帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 優しく3回ノックされたドアを、ユウキが開けた。
 そこには、車いすに乗った少女とそれを押しているミケールが居た。他には、誰も連れていない。

 ユウキたちの拠点の中は安全だと言っても、今までは護衛の者が付いていたが、二人だけで、ユウキたちが待っている部屋を訪れた。

「決まりましたか?」

 ユウキは、直球で少女に問いかけた。

『はい。残念ですが、ミケールを説得できませんでした』

『お嬢様』

「わかりました。準備はできています。地下で施術を行います」

 ユウキたちは、立ち上がって地下に繋がる階段がある部屋に向けて歩き出す。

『ユウキ様。お願いいたします』

 ミケールが、少女の座っている車いすを押して、ユウキたちの後に続いた。

 地下に繋がる階段がある場所に辿り着いて、ユウキは後ろを振り返る。
 階段には、扉を開けなければならない。

 この扉には、一つの仕掛けがしてある。

「契約の時に、お話をした通りに、これから行われる事や、この扉に私が触れてから、見たり、聞いたり、感じた事は、例え身内であっても話さないようにお願いします」

『わかりました』『はい』

 ミケールは、ユウキをまっすぐに見てから了承した。少女は、少しだけ俯きながら、ユウキを見て了承した。実際には、ユウキたちとしては、誰かに話をされても困らない。この扉を開けるのは、ユウキたち以外には不可能なのだ。もっと言えば、ユウキ以外には不可能なのだ。

 ユウキが扉に手を触れると、扉の下方から上部に向かって光が走る。

『綺麗』

 少女が光を見つめている。
 ユウキが手を触れている場所まで光が到達すると、光は扉に魔法陣を描き始める。

 扉に、幾何学模様が描かれる。
 光がゆっくりとした速度で明滅する。徐々に明滅の速度が早くなり、光が強くなる。

 単なる演出だが、この間に階段が別の場所に作られている地下室に繋がる。

 扉が光で覆われてから、ゆっくりとした速度で光が収まる。
 ユウキが扉から手を離すと、ゆっくりとした速度で扉が開き始める。

「どうぞ。スロープもありますので、焦らずにゆっくりと付いてきてください」

 ユウキの宣言通りに、階段の横にスロープが作られている。ミケールに押されながら、少女が座っている車いすがゆっくりとした速度で、下に降りていく。

『ユウキ様?』

 壁には、電灯なような物はないが、壁が淡く光って、足元を照らしている。

 少女は、壁を興味深く眺めている。

 3分ほどで地下に到着した。

 地下には、すでに日本に残っているメンバーが揃っていた。

「初めての者も居ますので、簡単に紹介だけさせてください」

『お願いします』

「姫様の補助を行います女性陣です。右から、ヒナ、ロレッタ、サンドラ、アリス、ヴィルマ、イスベルです」

 ユウキが、女性陣を紹介する。
 名前に合わせて、一歩前に出て貴族に対する礼を行う。レナート式だが、失礼にはならない丁寧さがある。

『よろしくお願いします』

「ミケール殿のサポートを行う男性陣です。右から、レイヤ、リチャード、フェルテ、エリク、マリウス、モデスタです。スキルを利用するのも、この者たちです」

『わかりました。レイア様、リチャード様、フェルテ様、エリク様、マリウス様、モデスタ様。よろしくお願いいたします。そして、ヒナ様、ロレッタ様、サンドラ様、アリス様、ヴィルマ様、イスベル様。お嬢様をお願いしました』

