「何? 今頃になって全額払えって言われたら、消費者センターに連絡するしかなくなるんだけど」
「違うわよ!! 私はいったいどこの詐欺グループ所属なのよ!!」
「これ以上、僕には用事が無いから。じゃあ」
「いやいや、アンタに話しがあって、私が来たんでしょ!!」

 平良と言葉を交わしつつ、凛花は右手の人差指でこめかみを押さえる。平良と話しをしていると余りにも会話が噛み合わず、凛花は自分が何をするために訪れたのかどんどん分からなくなっていく。
 凛花は心を落ち着かせる様に、スーハーと大きく深呼吸をした。

「あのね、話したいことがあるから、昼休みにチョットだけ付き合ってくれない?」
「誰に?」
「ワ・タ・シ・に・よ!!」

 聞き耳を立てていた生徒が最後の「付き合ってくれない?」だけを都合良く耳にし、「おお!!」と歓声を上げた。それを聞いた他のクラスメイト達が、まるで池のカエルのように「「「「「おお」」」」」と輪唱した。
 しかし、その見事なコンビネーションは、凛花の「違うわ!!」という言葉によって、瞬時に掻き消された。

「別に、いいけど」

 興味本位の視線が集まる中、平良が表情ひとつ変えず返事をする。それを確認した凛花は、「迎えにくるから」と良い残して教室を後にした。
 教室に残された平良は瞬間的にクラスメイトの視線を集めたが、何をどう納得したのか、すぐに皆の関心は薄れていった。


 昼休みになって10分ほど経った頃、朝の宣言通りに凛花は平良を連れ出した。他のクラスメイト達の視線が煩さかったが、そんな事を気にしていては何も前に進まない。

 階段を降り1階に移動した凛花は、周囲に人がいない場所を適当に探す。ちょうど渡り廊下の横、ボイラー室がある付近には誰もいなかった。いつまでもウロウロしていると、昼休みが終わってしまう。凛花はそこで立ち止まると、後ろについて来た平良へと振り返った。

 強張った唇を気合で動かし、どうしても確認したかったことを口にした。

「平良って、占い師でしょ?」

 平良の表情は微塵も変わらず、何の感情も感じられない平坦な口調でそれを否定する。 

「違うけど」

 凛花の目の前が一瞬にして真っ白になる。天から垂れ下がった蜘蛛の糸が、ぶっつりと切れた気がした。

 あれから凛花はアレコレと思考を巡らせていたが、どう考えても平良には、占いを希望している人、つまり悩み事がある人が分かっていたとしか思えなかった。そうだとすれば、平良は人相占いか手相占い、または、それに準じた能力を有していることになる。
 だから、平良を確保すれば、また以前と同じように―――

「でも、でもさ、絶対に分かってたよね?
 どう見ても、分かってたとしか思えなかったんだけど!!」

 悲鳴のような凛花の言葉にも、平良は眉ひとつ動かさない。それどころか、全く興味が無さそうに凛花から視線を逸らす。その態度を目にし、凛花は俯いてしまった。勝手に妄想を膨らませていただけではあったが、期待していた分落胆は大きかった。

「あーあ、せっかく、占いもできるお店に戻れると思ったのに・・・」


 その凛花の苦悩を、平良は知っている。
 それでも、だからといって首肯することはできない。

 項垂れる凛花から校舎の方向に視線を移した平良は、その話しに全く関心が無さそうに振る舞う。それが、自分にできる唯一のことだと、平良は自分自身を納得させる。
 もう、以前のような愚かなことはしない。自分は自分、他人は他人。何も気にしなければ、災いは降り掛からない。

 実際に、平良に占いなどできない。手相など見たこともないし、新聞に載っている「今日の運勢」にもまったく興味がない。それは本当のことだ。
 しかし、平良には占いと同等、いやそれを上回る能力があった。


 ―――人の悩みが具現化されたカギを見ることができる力―――