「バスケ部・・・私が辞めるわ」

 その言葉に3人は同時に顔を上げる。驚いたのは、凛花も同じだった。それはそうだ。中薗が退部する理由などどこにもないのだから。

 困惑する凛花をよそに、中薗は少し後ろに立っている島田に向かって晴れやかな笑顔を見せた。

「やっと思い出した。私はさ、茜と一緒にバスケがしたかっただけなんだ」

 そのセリフを耳にし、島田が中薗へと視線を向ける。

「中学の時、県大会で優勝はしたけど、部活がめっちゃキツくてさ・・・最初20人いた部員が、1週間もしないうちに10人になって、1ヶ月しないうちに5人になってた。自分が抜けたら4人になるし、どんなに苦しくても辞めることができなくなった。迷惑だけは掛けたくなくて、歯を食い縛って必死に耐えて、ひたすら練習した。顧問の先生は厳しかったし、先輩はとにかく怖かった。ホントに毎日学校に行くのが嫌で、部活から逃げ出そうと思ったことも数え切れないくらいあった。
 でも、辞めなかった。
 結局、好きだったんだよね、バスケが。
 自分が誇れるモノが、バスケしかなくなってたんだ。
 残ったモノがバスケしかなくて、誰も負けたくなくなってて・・・」

 そこまで話すと中薗がゆっくりと島田に近付き、小刻みに震える肩に手を置いた。

「ずっと、イライラしてた。
 本気でバスケをしない茜に。
 勝手に怒ってた。
 自分よりも上手いはずなのに、前に出てやろうとはしないし。私が得点王だの、県商にスカウトされただの勘違いされていても、何も言わないし。ホンット、私のことをバカにしてるのかと思っていた。
 でも、この前、長谷川達にイジメられている茜を見て思い出した」

 至近距離から自分の顔を覗き込む中薗の瞳を、島田がしっかりと見詰め返す。

「私と茜はバスケ部でも一番仲が良くて、部活以外でも地区のバスケチームにも入っていたんだ。そこは練習とかたまにしかやらなくて、あんま本気のチームではなくて弱かったけど笑いながら楽しくバスケができた。
 やっと思い出した。
 私はシュートが決まった後で、部活では許されないハイタッチをしながら茜に言った。
 高校では楽しくバスケをしようね、って。

 だからさ、私の勘違いかも知れない。
 もしかすると、勝手な妄想かも知れない。
 でも、だけど、たぶん間違っていない。
 きっと、茜は私とバスケがしたくて、私と楽しくバスケがしたくて、川中高校に入ったんだ。ただそれだけのために、全国が狙える県商には行かず、私と一緒の高校に進学したんだ。

 だから茜にとっては、誰が上手いとか、チームが強いとか、もうどうでも良かった。2人で楽しくバスケがしたかった。それなのに私は自分がチヤホヤされたことでいい気になって、茜の気持ちに全然気付かずに・・・それでも茜は、私が、私さえ楽しくバスケができればいいからって、どうでもいい我慢までして・・・」

 中薗の瞳から涙の塊がポロポロと落ちていく。

「中学の時、部活がツラかった。
 本当に、毎日泣きたいくらいにキツかった。
 でも、それでも、ずっと続けた。
 だって、私は、バスケが好きだったから。
 茜とバスケがしたかったから」

 中薗は包み込むように、島田の手を両手で握る。
 その手に、溢れる涙が雨粒のように落ちていく。

「ごめんね。
 ホントに、ごめん・・・」

 目を真っ赤にした島田が、何度も顔を左右に振る。
 その度に、水滴がキラキラと宙を舞った。

「今度は楽しくバスケがしたいなって。
 ハルと一緒に、楽しくバスケがしたいなって。
 最初は少し悲しかったけど。
 でも、ハルが楽しければいいかなって。
 だから、私が・・・
 だから、私が我慢すればいいだけならって・・・・・」

 誤解と思い込みが生んだ、すれ違いとわだかまりが溶けていく。
 お互いが相手を思い遣り、不満を隠していた。それが、同じ方向を向いていたはずの2人を背中合わせにした。

「一緒にバスケしよ」
「・・・うん」
「部活じゃなくってもいいよね?」
「うん」


 中薗と島田が向かい合い、涙を流しながら笑っている。
 その光景を、平良は少し離れた場所から見ていた。会話はずっと聞こえていたが、特に何も思うことはない。凛花が望むハッピーエンドを迎えたということ。ただ、すれ違っていた親友が、強い絆で結び直されただけ。

 しかし次の瞬間、平良は思わず目を見開いた。
 2人の胸に刺さっていた巨大なカギが一気に色褪せ、カチャンという音を立てて開いたのだ。そして、一瞬眩しく輝いた後、カギは光の粒子となって消滅した。