 深々と頭を下げるミケールに、男性陣も貴族に対する礼を行う。

「始めますか?」

 ユウキは、ミケールに向けて、表情を変えずに問いかける。

『お願いします。もしもの時には、お嬢様をお願いいたします』

「最善を尽くします」

『ありがとうございます』

 部屋は、この為に作られたかと思うような作りになっている。
 部屋が、大きなガラスで区切られている。扉は左右に付いているが、簡単には行き来できない。

 ミケールと男性陣が隣の部屋に移動する。
 仕切られていた扉が閉められる。

『お願いします』

「姫様。音を遮断できますが?」

『ユウキ様。ありがとうございます。私は、ミケールを説得できませんでした。これは、私が聞かなければ、感じなければならない事なのです』

「わかりました」

 ユウキは、指を鳴らすと、部屋にミケールたちが居る部屋の音や匂いが部屋に伝わってくる。

「ミケール殿。痛覚を弱めることができますよ?」

 スキルでの攻撃ではなく、そのあとの行為に関して確認を行う。

『ユウキ様。必要はありません。私が、気を失ったら、起こしてから再開するようにお願いします』

「わかりました。レイヤ!」

「おぉ・・・。わかった。ミケール殿。一気に行くぞ、気をしっかりと持てよ!」

『はい。レイヤ様。お願いします』

 女性陣は、これからの行為の概略を聞いている。
 忌避する者は居なかったが、少女が耐えられるのか心配になっている。サンドラとアリスが少女の横に付いて、万が一のときにはスキルを発動する手はずになっている。

 男性陣が、スキルの準備を始める。
 順番に行うと、それだけミケールへの負担が大きいのは理解している。躊躇しては、ミケールにも失礼になると考えている。

「行くぞ!」

 レイヤの声にタイミングを合わせて、スキルが発動する。

 リチャードが、背中を焼く。
 レイヤが、足を膝から切り落とす。

 フェルテが目を潰して、エリクが耳を切り落とす。

 マリウスが右手を癒着する程度に炙る。モデスタが左腕をスキルで焼き始める。

 切り落とされた脚や耳や顔をスキルで容赦なく焼き始める。

 苦痛に耐えていたミケールを新たな苦痛が襲う。
 気絶を許さない連続でのスキル発動だ。声すらも出せない絶叫だ。音が喉から漏れるが、スキルが容赦なく、注ぎ込まれる。肉が髪の毛が焼ける匂いが部屋に充満する。

 少女は、ミケールの状態を一つも見逃してはならないという気持ちで、目を見開いてミケールに注がれるスキルを見つめている。
 大きく開かれた目から、涙が止めどなく流れている。口を一文字に結んで、目の前で行われる非道な行いを見つめている。何度、”辞めて”と叫びそうになったが、この行為を決断したのは、ミケールであり、自分だと言い聞かせる。
 だからこそ、少女は流れ出る涙を拭くよりも、目を見開いて、耳で、心で、ミケールの状態を見ている。

 スキルの発動が止まる。
 ぐったりとしたミケールだが、肩が動く、生きていることが確認される。少女は、嗚咽とも思える声で、言葉にならない音を発する。しかし、目は閉じていない。しっかりとミケールだけを見ている。

「レイヤ」

 いつの間にか、ヒナが部屋に入っている。
 ヒナが持っているのは、ポーションだ。

『ユウキ様?』

「あれは、ポーションです。できたばかりの傷ですが、痛みを和らげる程度の効果しかありません。スキルで焼いてしまった皮膚は、ハイポーションやもっと上位の方法でしか治りません」

『え?』

「ミケール殿に頼まれていました。痛みを取るのではなく、傷を定着して欲しいと・・・。姫様と同じ状況になってから治療を行ってほしいと・・・」

『・・・。ミケール・・・。ユウキ様。もう・・・』「レイヤ!」

 少女が停止を求める前に、ユウキはレイヤに指示を飛ばす。

『くっ・・・。グ・・・。グォォォォ』

『ミケール!ユウキ様!辞めて!もう・・・。十分です。辞めて』

「ミケール殿?」

『続けてください。まだ、背中だけです。顔にも、脚にも、腕にも傷があります』

「わかりました。リチャード。フェルテ。エリク。頼む。マリウスとモデスタは、ミケール殿を支えてくれ、暴れる可能性がある」

 今まで聞こえてこなかった、絶叫が部屋に木霊する。
 スキルで傷ついているだけなら、状態が変化したことによる痛みだけだ。しかし、定着することで、傷となり身体や神経や心を攻撃する。ポーションが掛けられることで、気絶することができない。

