シンとした図書館の静寂に全然聞こえないBGMのようなクーラーの音を聞きながら、本の世界から目を離す。
6月上旬、熱さもだんだんと強まってきているが時々、涼しい季節相応のおひさまの光が良く入る図書館の窓側の席に、真新しい制服を来た少女が、頬をニンマリとだらしなくさせ、腕を伸ばして顎をつけながら本を読んでいる。
そんな少女の名前は、 飯島結菜。
肩にかかる程度のフワッとしたセミロングに優しそうな瞳が特徴的。
自称、身長145cmで女子としてはやや小柄。
かわいい寄りの美人だとクラスで囁かれている。
転校して2か月がたったが、彼女はクラスの間でも、有名な生徒だ。
オマケに天真爛漫な性格であり、そんな彼女の性格にも、惚れる人は多数なんだろう。
僕は彼女の事を飯島さんと呼んでいる。
彼女の真正面には、黒縁の伊達眼鏡をかけている少年が本を読み始める。
まぁ、それは僕の事なのだけど。
僕の名前は、 不知蒼。
現実の物事に興味があまり無く、普段は教室の窓側の一番後ろの席で今のように、小説を読んでいる。
身長169cmで高校二年生男子の平均身長よりも1cmほど小さい。
俗に言われる、「陰キャ」と呼ばれる人が僕は典型的な人物像なのだろう。
僕は、普段は伊達メガネをかけていない。
小説を読むとき……しかも、図書室でいるときだけ、かけている。
その理由は──
「ねーねー。不知くん。この漢字なんて読むの? ど……どりゅう?」
飯島さんの声に我に帰る。
飯島さんは机に身を乗り出し、僕の向きに本を回す。
彼女がだしてきた動物図鑑らしき本には、「土竜」と書かれた文字。
何だったっけと考えること数秒間、一つの答えが浮かび上がった。
「んー? あぁ。それはモグラって読むんだよ。難しいね。僕も一瞬わからなかった」
「へぇ〜。モグラかぁ……。不知くんってよく漢字知っているよね。漢検とか受けていたの?」
「いや、受けていないけど」
「そうなんだ。受けたらいいのに」
「考えてみる」
僕は、こんな感じで人との会話が苦手だ。
それは、長年染み付いた「独り」の生活の影響があるからだと思う。
だけど、僕は、その生活に不満を覚えてもいなく、本音を言わせれば、楽しい時間だった。
話を戻そう。
眼鏡を外せば、目立たなく、起きているのかいないのか分からないような、眠たそうな、いかにも「陰キャ」らしい顔が他の生徒は伺えるだろう。
口数は少なく、笑っている顔を見たことがある生徒・人物は、ただ一人の幼馴染みを除いて、誰も居ない。
他の生徒より、僕と現在進行形で長く居る
飯島さんでさえ、僕の笑っている顔を見たことがない。
笑顔が得意ではないというのが本心だけど。
パタパタと手をうちわの代わりにして、仰いでいる飯島さんを無視して、買ってきた青春小説を読み終えた僕は、パタンと閉じて、イスから立ち上がり、自身でほとんど管理していると言っても過言ではない「ラノベコーナー」に向かう。
かつて、活気があった頃の上級生が作ったであろう、カジュアルな見出しで飾られて、使い回す事を想定させて作られた、ややクタクタになり気味のポップが無造作に置かれている。
カツカツとスリッパを滑らせて歩くこと、数秒、まず、目に一番にはいったのが、恋愛小説だ。
恋愛小説とファンタジー小説が大好きだ。
恋愛小説は「君の心臓を手に入れたい」を読んで、ラストシーンに衝撃を受けたからだ。
一方、ファンタジー小説はと言うと、「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」を読み、自身に似ている主人公に同感し、そして、成長に感動を覚え、これもある意味衝撃を受けた。
「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」は、元々WEB小説だったが、今年の4月に、めでたく沢山の人気を集め、書籍化し、1ヶ月後にはコミカライズ化もされるとツイッターに投稿されていた。
この記事を見たときは、僕はかなり驚き、久しぶりに興奮をしたものだ。
まぁ、そんな事はどうでもいいかな。
そういや、今日の夕食どうしようと、脳が混乱を起こしている。
一度整理しようと思い、おもむろに近くにあった「驟雨の子」をとり、自席へと戻る。
