呆然とする凛花の肩を、中薗がポンと叩く。
「大丈夫、大丈夫。立花さんは、そこに立っているだけで良いから」
中薗はニヤニヤする川口からボールを受け取り、ハーフラインまで床をダンダンとドリブルで叩きながら歩いて行く。
余裕の笑みを浮かべる3人。凛花にも、何を考えているのか想像がつく。自分の不甲斐なさに、凛花はグッと歯を食い縛った。
「じゃあ、こっちの番ね」
そう言った瞬間、中薗の姿がハーフライン上から消えた。
実際に消えた訳ではないが、その動きが目で追えなかった。川口などの比ではない。キュキュっというバスケットシューズの音がした瞬間、ディフェンスをしていたはずの長谷川の前から中薗はいなくなっていた。
右側に踏み出した足の下からボールを通し、背後で1度床を叩いた後、驚異的な瞬発力であっさりと左側を通り過ぎる。
まるで手品のようだった。
凛花の前にいた川口が、慌てて長谷川のフォローに向かう。
しかし、その動きを待っていたかのように川口と対峙する中薗。
テンポを落としたドリブル。
腰を下ろし、タイミングを図る川口。
背後からは、抜き去ったはずの長谷川が静かに迫っている。
突如低くテンポアップしたドリブル。
その瞬間、ボールが左側に跳ねる。
しかし、それ以上のスピードで中薗が右側にステップ。
単純なペースアップによって川口はバランスを崩し、そこに背後からスチールを狙っていた長谷川が激突した。
その一瞬の攻防を、凛花は呼吸さえも忘れて見入った。芸術的なドリブルと状況判断。凛花の目から見ても、その実力の差は歴然だった。おそらく、2人がどんなに追い掛けても、中薗からボールを奪うことはできないだろう。
「こんなに上手かったなんて」
「マジで・・・」
3年生とばかり練習している中薗の実力を、ただ見ていただけの3人は全く理解していなかった。
成す術なく抜かれ呆然とする川口に対し、長谷川はまだ冷静だった。
「シュートさえさ打たせなきゃ大丈夫。点が入らなきゃ負けないんだから。これでスピードも分かったし、ナメなきゃいける。どんなにドリブルが上手くても、2人で守ればシュートなんか打たれないないよ!」
正論だった。仮にボールが奪えなくても、点さえ取られなければ負けはない。2人でマッチアップすれば、無理な体勢からでしかシュートは打てない。当然、無理な状態からのシュートは、極端に成功率が下がる。
その会話を聞いていた中薗が、ドリブルしながら大声で笑った。
「ハハハハッ!!
みんな、一番大事なことが分かってない。勘違いしてるんだよ」
中薗は不意にドリブルを止めてボールを手にし、そのまま島田にパスをする。スリーポイントラインの外に立っていた島田はボールをキャッチし、素早くゴールを目掛けてシュートを放った。
流れるように滑らかなフォームから、美しい放物線が描かれる。それはディフェンスをしている3人の頭上を越え、真っ直ぐに飛翔していく。その終着点は、もちろんリングだ。
刹那、リングに触れることさえなくボールがネットを通り抜け、コートでバウンドして大きく跳ねた。
振り返り、テンテンと床を転がるボールを見詰める3人。中薗が床に視線を落として、みんなが抱いた疑問の答え合わせを始める。
「マジでさ、みんな勘違いしてるんだよ。
本当は、中学の県大会で得点王になったのは茜なんだ。県商からスカウトされたのも茜。確かに私は県大優勝メンバーの1人ではあるけど、その他大勢の1人なの」
その後は一方的だった。
長谷川達のボールは本気になった中薗に次々とカットされ、逆にパスが島田に通った瞬間ゴールネットが揺れた。途中から3人は完全に戦意を失い、終わってみれば12対2での完勝だった。
ボールを小脇に抱えた中薗が、床に座って動く事さえできない3人を見下ろした。
―――負けた方が退部する―――
その約束を忘れるはずもない3人は、顔を上げることさえできず、床を見下ろして項垂れている。
「あのさ・・・」
中薗が口を開いた瞬間、3人の肩が同時にビクリと跳ね上がる。まるで、まるで死刑宣告を待つ罪人のように見えた。