 ミケールは、少女が数年間に渡って感じていた痛みを、数秒間に凝縮して感じている。
 痛みで我を忘れる事も、意識を手放すこともできない状態で、永遠と思える刹那な時間に、凝縮された痛みを受けている。

『辞めて・・・。もう、辞めて・・・。ミケールが・・・』

 目を伏せて、耳を塞ごうとする少女。顔を下げようとする。

「エアリス!」

 ユウキが、初めて少女の名前を叫んだ。

 びっくりして、少女は顔を上げる。

「エアリス。ミケールの痛みを、お前が見ないで、聞かないで、感じないで、誰が見る。聞く。感じる。俺たちか?違うだろう。お前が、諦めてどうする!」

 少女は、顔を上げて、絶叫を上げ続けるミケールを見る。
 目から涙が流れ続ける。しかし、しっかりとミケールが苦しんでいる状況を見つめる。

 ユウキは、ヴィルマとイスベルに目配せをする。
 サンドラとアリスが少女から離れて、少女の横にヴィルマとイスベルが中腰で寄り添う。

 ミケールは痛みに耐えながら、自分をまっすぐに見つめる少女に微笑みを向ける。

 凝縮した痛みを受けているミケールを少女は流れ出る涙を拭わないで見続ける。

『ユウキ様。ありがとうございます』

 少女は、まっすぐにミケールを見ながら、斜め後ろにいるユウキに感謝を向ける。

「いえ」

 ユウキは短く言葉を発するだけだ。
 治療の前段階は、終焉に近づいている。

 ミケールは声が出せない。肩で息をしている。支えられなければ立っていられない。

『ミケール』

 少女の呟きが室内に木霊する。
 それだけ、室内には音が存在しない。

「レイヤ!頼む」

 ユウキが、レイヤに声を掛ける。
 次の段階に移行するために、ミケールには座ってもらう必要がある。レイヤは、準備していた椅子にミケールを座らせる。

『ユウキ様。続けてください』

 ミケールの言葉を受けて、レイヤ以外の男性が部屋から出ていく、変わりに武器を取り出したユウキが部屋に入る。
 ユウキの後ろに杖を取り出したヒナが続く。

 もう少女は、ユウキたちを止めない。
 今、止めてもミケールの献身が無駄になると理解している。それに、これから行われる事がどんなに残酷なことでも、自分が望んだことだ。誰かに責任を押し付けるわけにはいかない。自分の身体よりも、ここで止めてしまってはミケールが戻るチャンスが無くなってしまう。

 わかっている。理解している。少女は、ユウキではなく、ミケールの状態を見逃したくない。すべてを目に、心に、焼き付ける。

「ミケール殿。手順は説明した通りに行います」

 片目で、自分を見つめている少女をしっかりと捉える。そして、微笑を浮かべる。ミケールの心は誰にも解らない。微笑はミケールだけの感情表現だ。少女は、ミケールの微笑を受けて、泣きはらした顔のままミケールが好きだと言っている笑い顔を作る。

『お嬢様。ありがとうございます。ユウキ様。お願いします』

 ミケールは、少女が自分に笑顔を向けてくれたのがわかった。

「わかった。レイヤ!ヒナ!」

「おぉ!」「はい!」

 ユウキが、薄刃の剣でミケールの脚の付け根から切り落とす。
 同時に、先ほどとは違う絶叫が室内に響き渡る。ユウキが剣を引いた瞬間に、ヒナが準備していたスキルを解き放つ。持っていた杖の先端が光る。

 レイヤが、焼け爛れた腕を切り落とす。
 脚を切り落としたユウキが剣を放り投げる。そのまま、両手でミケールの腕にスキルをあてる。

 ユウキが放り投げた剣が落ちて来る前に、スキルの発動が終わった。

 落ちてきた剣をユウキが受け取る。

 ユウキが剣を杖に持ち替えて、スキルを発動する。
 治癒の最上位スキルだ。準備に必要な時間は、ユウキのスキルレベルでも3秒。

 脚を修復したヒナが、杖の先端でミケールの潰れた目をえぐるように突きさす。
 腕を切り落としたレイヤがミケールの顔を炎のスキルで焼く。そのままレイヤは、炎でミケールの背中から腕にかけて焼いていく。

