幅が50センチ以上あるカギ。濃い紫色をしたソレは、凛花の胸元にしっかりと食い込んでいる。これだけ大きなカギは、平良でさえ滅多に目にすることはない。小学生の時、死相すら見えていたあのクラスメイトのカギと、遜色がないサイズ。

 カギの色にも意味がある。恋愛の悩みは分かりやすく赤系であり、友達や家族に関するものであれば青系。その他、お金絡みであれば黄色系、進路や将来に対する悩みは白系。そして、自分の不甲斐無さに打ちひしがれている人は紫系。
 それぞれのカギは懸念事項が解決すれば消滅するが、そのままズルズルと引きずってしまうと徐々にその色を濃くしていく。そして、最後には限りなく黒に近付く。数多のカギを見てきた平良も、黒に染まったモノを見たことはない。


 立ち尽くす凛花をスルーし、すでに平良は本館の階段を上がる途中だった。

 正直、凛花の依頼は迷惑でしかない。
 常に無表情を保っていた平良の顔が歪む。
 思い出す。嘘吐きだと除け者にされたときの苦痛を。
 終わったはずの痛みが、胸を締め付ける。

 平良は階段の途中で立ち止まり、そこにいたはずの場所を振り返る。
 すでに凛花はその場にいなかった。
 哀しみに染まった目を平良は見た。
 いつかの自分と重なる気がした。
 ただ、苦しんでいる人の手助けがしたかっただけ。心の悲鳴を無視することができなかっただけ。それなのに、平良は罵倒されて足蹴にされた。凛花は何もすることができず、自分の無力さを呪っている。

 疼く痛みに、平良はカッターシャツの胸を握り締める。
 落胆した凛花の瞳から色が失われていく瞬間を目撃した。

 でも、平良にはカギが見えるだけだ。
 それだけしかできない。
 カギが見える。
 大きさも、形状も、カギ穴も、その色も。
 その人が何に苦しみ、どういう心理状態なのか、それが分かるだけ。
 平良には、カギを開けることができない。
 ただ、見えるというだけ。
 苦痛に呻いている人が分かるというだけ。
 ただ、それだけ。

 それに―――

 
 平良は2階から3階へと続く階段の踊り場で再び立ち止まると、自分の胸元を見下ろした。その右手が、ゆっくりとその場所に動く。

 これ以外で見たことがない形状。自分の胸に食い込んだ、ダイヤル式のカギ。巨大な円盤状のダイヤルは3重構造で、一体何回、どう回せば開くのか全く分からない。

 こんな複雑なカギが付いている自分に、凛花よりも濃い紫色に染まるカギが付いている自分に、一体何ができるというのか?


 仕方なく、平良はその場に座り込む。
 今の平良には、鉄仮面をかぶることはできそうになかったからだ。