「おかえりー。ああっ!」
と、興味の塊のような驚きの声が聞こえ、僕はその方向を見てみると、飯島さんがふんすふんすと興奮していた。
「それって、映画の『驟雨の子』だよね? 小説にもなってたんだっ!」
「そうだね、割と面白いから読んでみたら?」
僕はスッと、飯島さんの方向に本を回す。
彼女はそれを受け取ると、
「あっ、表紙も映画の宣伝のと一緒だぁ……。あ」
飯島さんが、口を開けたまま目をウロウロさせていたので、僕は、ひたすらキョトンとしていた。
こういう時は決まってなにか考え事をしているはずだ。
だけど、僕は、それをチラリと目にやっただけで、もう今は「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」を本棚から引き出し、立ち読みをしていた。
「ねぇ」
飯島さんは口を開くと、僕は本を閉じて、
「どうしたの?」
と首を傾けて聞いた。
すると飯島さんは、ニンマリと口角を上げながら、やがて夕陽と被さって眩しいほどの笑顔になってこう言った。
「や〜、なんかさ、私達も出会って、二ヶ月が過ぎたじゃない?」
「飯島さんが、この高校に来てから、二ヶ月だね。早いね」
「でさ、そろそろ、いい加減、こうやって本読むのもいいけど、ダラダラしてたらいつか飽きるじゃん?」
「そうかな」
「だ・か・ら」
「来週の土曜日か日曜日に遊びに行きたいと思います」
「別にいいけど」
「へ? 即決だね? 本当にいいの? 本当は私が不良だったりして、不知くんの臓器を抜き取るからかもしれないのに」
「それなら、今頃、僕はこの世にいないからね。君の事はこの世界で三人目に信用しているから。安心して」
「へぇ……。それはそれは……。ありがとっ。んじゃ、私もこの世でいちばん一緒に居て安心出来る君に、これまでの私の過去を教えよう」
「本当は、僕がデート商法の人間かもしれないのに?」
「大丈夫、大丈夫。不知くんはそんな所に入る度胸なんてないと私は思っているから」
「ナチュラルにディスるのやめてくれる?」
「あ──────、聞こえないー。なんの話?」
飯島さんは、コホンと咳払いをした後、再び図書室に静寂が訪れた。
「ではでは~。私は……」
***
飯島さんがこの高校に来たのは、始業式が終わったHRの時間だった。
新しいクラスでの席替えを終え、僕は窓側の、しかも、一番後ろという、絶妙な席を獲得した。
この学校では基本的に席替えはなく、進級時に一度だけ席替えがある。
だから、隣の席の人が騒がしい子だったり、人が寄ってくる子だったりすると、静かに過ごしたい生徒にとっては苦痛だろう。
僕は去年はそんな事は無く、今年もきっとそれなりの静かな高校生活を送れると思っていた。
ふと、隣の席を見ると、空席があった。
誰かが休んでいるのかなと思いながらも、そのことはあまり考えず、小説を読もうとした時、担任である松本先生が、
「皆さんもお気づきかもしれませんが、このクラスに転校生がきています。では、入ってください〜」
男性とは、思えないほどの高音で優しい声に誘われるように飯島さんは入ってきた。
「この学校に転校してきましたっ! 飯島結菜です! よろしくお願いしますっ!」
そう言って、飯島さんは、ペコリと頭を下げ、拍手が教室を覆う。
そして、僕の横の席に、彼女は座った。
隣の席の空席の理由は転校生だった。
しかも、なかなか人が寄ってきそうな子だった。
「よろしくねっ!」
そう声をかけられたときから、僕の心の中にあった 〝なにか〟が動き出した。
この日から、僕の高校生活の平穏は破られた。
今思えば、これが始まりだ。
「皆で過ごすと楽しいねっ!」「アオイちゃんは、もっと素直になったほうがいい」「蒼、勇気をだせよ」「その小説、私も読みたい」「その心構えはいいよねっ! だって〝自分〟を変えてくれた人が居るって凄いことじゃない?」「【動かなきゃ、変えれなかった】とか……?」
思い出が飛び交う。
※※※
夏が過ぎようとして、秋が近づいている9月。
僕は路上で倒れている。
肩も頭も足も腕も身体中が痛い。
カランと音をたてて落ちる凶器。
どうして……。
結菜。
君にとって僕は何だったの……?
