凛花の指導と本人の猛勉強により、最終日の最終時間にセッティングされていた数学の試験を平良は無事に終えた。この時ばかりは、無表情の平良の目尻も微妙に下がっていた。

 試験が始まってからは「えびすや」に姿を見せず、平良は試験勉強に勤しんだ。そのため、巻き込まれていたバスケットボール部の問題に対する思い入れも薄くなっていた。
 そもそも平良には、毎日「えびすや」に顔を出す義理はないのだ。お好み焼きも十分に堪能したし、数学の試験も無事にクリアした。だから、このままフェイドアウトしてしまおう。平良はそんなことを考えていた。

「平良、行くよ!」

 一瞬ビクリとして、平良の足が名前を呼ばれた方向へと向かう。そこには、中薗に迎えに来られた後、わざわざ3組に引き返してきた凛花の姿があった。

 ため息とともにガックリと項垂れる平良。その内心を知るべくもない周囲の男子生徒達からは、ジェラシーの炎に焼かれる。平良的には、可能であるならば変わって欲しいくらいなのに。

 仕方なく廊下に出て、そのまま3人について階段を下りる。向かう場所は体育館。今日は、あの時に約束したスリー・オン・スリー、決戦の金曜日だ。


 更衣室に向かった3人に置いていかれ、平良は仕方なく体育館の扉付近に向かう。既に、長谷川と川口、それに竹田の3人はゴール付近でシュートの練習を始めていた。

 素人である平良から見てもシュートは正確で、パスやドリブルもハイレベルであることが分かる。川中高校の女子バスケットボール部は優勝はしていないものの、伝統的に強豪として知られている。次代のレギュラー3人を相手に、中薗だけで本当に勝てるのだろうか?
 3人の連携プレイを眺めながら、そのまんま他人事のように平良は考えていた。

「お待たせ」

 平良の右隣りに、グレーのTシャツと黒いショートパンツに着替えた中薗が現れた。その後ろからは、同じような服装の島田と、1人だけ場違いな学校指定の体操服を着た凛花が姿を見せる。

 視線を感じた凛花がツカツカと平良に近付き、斜め下から睨み付ける。

「場違いだってことは、私が一番分かってるから!」

 エスパーですか!?
 ほんの一瞬だけ、平良の目が揺らいだ。


 平良の横を通り過ぎた3人は、コート内にいた3人の元に歩み寄る。

「練習する?ちょっとぐらいなら待つけど」

 ボールを両手で持った長谷川が、中薗にそれを差し出す。中薗は首を左右に振ってそれを断り、長谷川達3人を見渡して告げた。

「のんびりしてたら先輩達が来るし、さっさと始めよう」
「そりゃ、アタシ達は構わないけど?」
「ハーフコートのスリー・オン・スリー。先に10ポイント取った方が勝ち。で、どう?」

 中薗の勝利条件の提示に、振り向いて確認する長谷川。長谷川以外の2人が頷くのを見て、中薗が笑みを浮かべた。

「じゃあ始めようか。先攻はそっちでいいよ」

 素人1人と補欠部員を抱えた中薗にそう言われ、あからさまに表情が険しくなる3人。しかし、10点先取のルールでの先攻は、願ってもない条件だ。3人はその提案を素直に受け入れ、ハーフラインに移動して行く。

「オッケー、いつでもどうぞ!」

 ボールを持った長谷川の前に中薗、川口の前に島田、竹田の前に凛花が腰を下ろしてディフェンスの構えをする。

「みんな、いくよ!!」

 長谷川の言葉と同時に、川口と竹田が同時に走り始めた。
 未経験者である凛花を容赦ないフェイントで引き離した川口に、長谷川から鋭いパスが通る。パスを受け取った一連の動作のまま、姿勢を低くして素早いドリブル。凛花の脇を一瞬で通り抜けて行った。

 始めて見る強豪校のレギュラークラスの本気プレーに、素人である凛花は全く追い付けず一瞬で振り切られる。背後でボードを叩く音が聞こえ凛花は慌てて振り返るが、既にボールが床に落ちたところだった。

「はい、2ー0ね」

 何もできない。
 ただ、立っているだけだ。
 凛花は愕然としていた。口では役に立たないと言ってはいたが、それなりに運動能力に自信があった。実際に始まる前までは、少しは抵抗できるものだと思っていたのだ。