「いくら?」
ヘラを鉄板の縁に置いた平良が、凛花の顔を見上げて訊ねる。ようやく満足したらしい。
凛花は平良と岡原を、視線だけ動かして交互に見る。99%の確率で勘違いだとは思っているものの、どうしても1%の可能性を捨て切ることができなかった。自分の推理がただの妄想なのか、それとも事実なのかを確認するため、自然な会話の流れの中に罠を仕掛けた。
「まあ、今日は私が強引に連れて来たんだし、それに作ったのも私だから500円でいいよ」
「分かった」
平良はポケットの中に手を突っ込み、財布の中から500円玉を取り出す。それを手渡そうとした瞬間、平良にしか聞こえない程の小さな声で凛花が訊ねた。
「どっち?」
一瞬、平良の目が大きく開かれる。しかし、それは本当に瞬きほどの時間で、その瞳はすぐに2人の姿を写し込んだ。その一連の動作で、凛花は平良が自分の意図を正しく汲み取ったと判断した。
凛花は答えを知っている。
「いない」もしくは、「首を左右に振る」が正解だ。
岡原は「えびすや」の実情を知っている人物なのだ。ここに、占い目当てで来るはずがないのだ。
「あっち」
500円玉を凛花の手の平に置く瞬間、平良はそうつぶやいた。
ガックリと肩を落とす凛花。そんな凛花の気持ちに気付くはずもなく、店主に軽く頭を下げると平良はのれんをくぐって店から出て行った。
最初の女子高生も2人目の女子大生も、そして「あっち」側の女性も全員DかE(デカイ)部類の人たちだ。結局、平良は単なるムッツリ君だったのだ。もしかすると凛花が知らなかっただけで、ガッツリ君なのかも知れない。
「はあ・・・」
落胆した凛花の口から、深いため息が漏れる。
もし平良が妄想通りに凄腕の隠れ占い師であれば、バイトで来てもらおうと思っていた。そうすれば、来店する全ての人たちに満足してもらえるお店に、あの頃の様に戻れるかも知れない。そう、勝手に期待していた。
でも、現実はそんなに甘くない。それに、本当に凄腕の占い師であれば、今の時点で有名になっていてもおかしくない。
「今日は、何にしますか?」
気を取り直して、凛花が岡原に精一杯の笑顔を見せる。それに対して、岡原はメニューを確認することもなく即答した。
「肉・たま・ソバ。えっと、マユはどうする?」
岡原が声を掛けても、あっち側に座るマユと呼ばれた友人の反応が鈍い。凛花ではなく、向こう側でお好み焼きを作っている店主に視線が注がれている。そして次の瞬間、凛花が全く予想していなかった言葉が、その口から飛び出した。
「ねえねえ、占ってくれるのは、あの人なの?」
確かに、常連客の友人だからといって、その人が店の実情を知っているとは限らない。
数秒前まで曇天だった目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて両拳を握り締めた。