勢いに任せて中に飛び込もうとした瞬間、凛花は背後から首根っこを掴まれた。

「―――――!!」

 目を見開いて振り返る凛花の口を、平良が自分の左手で塞ぐ。そして、暴れる凛花を抑え付けた平良が、耳元でボソリと呟いた。

「待った」

 自分の口を押さえる手を掴んでプルプルと小刻みに震えていた凛花が、平良に分かるように大きく頷く。それを見てゆっくり手す離す平良。その無感情な目を睨み付け、凛花が「後で殴る」と死刑宣告をした。


 凛花と平良は、息を潜めて中の様子を窺う。そんな2人の存在に気付くはずもなく、島田を取り囲んだ3人の言動が激しくなっていく。

「行けっつったら早く行けよ!!」
「早く拾ってこないと遅刻になるんじゃねえの?」
「ハハハハ!!」

 近くに転がっていたボールを蹴り、わざと島田にぶつける。その様子を見ている凛花が拳を握り締める。強く握り過ぎ、指が白くなっている。それでも、感情を抑え付けて動かない。

 島田は言われるがままボールを拾い集め、鉄のカゴに入れていく。背中を見せている島田の表情を、2人は窺い知ることができない。


 全てのボールを拾い集めた島田。その島田に、一番手前に立っていた女子部員が高圧的な態度で近付く。そして、肩をドンと強く押した。

「下手クソは、そうやって雑用だけしときゃいいんだよ!!」

 後ろによろめく島田を、背後にいたもう1人が、今度は両手で前に押し出す。

「中薗のヤツがいい気になってるけど、パスが回って来なきゃ何もできないっつうの。アイツが上手いんじゃなくて、アタシらからのパスが良いんだって」

「そう言うこと。県選抜だって、新人戦でのアシストが良かっただけなのに、偉そうに」

 横から、もう1人の部員が肩からぶつかる。

「川口と竹口、それに長谷川」

 凛花は3人の顔を認識した。
 3人とも、去年の新人戦の時にレギュラーだった同級生だ。

「アンタがそうやって犬になってさえいたら」
「アタシ達も、アイツにパスしてやっても良いけど」
「それにしても、アンタもバッカじゃないの?こっちに来れば、レギュラー確定、仲間として優しくしてあげるのに。ハハハッ!!」

「ああっ、もうムリ!!」

 我慢して聞いていた凛花のリミッターが弾け飛ぶ。今度は平良も止めようとしなかった。


 ダン!!と体育館の中に大きな音が響き渡った。凛花が床を思い切り踏み抜いた音だ。

 弾けるように振り返る3人。その3人に向かって、鬼のような形相をした凛花が歩み寄る。その剣幕に、思わず3人が後ずさった。

「アンタら、何してんの?」

 その表情とは裏腹に、抑制された声が凛花の口から吐き出される。3人は一言も発せられず、突然の乱入者を呆然と眺めることしかできていない。

「何してんのかって聞いてんでしょ!!」

 凛花の咆哮が響き渡る。
 同時に3人の腰が砕け、その場にへたり込んだ。
 睨み付ける凛花。誰も凛花と目を合わせることさえできない。

 その時、扉付近に立って様子を眺めていた平良の横を、セーラー服の女子生徒が通り過ぎた。

「はいはい、そこまで」

 背後から聞こえた声に凛花が振り返ると、そこには着替え終わった中薗が立っていた。中薗の姿を見た島田の瞳が、小刻みに揺れる。

「中薗さん・・・何で?」
「何でって・・・立花さんさあ、あんなに大きな声で叫んだら、マツダスタジアムにいても聞こえるわよ」

 凛花の問いに、苦笑いを浮かべながら中薗が答える。そして、ゆっりと5人がいる場所へと近付いて来る。中薗は島田を真っ直ぐに見据え、逆に島田は視線を床に落とした。

 中薗の瞳には怒りよりも哀しみの色が濃いことに、傍観者である平良だけは気付いた。