 絶叫にもならない無言の叫び声をミケールがあげる。

 肉が焼ける臭いが部屋に充満する。着ていた服が燃え落ちる。露出した肌は、炎で焼けている。

 長い、永遠と思える3秒が過ぎた。

「ヒール!」

 スキルの効果にしては、余りにも短い言葉をユウキが発する。

 ユウキから放たれた光が、ミケールを包む。
 動かなかった腕や脚が動き出す。

 焼け爛れた皮膚が修復される。

 ヒナが貫頭衣を取り出して、ミケールに着させる。皮膚の修復が貫頭衣の下で行われているのは光からもわかる。
 見えている腕や脚も修復が完了する。

 ミケールが閉じていた目を開ける。
 抉られた目が復活している。

「ふぅ・・・。髪型だけは無理だな。それは、ご容赦願おう」

 ミケールが椅子から立ち上がった。
 椅子は炎で焼けた服の焼け残りや、炎の威力で焦げた部分もある。しかし、自分の脚で立ち上がったミケールには火傷の後は見られない。

 少女の目の前で行われた治療ではあるが、やっていることは拷問を、少女は目を逸らさずに見ていた。
 そして、ユウキたちが行った奇跡を・・・。ミケールが立ち上がった瞬間に、自分の感情がわからなくなり、流れ出る涙を隠さずに、ミケールに向けて動かない脚で歩き出そうとしていた。笑おうとする感情と、泣き叫びたい感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 少女は、目を伏せて、顔を伏せた。
 ユウキだけではなく、付き添っている者たちも、少女の感情が落ち着くまで、何も語らなかった。

 少女は、泣きはらした顔を上げて、ユウキを見つめる。
 横で自分を優しい目で見つめるミケールではなく、ユウキをまっすぐに見る。

『ユウキ様』

「なんでしょうか?」

『治療をお願いします』

「わかりました」

『泣きはらして、腫れてしまった目も治りますか?』

「それは難しい注文ですね。腕や脚や肌は、以前のように、美しい状態に戻りますが、その涙はあまりにも美しい。私程度のスキルでは、美しい涙を流した目を治すのは不可能です」

『それは残念です』

「はい。なので、身体を治した後で、貴女がもっとも信頼する人に治療を頼んでみるのはどうでしょうか?」

『そうですね。私には、こんなにも、私のことを考えてくれていた者が居たのですね』

『お嬢様』

 ミケールは精神的にも肉体的にも限界なのは、誰の目にも明らかだ。
 しかし、ミケールは少女を治療が行われる部屋に抱きかかえるように連れて来る。ユウキたちの補助を断って、自分と少女だけで数メートルを、長い時間をかけて移動した。二人の歴史を手繰るように・・・。

 新しく用意された椅子に、少女を座らせる。
 ミケールの時と違うのは、近くにミケールがいる事と、少女の周りにサポートするように待機していた者たちが部屋に入ってきた。

「ロレッタ。サンドラ。アリス。ヴィルマ。イスベル。頼む」

 ユウキの言葉に、皆が頷く。

『ユウキ様?』

 少女がユウキたちの態度に不安と疑問が籠った声で、呼びかける。

 名前を呼ばれたユウキではなく、ヒナが少女の前で腰を落とした。目線を合わせて、少女に話しかける。

「エアリス。ミケールの治療を見ていてわかったと思うけど、定着してしまった火傷は、治せない」

『はい。お聞きしています』

「うん。エアリスの服の下の肌は定着してしまった火傷だよね?」

『・・・。はい』

「ミケールと同じように、もう一度、皮膚と一緒に定着した場所を炎で焼くか、切り落とすしかない」

『はい』

 まっすぐにヒナを見る少女の表情には怯えは見られない。

「その時に、服も一緒に燃えちゃうよね?」

『え?あっそうです』

「ミケールは大丈夫だと思うけど、ユウキもレイヤも男だからね」

『え?』

「こんなに可愛いエアリスの、綺麗な肌を見ちゃったら理性が飛んで襲ってくるかもしれないでしょ?」

 冗談めかしてヒナが言っている事が理解できて、その状況を想像して、少女は顔が赤くなるのを認識した。見えている耳まで真っ赤になる。

 女性たちは、治療の為にいるのではない。
 少女に羞恥を感じさせないためにいる。

 ユウキとレイヤが、頭を掻いて、ばつが悪そうな表情を浮かべる。
 少女は、そんなユウキとレイヤの表情が面白いのか、笑ってしまった。それでも、火傷の跡があり表情が動かせない。