※※※
結局、どれも、僕にはもったいなかった。
僕が経験するには、早すぎた。
楽しかった、嬉しかったの言葉だけじゃ、語れない。
小説にするなら、何冊になっても足りない。
これは、僕と彼女の最高の純愛。
そして、最悪になっていく僕の人生の物語。
《Prologue 完》
6月上旬、熱さもだんだんと強まってきているが時々、涼しい季節相応のおひさまの光が良く入る図書館の窓側の席に、真新しい制服を来た少女が、頬をニンマリとだらしなくさせ、腕を伸ばして顎をつけながら本を読んでいる。
そんな少女の名前は、 飯島結菜。
肩にかかる程度のフワッとしたセミロングに優しそうな瞳が特徴的。
自称、身長145cmで女子としてはやや小柄。
かわいい寄りの美人だとクラスで囁かれている。
転校して2か月がたったが、彼女はクラスの間でも、有名な生徒だ。
オマケに天真爛漫な性格であり、そんな彼女の性格にも、惚れる人は多数なんだろう。
僕は彼女の事を飯島さんと呼んでいる。
彼女の真正面には、黒縁の伊達眼鏡をかけている少年が本を読み始める。
まぁ、それは僕の事なのだけど。
僕の名前は、 不知蒼。
現実の物事に興味があまり無く、普段は教室の窓側の一番後ろの席で今のように、小説を読んでいる。
身長169cmで高校二年生男子の平均身長よりも1cmほど小さい。
俗に言われる、「陰キャ」と呼ばれる人が僕は典型的な人物像なのだろう。
僕は、普段は伊達メガネをかけていない。
小説を読むとき……しかも、図書室でいるときだけ、かけている。
その理由は──
「ねーねー。不知くん。この漢字なんて読むの? ど……どりゅう?」
飯島さんの声に我に帰る。
飯島さんは机に身を乗り出し、僕の向きに本を回す。
彼女がだしてきた動物図鑑らしき本には、「土竜」と書かれた文字。
何だったっけと考えること数秒間、一つの答えが浮かび上がった。
「んー? あぁ。それはモグラって読むんだよ。難しいね。僕も一瞬わからなかった」
「へぇ〜。モグラかぁ……。不知くんってよく漢字知っているよね。漢検とか受けていたの?」
「いや、受けていないけど」
「そうなんだ。受けたらいいのに」
「考えてみる」
僕は、こんな感じで人との会話が苦手だ。
それは、長年染み付いた「独り」の生活の影響があるからだと思う。
だけど、僕は、その生活に不満を覚えてもいなく、本音を言わせれば、楽しい時間だった。
話を戻そう。
眼鏡を外せば、目立たなく、起きているのかいないのか分からないような、眠たそうな、いかにも「陰キャ」らしい顔が他の生徒は伺えるだろう。
口数は少なく、笑っている顔を見たことがある生徒・人物は、ただ一人の幼馴染みを除いて、誰も居ない。
他の生徒より、僕と現在進行形で長く居る
飯島さんでさえ、僕の笑っている顔を見たことがない。
笑顔が得意ではないというのが本心だけど。
パタパタと手をうちわの代わりにして、仰いでいる飯島さんを無視して、買ってきた青春小説を読み終えた僕は、パタンと閉じて、イスから立ち上がり、自身でほとんど管理していると言っても過言ではない「ラノベコーナー」に向かう。
かつて、活気があった頃の上級生が作ったであろう、カジュアルな見出しで飾られて、使い回す事を想定させて作られた、ややクタクタになり気味のポップが無造作に置かれている。
カツカツとスリッパを滑らせて歩くこと、数秒、まず、目に一番にはいったのが、恋愛小説だ。
恋愛小説とファンタジー小説が大好きだ。
恋愛小説は「君の心臓を手に入れたい」を読んで、ラストシーンに衝撃を受けたからだ。
一方、ファンタジー小説はと言うと、「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」を読み、自身に似ている主人公に同感し、そして、成長に感動を覚え、これもある意味衝撃を受けた。
「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」は、元々WEB小説だったが、今年の4月に、めでたく沢山の人気を集め、書籍化し、1ヶ月後にはコミカライズ化もされるとツイッターに投稿されていた。
この記事を見たときは、僕はかなり驚き、久しぶりに興奮をしたものだ。
まぁ、そんな事はどうでもいいかな。
そういや、今日の夕食どうしようと、脳が混乱を起こしている。
一度整理しようと思い、おもむろに近くにあった「驟雨の子」をとり、自席へと戻る。
