あ、あのさ・・・今日は天気も良いし、マツダスタジアムでカープ戦があるしさ、あの、えっと、つまり・・・ね、お好み焼き食べない?」

 センスの欠片も感じられない営業トーク。凛花に向けられた平良の表情から、更に感情が抜けたような気がする。
 数年来の知り合いでも困惑する状況だ。突然、今まで会話すらしたことがない同級生に呼び止められ、お好み焼きを勧められるなど、こんなに怪しいイベントはない。壺のカタログを出される方が、まだ納得できるかも知れない。

「食べる」
「ですよねえ、いきなり、お好み焼き食べるか?なんて言われてもねえ。まだ、壺を―――って、食べるの!?」
「うん」

 後悔の念に支配されかけていた凛花の頭上に、「!」と「?」マークが連続で点灯しては消えていく。声を掛けた事実そのものを、黒歴史として闇に葬らなければならないと思い始めていたところだったのだ。

「えっと、600円ね」
「え?」
「300円」
「うん、分かった」


 平良と短く契約内容を確認し、紺色の布地に白抜きで「お好み焼き」と書かれたのれんを凛花がくぐる。その後ろを、平良が背後霊のようについて行った。