「よし、エアリスの笑顔を取り戻すぞ」

 ユウキの照れ隠しなのか、解らない掛け声で治療が始まる。
 雰囲気とは反対の拷問に近い方法だが、治せるのはミケールで実証されている。

 手順は同じだ。

 永遠と思える3秒が過ぎて、ユウキのスキルが発動する。
 同時に、女性たちがユウキとレイヤとミケールから少女の裸体を隠す。ミケールの時と違って、スキルを発動して隠してしまう方法だ。

 ユウキとレイヤから視認されないようにする為にも、5名のスキルが必要になる。ユウキとレイヤなら”見ない”とは思っているが、それでも女性たちはスキルを発動した。

 スキルで姿が隠された少女は、皆から渡された服を身に着けた。

 そして、自らの脚で立ち上がった。

 エアリスの周りを覆っていたスキルが解かれる。
 そこには、自分の手足を触って、自分の顔を、自分の手で触って、耳の形を確認して、触った手を自分の目で見つめる。大きな目が印象的な少女が立っていた。
 自分の目で見て、自分の手で確認して、立っていることを確認して、自分を見つめている視線に気が付いた少女は、足を進めようとした。

 しかし、何年も自分の足で立ち上がっていなかった少女は、立っていることが奇跡のような状態だ。歩くのは難しい。

 しかし、少女は自分を見つめて、目を見開いて、流れ出る涙を拭わずに、自分だけを見て居る者の側に一歩でも歩く必要があると考えていた。

 見守っている者たちは、誰も力を貸そうとはしない。力を貸すのが間違っていると思っているかのように動かない。

 唯一、動いたリーダ格の男は、隣の部屋と繋がる扉を開けて、涙を流している男性を招き入れただけだ。

 二人は、通常ならば1-2秒で抱き合うことができる。
 しかし、二人は1-2秒の距離を、ゆっくりとした歩みで進む少女に合わせて、時間をかけて縮めていく。男性は走り出したい衝動を抑え込んでいる。少女がバランスを崩すと、その場から走り出しそうになるのを必死に堪えている。

 なぜ、走り出さないのか?なぜ、少女を助けないのか?