「おかえりー。ああっ!」
と、興味の塊のような驚きの声が聞こえ、僕はその方向を見てみると、飯島さんがふんすふんすと興奮していた。
「それって、映画の『驟雨の子』だよね? 小説にもなってたんだっ!」
「そうだね、割と面白いから読んでみたら?」
僕はスッと、飯島さんの方向に本を回す。
彼女はそれを受け取ると、
「あっ、表紙も映画の宣伝のと一緒だぁ……。あ」
飯島さんが、口を開けたまま目をウロウロさせていたので、僕は、ひたすらキョトンとしていた。
こういう時は決まってなにか考え事をしているはずだ。
だけど、僕は、それをチラリと目にやっただけで、もう今は「召喚師が陰キャラで何か悪いですか」を本棚から引き出し、立ち読みをしていた。
「ねぇ」
飯島さんは口を開くと、僕は本を閉じて、
「どうしたの?」
と首を傾けて聞いた。
すると飯島さんは、ニンマリと口角を上げながら、やがて夕陽と被さって眩しいほどの笑顔になってこう言った。
「や〜、なんかさ、私達も出会って、二ヶ月が過ぎたじゃない?」
「飯島さんが、この高校に来てから、二ヶ月だね。早いね」
「でさ、そろそろ、いい加減、こうやって本読むのもいいけど、ダラダラしてたらいつか飽きるじゃん?」
「そうかな」
「だ・か・ら」
「来週の土曜日か日曜日に遊びに行きたいと思います」
「別にいいけど」
「へ? 即決だね? 本当にいいの? 本当は私が不良だったりして、不知くんの臓器を抜き取るからかもしれないのに」
「それなら、今頃、僕はこの世にいないからね。君の事はこの世界で三人目に信用しているから。安心して」
「へぇ……。それはそれは……。ありがとっ。んじゃ、私もこの世でいちばん一緒に居て安心出来る君に、これまでの私の過去を教えよう」
「本当は、僕がデート商法の人間かもしれないのに?」
「大丈夫、大丈夫。不知くんはそんな所に入る度胸なんてないと私は思っているから」
「ナチュラルにディスるのやめてくれる?」
「あ──────、聞こえないー。なんの話?」
飯島さんは、コホンと咳払いをした後、再び図書室に静寂が訪れた。
「ではでは~。私は……」
***
飯島さんがこの高校に来たのは、始業式が終わったHRの時間だった。
新しいクラスでの席替えを終え、僕は窓側の、しかも、一番後ろという、絶妙な席を獲得した。
この学校では基本的に席替えはなく、進級時に一度だけ席替えがある。
だから、隣の席の人が騒がしい子だったり、人が寄ってくる子だったりすると、静かに過ごしたい生徒にとっては苦痛だろう。
僕は去年はそんな事は無く、今年もきっとそれなりの静かな高校生活を送れると思っていた。
ふと、隣の席を見ると、空席があった。
誰かが休んでいるのかなと思いながらも、そのことはあまり考えず、小説を読もうとした時、担任である松本先生が、
「皆さんもお気づきかもしれませんが、このクラスに転校生がきています。では、入ってください〜」
男性とは、思えないほどの高音で優しい声に誘われるように飯島さんは入ってきた。
「この学校に転校してきましたっ! 飯島結菜です! よろしくお願いしますっ!」
そう言って、飯島さんは、ペコリと頭を下げ、拍手が教室を覆う。
そして、僕の横の席に、彼女は座った。
隣の席の空席の理由は転校生だった。
しかも、なかなか人が寄ってきそうな子だった。
「よろしくねっ!」
そう声をかけられたときから、僕の心の中にあった 〝なにか〟が動き出した。
この日から、僕の高校生活の平穏は破られた。
今思えば、これが始まりだ。
「皆で過ごすと楽しいねっ!」「アオイちゃんは、もっと素直になったほうがいい」「蒼、勇気をだせよ」「その小説、私も読みたい」「その心構えはいいよねっ! だって〝自分〟を変えてくれた人が居るって凄いことじゃない?」「【動かなきゃ、変えれなかった】とか……?」
思い出が飛び交う。
※※※
夏が過ぎようとして、秋が近づいている9月。
僕は路上で倒れている。
肩も頭も足も腕も身体中が痛い。
カランと音をたてて落ちる凶器。
どうして……。
結菜。
君にとって僕は何だったの……?
※※※
結局、どれも、僕にはもったいなかった。
僕が経験するには、早すぎた。
楽しかった、嬉しかったの言葉だけじゃ、語れない。
小説にするなら、何冊になっても足りない。
これは、僕と彼女の最高の純愛。
そして、最悪になっていく僕の人生の物語。
《Prologue 完》