高校に入学して以来、初めて数学で85点という高得点を獲得した平良は、凛花のコピーロボットとして赤いカープエプロンに身を包んでいた。次の試験では、英語も平良史上最高点を獲得するに違いない。

 今日は土曜日。凛花はバスケットボールの練習に行ってしまい、夕方まで帰ってこない。隷属契約に従い、平良が無表情のまま店主の横に立っている。
 案山子のごとく微動だにしない平良に、店主もだいぶ慣れてきた。初日はアレコレと気を遣って話し掛けたりもしたが、回を重ねるうちに、放置していても大丈夫であることを学んだのだ。

 店主は平良を眺めながら、軽くため息を吐く。悪い子ではないし、一応「いらっしゃいませ」くらいは言えるし―――

「いらっしゃいませ」
 そうそう、こんな感じに。
 あ・・・

 ぼんやりとしていた店主は、耳に飛び込んできた声で現実に引き戻された。仕事に意識を向け、慌てて鉄板の前を確認する。

 ん?
 しかし、そこに客の姿はない。
 店主は小首を傾げる。
 土曜日の午後4時過ぎ。一番ヒマな時間帯だ。猛烈に混雑していた昼時から一転し、店内には誰もいない。

 もう一度注意深く周囲を確認すると、のれんの下に何かが見える。
 小さな白い靴。そして、黒い半ズボンに握り締められた小さな手。

「どうぞ」

 店主が優しく声を掛けると、キョロキョロと周囲を警戒しながら男の子が入って来た。まだ、どうにかのれんに頭が届くかどうかという、小さな男の子だった。
 男の子は店主の前まで移動すると、真っ直ぐに店主を見上げた。そして、その大きな瞳に力を込め、ハッキリした口調で告げる。

「占ってくれよ」

 小さな男の子の気迫に圧され、断り慣れているはずの店主が言葉に詰まった。

 その光景を真横から眺めていた平良は、その胸に掛ったカギを見た。
 カバンほどもある巨大なカギをぶら下げた小さな男の子。その大きさからも分かるように、彼には相応の何かがあるに違いなかった。ピンク色を通り越し、もはや蛍光ピンクとして輝きを放つ超大型のカギ。それをぶら下げている男の子が占って欲しい事。その内容など、聞かなくても1つしかない。


「あのね、ここはお好み焼屋だから、占いはやってないのよ」

 腰を屈めて目線を合わせた店主が、温和な笑顔を浮かべて答える。
 すると、その男の子はポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探し始めた。そして何かを掴み、その手を店主に伸ばした。

「知ってる。食べた人だけなんだよね。これ、お金なら持ってきた」

 差し出された小さな手。モミジほどの小さな手の平に、銀色の硬貨が3枚、それに茶色い硬貨10枚余りが折り重なるように乗っていた。
 それを見た店主の表情が、いつも以上に曇る。その表情のまま、ゆっくりと店主が左右に首を振った。

「そうじゃないのよ。もう、占いをしていないの。占いをしていた人は、もうこのお店にはいないから」

 しばらく言葉の意味を理解しようとしていた男の子は、誰が見ても分かるよほどガックリと肩を落とした。小さな瞳を潤ませ、絶望のあまりその場に座り込んでしまった。

 どう声を掛けたら良いものか、店主がアレコレ頭でシュミレーションをしていると、珍しく平良が口を開いた。

「誰か好きになった?」

 突然聞こえてきた声に男の子だけではなく、驚愕の表情を浮かべた店主が勢い良く平良に顔を向ける。目が合った男の子は平良の前に移動し、首が取れそうなほど大きく頷いた。

「うん」


 何も言葉にしていない段階で相談内容を言い当てた平良に、男の子は目を輝かせて訊ねる。

「ねえ、何で分かったの? 占い? 超能力?」

 ウザイ。
 なぜ、口を挟んでしまったのだろうか?
 首を傾げながら、平良は既に後悔し始めていた。他人の面倒事に巻き込まれるのは煩わしいし、いつもなら思い切りスルーするところだ。それなのに、勝手に口が動いていた。

 男の子の相手を平良に丸投げした店主は、鉄板でお好み焼きを作っている。せっかく来たのだから、食べてもらおうとしているのだろう。

 そんな店主を尻目に、平良は仕方なく男の子の相手を始める。
 ぶっちゃけ、恋愛関係の悩み―――とういうこと以外、平良には全く分かってはいない。