「えっと、平良来てる?っていうか、平良知ってる?」

 クラスメイトの名前など、知っていて当然である。それでも、一抹の不安を覚えた凛花は敢えてそう訊ねた。

「た、平良・・・?」
「そう、平良」

 平良という名前を聞き、女子生徒が身体の前で腕を組んで小首を傾げる。その頭上には、大きなクエスチョンマークが浮かび上がりクルクル回転している。2年生になってもう3ヶ月が過ぎようとしているのに、クラスメイトであるはずの平良が「誰だか分かっていない」らしい。

 中学生の頃、平良 良太郎は有名人だった。悪い意味で。無感情、無反応等々、無を愛し無に愛された男として。一部の同級生に、イジメを受けていた時もあったらしい。しかし、何をやっても何の反応も示さない平良に飽きたのか、あるいは気味が悪くなったのか、いつの間にかアンタッチャブルな存在になっていた。

 川中高校には中学の同級生が少ない事もあるのか、名前さえ知られていない空気のような存在になっているらしい。誰とも関わることなく、何を主張するわけでもなく、ただ教室の隅で静かに座っているだけの存在に。
 大人と子供の中間施設である高校では、何もしなければ何も起きない。口を開かなければ誰も立ち止まらない。立ち上がらなければ誰も気付かない。

 ただ、一部の生徒の間では、「言葉を交わすと幸せになる」と、座敷童子的な扱いを受けているとか、いないとか。


「・・・あっ、いたいた」

 窓際の一番後ろに平良を見付けた凛花は、「ありがとね」と女子生徒に手を振ると、ズカズカと教室の中へと足を踏み入れる。。

 1組の凛花が突然教室に入って来たことに驚き、中にいた生徒たちの視線がその姿を追う。そして、立ち止った場所にいる人物を目にし、教室内にどよめきが起こった。
 誰とでも普通に接する凛花であったが、わざわざ男子生徒に会い行くなど今までに一度もなかったからだ。

「おはよう、平良!」

 オブジェと化し外をぼんやりと眺めていた平良が、目の前に立つ凛花に視線を移した。その瞳に凛花の姿が写り込んだ。