「実はですね―――――・・・」

 中薗はそう言って話し始めた。占って欲しかったという事柄は、よくある恋愛関係だった。彼女の話しは次のお客さんが席に着いてからも続き、ついには、初対面であるはずの女性客をも巻き込み座談会と化していった。

 中薗は2時間近く喋り続けていたが、要約すると「男子バスケットボール部の主将が好きなんだけど、どうすれば良いの?」という30字程度の内容だった。
 はっきり言ってしまえば、恋愛に疎い凛花に分かるはずがないし、巻き込まれた女性客、店主にも解決策が提示できそうになかった。結局のところ、恋愛の問題は自分で解決する以外に方法はないのだから。そのため、全員が当たり障りのない受け答えに終始した。

 凛花としては特に問題がある相談ではないし、中薗が笑顔を見せてくれていることで胸を撫で下ろす。ふと視線をスライドさせると、2枚目のお好み焼きを完食した平良が、鉄板脇の狭いスペースで教科書を開いていた。

 凛花は少しイラっとした。
 確かに試験期間中ではあるが、我関せずという態度にカープエプロンの裾をギュッと握り締める。
 
 占い師ではないと言われたが、そんなことは関係ない。明らかに恋愛に疎そうだけど・・・一応男子高校生である、平良の意見を聞かせてもらおうじゃない。

「ところで、平良的にはどう思う?」

 3枚目のお好み焼きを頼もうとして、さりげなく自分の前の鉄板を綺麗にしている平良。それが視界に入り、イライラ度がMAXになる凛花。
 しかし、平良はそんな凛花の様子をまったく意に介さず、質問に質問で返した。

「何で、中なんとかさんの話しを聞いてるの?」
「え?」
「手前の・・・誰?」
「あのね、同じクラスなんでしょ。島田さんっ」
「そっち、だよね」

 平良の言葉に、勢い良く振り返って島田を見る。しかし、凛花には平良のような、カギを見る能力はない。中薗の話しに相槌を打ち、同調して軽く愛想笑いしている島田が見えるだけだ。

 満足した中薗はカバンから財布を出し、会計を済ませようとする。それに倣い、島田も財布を取り出そうとしている。そこに、凛花ができるだけ軽い調子で声を掛けた。

「島田さん、ちょっと聞いてみるんだけど・・・もしかして、何か悩み事とかあるんじゃない?」

 不意を突かれたためか、常に愛想笑いを浮かべていた島田の表情が一瞬硬直する。しかし、凛花と島田の間に割り込むようにして、中薗が言葉を挟み込んだ。

「はあ?何言ってんの。茜に悩み事なんかある訳ないじゃん。いつもこうやって、ニコニコ笑ってるだけだから」

 中薗がそう言って振り返ると、島田は先ほどと同じような笑顔を浮かべる。凛花はそのやりとりに、何とも言えない気持ち悪さを感じた。

「うん、そうそう。ハルの言う通り。こんな私に、悩み事なんかある訳ないじゃん」


 そんな状況を見詰める平良の目には、島田の状況が手に取るように分かっていた。まったくの茶番だ。しかし、それに言及するつもりは全く無い。災厄を招くのは、いつも愚かな自分の言動だ。
 平良は無表情のまま、3枚目のお好み焼きを頼んだ。

 結局、中薗と島田の2人は、お好み焼きをそれぞれ1枚ずつ完食した後、手を振って帰って行った。


 凛花は平良から依頼されたお好み焼きを作りながら、2人の同級生を思い浮かべていた。

 確かに、相談された事だけに応えれば問題はない。問題はないはずだが、どうにもスッキリしない。平良の口にした「そっち」という言葉が、引っ掛かって仕方がない。それに、誰にも言っていない悩みを、平良は知っているとしか思えない。
 本人が相談をしていない事に首を突っ込むのは、どうにも間違っている気がする。それでも、知っていて放置するのは、もっと間違っている気がする。

「あのさ、平良・・・」

 お好み焼きをひっくり返しながら、凛花は教科書とお好み焼きとを交互に見ている平良に訊ねる。平良は無言のまま鉄板の上から視線を上げた。

「それ、立花さんが作っているから半額でいいよね?」
「は?・・・ま、まあ、いいけど。それでね―――」
「僕には関係ない」

 先手を打った平良の言葉に、思わず凛花が熱くなる。

「なっ・・・た、確かにとうかも知れないけど!!
 絶対、平良には何か分かってるよね!!
 それなら、それなら―――」
「僕には関係ない」
「―――――!!」

 平良の素っ気無い返事に、ますます凛花はヒートアップする。しかし、確かに平良には無関係なのだ。連日お好み焼きを食べに来た客でしかない。

 切り返す言葉が見付からず、凛花はエプロンの裾を掴んだままプルプルと震えることしかできなかった。