平良の態度に憤慨しつつも、凛花は吐き出そうとした言葉を、大きく広げていた口を閉じて飲み込む。占い師でも何でもなく、「えびすや」の関係者でもない平良に協力を求めること自体が間違いだと思い直したのだ。
口から内臓が出そうなほどのため息を吐き、凛花は思考を巡らせる。
一体どうすれば良いのか?
このまま、素知らぬ顔をすることは簡単だ。いや、当たり前に考えると、頼まれもしないのに他人の事情に首を深く突っ込むことは、明かに余計なお世話だ。しかし、だからと言って、知ってしまった以上。このまま放置するという訳にはいかない。
来店客の相手をしつつ、2枚目を完食した平良が黙々と勉強している姿を横目でチラリと見る。食べ終わったのならさっさと帰ればいいのに、と思う。
中薗と島田が所属する女子バスケットボール部は、毎年のように県大会でベスト8に入る強豪だ。しかも、今年は昨年の新人戦で県ベスト4まで勝ち進んだ2年生が優秀で、本当にインターハイ出場が狙えるレベルにあると言われている。
そのため、試験期間中であっても、早朝練習だけは特別に学校が許可している。この事は、バスケットボール部に無関係であろうと、知っている生徒は多い。
「ふう」と大きく息を吐き出した凛花が、鉄板を挟んで向こう側に座る平良に声を掛けた。
「ねえ、平良。さっきから数学の教科書見てるけど、その必死な感じ、もしかして結構ヤバイんじゃないの?」
凛花の軽い煽りに、平良は何も答えず視線だけ上げる。
「数学ってさ、ただ教科書を見返して公式を覚えるだけじゃ、なかなか点が取れないよ。何ていうか、コツ、みたいものがあるんだよね――」
凛花の挑戦的な口調に、ほんの少しだけ平良の表情が険しくなる。微妙な変化であるが、凛花から視線を逸らさないことが平良の心情を如実に物語っている。
「ああ、一応、前回の数学の試験は98点だったから。イージーミスで、2点減点されてただけ。数学は得意なんだ。何回も言うようだけど、コツがあるんだよ。試験に出るところもだいたい予想ができるし、あまり外したこともないよ?」
次の瞬間、平良が鉄板の枠に額を押し付けひれ伏していた。
「教えてあげても良いけど、島田さんの件に付き合ってもらうよ。とりあえず、明日の朝、校門に7時集合で!!」
「え?」
こうして、凛花は役に立つかどうかも分からない平良を家臣に加え、早朝から敵陣に乗り込むことにした。