 二人にしか解らない。

 二人は、たっぷりと時間をかけて距離を縮めた。

『お嬢様』

『ミケール。ありがとう。自分の足で・・・』

『はい。見て居ました。ご立派です』

 ミケールは、少女(エアリス)を抱きしめた。
 エアリスは、ミケールに抱きしめられて、緊張の糸が切れたかのように眠ってしまった。

『ユウキ様。それに、皆さま。本当に、本当に、ありがとうございます』

「いえ、私たちは、契約に従い、依頼通りに、仕事を行っただけです」

『わかっています。しかし、お礼は受け取っていただきたい』

「わかりました」

 ユウキたちは、ミケールに向かって一礼する。

『ユウキ様。今後のお話をしたいので、お時間を頂きたい』

「わかりました。姫様は、このままミケール殿がお連れください。部屋は・・・」

「私、ロレッタが案内いたしまし」

『わかりました。ロレッタ様。お願いいたします。ユウキ様。後ほど、お伺いいたします』

「わかりました。時間は気にしなくて大丈夫です」

『ありがとうございます』

 ミケールは、エアリスを抱きかかえるようにして、部屋から出ていく。

「ユウキ?」

 側に居たレイヤがユウキに話しかける。

「やっとだな」

 ユウキの言葉で皆が頷く。
 この場に居ないロレッタも、皆と同じ気持ちだ。

「誰から始める?」

 レイヤの問いかけは、短い物だが、待ち望んでいた。誰もが知りたい内容でもある。

「まずは、情報が出そろっている。モデスタ。イスベル」

 名前を呼ばれた二人は、自分たちが最初だろうとは思っていた。
 準備もすでに終わらせている。

「呼ぶのか?」

「そうだな。パウリとイターラは、呼んでおいた方がいいと思う。あとは、マイにだけは話を通しておく」

「そっちは、ユウキに任せる。俺たちは、準備・・・。と、言っても、これからの交渉次第だな」

「そうだな。最悪は、力技だけど、それは避けたい」

「わかっている」

 モデスタとイスベルが狙っているのは、自分たちが居なくなってから、自分たちが育った施設を潰した新興宗教だ。教祖と幹部たちを、法の裁きを受けさせようと考えている。自分たちでは、法律面が弱い。そのために、今回の仕事を受けたのだ。国際的な法律事案に詳しい者の助言が欲しかった。それも、自分たちを裏切る可能性が低い者だ。

 皆が、自分の部屋に戻るのを見送ってから、ユウキとレイヤは、会談を行う部屋に向かう。

「ヒナ?」

「レイヤよりも、私の方が適任でしょ?それに・・・」

 ヒナは、屋敷の周りに誰か来ていると二人に伝える。

「お客様か・・・。レイヤ。リチャードとマリウスで、対応を頼む」

「わかった。捕える必要は?」

「相手の武装を見てから判断してくれ、非合法な組織・・・。以外が来るとは思えないけど、使えそうなら捕えてくれ」

「わかった」

 レイヤが手を降って部屋から出ていく。ヒナが、ユウキの側にやってくる。

「ユウキ。何か飲む?」

「コーヒーを頼む」

「インスタントしかないけど?」

「いいよ。なんでも・・・」

「もう・・・。ユウキは・・・」

「ヒナ!」

「ごめん。でも、言わせて、私もマイも・・・。他の皆も、それこそ、セシリアもアメリアも、ユウキの事を・・・」

「解っている。でも、俺は」

「それも解っている。解っているから・・・。でも・・・。いえ、だから、ユウキ。私たちが、ユウキの心配をさせて・・・。あの子から託されたユウキを」

「わかった。ありがとう。でも、本当に、無理をしているわけでも、無茶をしようとしているわけではない。やっと糸口が見えてきた。嬉しくて、悔しくて、哀しくて・・・。ごちゃごちゃしているだけだ」

 ドアがノックされる。
 エアリスを部屋に連れて行ったミケールが訪ねてきた。

『ユウキ様』

「入ってくれ。ヒナ。ミケール殿に飲み物を頼む」

 ヒナが扉を開ける。そのまま、部屋を出ていく、飲み物を取りに行くようだ。
 開いた扉からミケールが入ってくる。扉を閉めて、ユウキが座っているソファーに移動して、ユウキの前に腰を降ろす。

『ユウキ様。ありがとうございます』

「すでに、お礼は頂いている」

『いえ、これは、お嬢様を止めていただいたことへのお礼です。あの時に、お嬢様が見ることを止めてしまったら、お嬢様はきっと後悔されたでしょう。だから、ユウキ様にお礼を申し上げたいのです』

「わかりました。今回の件は、ミケール殿への貸しにしておきます」

『ハハハ。高くつきそうですが、解りました』

 ヒナがコーヒーを淹れて戻ってきた。インスタントではなく、ドリップコーヒーだが、ユウキには味の違いは解らない。

 ユウキとミケールの前に飲み物(コーヒー)を置いてから、ユウキの後ろにある椅子に腰を降ろした。従者ではないが、話には加わらないという意思表示だ。この辺りの機微は、レナートで学んだので、地球の国で行われるマナーと違っているかもしれないと思ってはいるが、解らないので、レナート式で対応することに決めている。

