「えっと・・・いくつ?」

 平良の唐突な質問に疑問を抱いた様子も見せず、男の子は身を乗り出して答える。普通に身元を確認しようとして訊ねたのであるが、男の子的には占いが始まったのだと思っているようだ。

「6歳。5月12日生まれ。名前は、リクト。ハセガワ リクト」
「6歳ってことは、幼稚園の年長さん?どこの幼稚園?1人で来たの?」

 最初のやりとりで相手をする価値がないと判断したのか、リクトは店主の方をチラリと見ただけで質問には一切答えない。仕方なく、平良が再度同じ質問をする。

「どうなの?」
「陽光台第一幼稚園、さくら組。アレで来たんだ」

 リクトが指を差す方向を見ると、のれんの向こう側に小さな車輪が見える。その車輪の横には、銀色のパイプと更に小さな車輪。

 補助輪付きの自転車?
 平良がそれを確認していると、隣で店主が驚愕の声を上げた。

「陽光台って言ったら、ここから10キロ以上あるけど。1人で、補助輪付きの自転車に乗って来たっていうの!?」
「家を出たのはいつ?」
「えっと、お昼ご飯を食べた後だから、11・・・12時くらいかな」

 お好み焼きもそっちのけで、店主が慌てて外に飛び出して行く。自転車を覗き込んでいるということは、フレームに貼られている連絡先を確認しているのだろう。

「よく、ここが分かったね」
「パパの、ぱぶれっとで調べた」
「ぱぶれっと?」
「うん、インターネットで探した。マイクにお店の名前を言ったら、教えてくれた」
「なるほど・・・」

 一方の平良は、とりあえず相談を受付る態勢には入ったものの、コミュニケーション能力は当然のようにゼロだ。この後どうすれば良いのか、正直なところ全く分からなかった。頷いた直後に頭の中は真っ白になり、次の質問を何も思い付きもしない。


 興味津津、期待満載で平良を見詰めるリクト。不安一杯、挙動不審でリクトを見詰める平良。重い沈黙が流れ始めて数分後、ついに救世主は現れた。

「ただいま」
「こんにちわ」
「おじゃましまーす」

 バスケットボールの練習から帰って来た凛花、そして、お好み焼きを食べに来た中薗と島田だった。

 店内を見渡した凛花の目が、一心不乱に平良を凝視する小さな男の子を捉える。2人を店主の前に座らせた後、平良の元に歩み寄るとカープエプロンを受け取りながら平良に状況を確認した。

 一通り話しを聞いた凛花がウンウンと2度頷く。そして、「とにかく話しを聞いてみないとね」と、呟きながらリクトの前に移動する。凛花の笑みを目にした瞬間、平良の背中を悪寒が駆け抜けた。

「こんにちは、リクト君」
「お姉さん、誰?」

 怪訝そうな表情をするリクトに、凛花は有り得ない返事をする。

「私が占い師、アレは助手」

 その様子を見ていた平良が、店の壁に思い切り頭を打ち付けつけた。
 何を言い出すのかと思えば、凛花は見事なまでの大ウソを吐いた。「無」しかない男と言われている平良ですら、こんなに豪快な無責任発言はしない。

 さすがに罪悪感を覚えただろうか、それとも、自分の無責任な発言を後悔しただろうか。こっそりと平良が凛花の表情を盗み見る。しかし、その顔には悲愴感も反省の念も浮かんではいなかった。凛花がそんな後ろ向きな発想をするはずがなかった。

 その視線に気付いた凛花が、平良に向きなおる。

「こんな小さな子が、補助輪付きの自転車で遠くから来てくれたんだよ?占いはできないかも知れないけど、何か力になってあげたい。って、そう思わない? それに、平良が初めて自分で受けた相談でしょ。何とかしたいじゃん!」
「べ、別に相談を受けたわけ―――」

 凛花がふわりと笑みを浮かべる。
 平良は思わず言葉を詰まらせた。
 その透き通るような笑顔を目にした瞬間、平良の心臓がいつもと違う音でトクンと跳ねた。