2人を凝視したまま、停止している平良。
 それに気付いた凛花が、不思議そうに平良へと歩み寄る。

「何? 何かあった?」
「初めて見た」
「何を?
 ま、まさか・・・抱き合う女子高生?
 平良って、実はムッツリさんなの?
 もしかして、私もピンチとか、ピンチよね?
 キャ―――!!」

 自分の身体を抱き締める仕草をしながら、わざとらしく平良から離れる凛花。その様子を零下180度の視線で瞬間冷凍させ、平良がマリアナ海溝よりも深いため息を吐く。

「ふう・・・」
「な、なにそれ!!超失礼だとおもうんだけど!!」

 一人で喚き散らす凛花を完全に無視し、平良は視線を二人に戻した。二人のカギを再度確認した平良が、凛花に分かるように頷く。そんな平良の反応を見た凛花が、柔らかい笑みを浮かべた。

「とりあえずミッションコンプリートね」

 勝手に自作自演の依頼に達成も何もないとは思ったが、平良は反論しなかった。それで凛花が満足するのであれば、それはそれで良いと思ったからだ。


 凛花が平良の視線を追うと、中薗と島田が二人の元に歩み寄って来る姿が見えた。

 中薗は凛花の前に立つと、いきなり凛花の手をガッシリと握り締める。その瞳は冒険に出発する主人公のように、無駄にキラキラと輝いていた。島田はというと、その隣で両手を合わせて祈るようなポーズをしている。意味が分からず、凛花は小首を傾げた。

「部活辞めて、これからはスリー・オン・スリーをすることに決めたんだ。練習する場所なんていくらでもあるし、最近はいろんな所で大会もあるしね」
「気が許せるメンバーで、楽しくバスケをしていこうって」
「へえーそうなんだ・・・・・は?」

 凛花は中薗と島田を交互に見た後、平良の方に振り返る。平良は視線を逸らし、クルリと背を向けた。

「大丈夫、大丈夫。立花さんは運動神経良いから、すぐ上手くなるって」
「うん、私がシュートの打ち方とか教えてあげるから、ね?」
「え・・・で、でも、お店があるし・・・」

 間近で見たバスケットボールは、中薗や島田のプレイはカッコ良いと思った。自分もあんなプレイがしてみたいと、確かに凛花も感じた。しかし、凛花が店を手伝わなければ、母親一人で切り盛りしなければならなくなってしまう。

 葛藤を繰り返す凛花の頭上を、中薗の声が勢いよく飛び越えていく。

「平良!!」

 こっそりと玄関に向かっていた背中に、体育系の大きな声が突き刺さる。とてもではないが、聞こえないふりなどできやしない。仕方なく振り返る平良に、中薗の言葉が一気に叩き込まれる。

「立花さんがバスケしてる間、アンタが店番やれば良いじゃん。
 家も近いんでしょ?毎日練習する訳じゃないしさ、それに、どうせ入り浸ってるんだし、それで良いじゃん。ね?」

 勝手なことを言われた平良はさすがに言い返そうとしたが、凛花の後ろ姿を見て思いとどまった。自分が反論しなくても、そんなことを凛花が許すとは思えなかったからだ。凛花にとって「えびすや」は、実家という意味合い以上の場所なのだ。だからこそ、平良は凛花が反対すると確信していた。しかし―――

「・・・分かった。うん、よし、私にバスケ教えて!!」

 今回のことで凛花に分かったことがある。
 それは、平良が何らかの方法で他人の心情を見透かしているということだ。最初は半信半疑だったが、平良は相談に来た中薗ではなく付き添いであるはずの島田の方が気に掛かると言った。それに、誰にも言っていない自分自身の苦悩も、なぜか知っていた。手放したくない人材だ。
 それに、俯いて下しか見ていなかった平良が、視線を上げている。それに、多少口数が増えた気がするし、何となく表情が明るくなった気がしなくもない。

 振り向いた凛花の顔に、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる。それを目にした平良は、珍しく唖然として大きく口を開いたまま固まった。

「は・・・な・・・マ・・・る・・・」

 言葉にならない声を発する平良に、耳元に顔を寄せた凛花が囁いた。

「次は、英語も教えてあげようか?」
「お任せ下さい、ご主人様」


 中薗と島田は顧問や部員に引き止められたものの、あっさりと女子バスケットボール部を退部。凛花とともに、校外でバスケットボールチームを立ち上げた。練習は平日2回と土日1回。場所取りの関係から練習日は少ないが、真剣に、そして楽しくバスケットボールをしている。

 中薗と島田はえびすやの常連客になり、週に2、3回来店するようになった。二人の話しによると、凛花は驚くほどのスピードで上達しているらしい。

 平良は凛花が不在の間、女性用の真っ赤なカープエプロンを着用して店主の横に立っている。

 「座敷童がいる」という噂が広まったとかどうとか・・・