『ユウキ様。先ほど、旦那様に、お嬢様の状態の報告を行いました』

「はい」

『詳細なお話は後日といたしましたが、状況だけはお伝えしました』

「それで?」

『ユウキ様からのご提案を受け入れると・・・』

「それは嬉しい。それで条件は?」

『お嬢様の滞在の延長。できましたら、日本への留学を希望されています』

「学校?」

『はい。お嬢様は、ジュニアハイスクールから学校に通っていません。学力は大丈夫なのですが、同世代との思い出がありません』

「それなら、国に帰られて・・・。あぁそうか・・・」

『はい。我が国は、まだ問題を抱えております。解決には、数年・・・。もしかしたら、それ以上の時間が必要になります』

「わかりました。留学では、私たちでは何をしたらいいのか解らないので・・・」

『大丈夫です。そのために、国から、国際的な法律に詳しい者が数名、チームとして来日します。お嬢様は、日本の学校に留学するために、彼らに付いてきて入国します』

「わかりました。高校からですか?」

『はい。日本語の勉強を含めて、留学の準備を行います』

「そうですか、国から出たという言い訳が必要なら、なんとかなると思います」

『また借りを作るのは返すのが大変になりそうですが、よろしくお願いします』

「わかりました」

『後ほど、契約書を作成いたします』

「お願いします。あっ。お嬢様の留学を予定している学校は?」

『そうですね。どこがいいのか、お嬢様と話し合ってみます』

「わかりました。日本の高校は、15歳からなので、あと1年と数か月あります。よほどの事がなければ、留学は受け入れられるでしょう」

『はい。承知しております。ユウキ様。正式な契約は、書類が出来上がってきてからですが、仮契約として、握手をして頂けますか?』

「もちろんです。ミケール殿。今後も、よろしくお願いいたします」

 ミケールは、黙ってユウキの差し出した手を握った。
 ユウキからのミケール経由で出された提案は、小国のトップに位置する者を動かすには十分な内容だった。情だけではなく、実でもユウキは提供できる代物を用意していた。そして、ミケールはユウキたちが空手形ではなく、実際に提案されている内容を実行できるだけの戦力であると確信している。

 ミケールがユウキとの会談を終わらせて、部屋を出た。
 当初の予定通りと言っても、ユウキは契約が成立する可能性は、五分五分だと考えていた。実際に、ユウキが提案した内容は、荒唐無稽だと言われてしまうような内容だ。

「ユウキ!」

 レイヤが部屋に駆け込んできた。

「レイヤ。落ち着きなさいよ」

 カップを片付けながら、ヒナはあきれた表情をレイヤに向ける。親しい人にしか向けない表情だ。

「ヒナ。そういうけど・・・。作戦の可否が決まるのだぞ?」

「はぁ・・・。レイヤ。貴方まで、サトシと同レベルになってしまったの?」

「あ?」

 レイヤは、ヒナから”サトシ”と同レベルだと言われて、傷ついたフリをして、怒ったフリをする。
 ようするに、じゃれているだけだ。それがわかっているので、ユウキも気にしないで、新しく入れられたインスタントコーヒーを飲んでいる。

 ヒナは、レイヤをあしらいながら、レイヤが持ってきた魔道具をテーブルの中央に設置した。

 置かれた魔道具を、レイヤが設定する。お互いにじゃれつきながらも、作業を行う手は止めないのはさすがだ。

「そうでしょ。ユウキは、作戦の一つだと言っただけで、ダメならダメで、別の作戦があると言っていたわよね?」

「わ、わかっている。でも、難易度が上がるのだろう?」

「そうね。ユウキ?」

 ユウキは、二人のやり取りを聞きながら、懐かしい気持ちになっている。これから、行う自分の復讐に巻き込んでいいのか?
 何度も、何度も、何度も、繰り返して考えて、口に出して・・・。仲間たちに問いかけた。
 皆が、ユウキの復讐を認めて、助けると宣言している。その過程で、死んでしまっても大丈夫と宣言をする者まで存在している。

 そして、本来なら二人のやり取りをユウキだけが見るのではなく、そこには一人の少女が居たことを想像して、頭を降った。

「あぁ悪い。考えていた。レイヤ。最良の結果だ。それに、難易度が上がるのは、いつものことだろう?」

 レイヤとヒナは、お互いの顔を見て、ユウキが言っている”いつものこと”を咀嚼している。
 そして、目線が交差して笑い出した。

「そうだね。確かに、いつもの事だね」「あぁ無理難題。無茶ぶり。それに比べれば、多少の遠回りくらいかまわない。それに、今回は安全ではないが、楽なミッションだろう?」

「あぁ。楽勝とは言わないけど・・・。俺たちは、今までも・・・。多分、これからも、同じようにやっていくのだろう」

 ユウキの言葉通りに、”俺たち”には仲間がいる。自分一人ではない。そして、まだまだ道半ばだ。越えなければならない山は高く、谷は深い。

 ユウキの言葉で、ヒナとレイヤはじゃれ合いをやめて、ソファーに座る。テーブルの中央に置いた魔道具が5個の光を灯しているのを確認する。

「それで?」

「まずは、お姫様を国に送っていく」

「おぉ?」「レイヤ。本当に、サトシと呼ぶわよ?ニュースを見ていないわよね?」

 レイヤは、首を傾けて、ユウキに説明を求める。
 レイヤの態度に最初に反応をしたのは、ユウキではなく、正面に座っていたヒナだ。

「見ているし!サトシと一緒にするな!」

 ヒナの言葉で、レイヤがむきになって反論する。

「夫婦漫才は後にしてくれ、他のメンバーは?」

 ヒナは、レイヤの反論を封じるために、物理的な方法を用いた。

「大丈夫。聞いているわ」

 ヒナは、テーブルの上でレイヤが設定した魔道具を指さしている。
 光っているのを確認すると、ユウキは納得した表情をヒナに向ける。

 ユウキは、魔道具に向かって話しかける。
 主語が抜けているが、内容は説明が終わっているので、大丈夫だ。サトシも、作戦の内容はしっかりと把握している。

「近いのは、モデスタとイスベルか?」

 魔道具が光る。
 二人からの返事が表示される。

”是”

 決められたパラメータを与える事で、簡単な返事がわかるようになっている。ユウキが、返事を確認して話を続ける。

「ニュースを見ていない。レイヤは別にして、状況は把握しているだろう。知らない者は、ヒナに聞いてくれ」

「ユウキ!」

 ヒナが抗議の声を上げるが、ユウキは話を続ける。
 夫婦漫才で貴重な時間を無駄にしたヒナとレイヤを揶揄う意味もあるが、実際にペアのどちらかは内容を把握しているだろうと考えていた。

 レイヤが、ヒナの”暴力”から抜け出して、ソファーに座りなおして、ユウキに質問をする。

「それで、ユウキ。作戦は?」

 ユウキへの質問というよりも、確認に近い。ヒナとレイヤ以外には、作戦案をまとめた資料が配布されている。
 そして、皆がユウキの性格を正しく理解している。

「一番、難易度が高い物を選ぼうと思う」

 ユウキは、ヒナとレイヤが座っているテーブルの上に資料を滑らせる。

「ん?お姫様を送るだけじゃないのか?」

「送るだけなら、自衛隊でもできる。俺たちには、俺たちにしかできないことをやろう」

 実際に、自衛隊が行うのは不可能だが、レイヤ以外の皆はユウキが言おうとしている内容が理解できた。自衛隊が行うのには、越えなければならない壁が存在しているが、実力では問題はない。
 だから、自分たちにしかできないことを行おうと考えている。

「俺たちにしかできない事?」

「あぁ」

「それは?」

「紛争を終わらせるぞ。お姫様の方に正義があるとか青臭いことは言わない。俺たちは、お姫様に味方する」

「傭兵か?」

「そうだ」

「移動は?」

「モデスタ。お前のポイントから、お姫様の国まで、1,000KMくらいだよな?」

 魔道具が光る。
 返事は、”是”だ。大凡、1,000KMで正解だ。

「ポイントから、ヴィルマのスキル(飛翔)で移動できるな?」

 こちらも”是”なので問題はない。

「まずは、俺とモデスタでポイントを作る。ヴィルマとお姫様の国に移動する。その後で、転移で連れていく」

 ユウキの転移には、”ポイント”が必要になる。
 物理的な目印を置くわけではなく、認識できるたしかな場所が必要になる。便宜的な意味合いで、”ポイント”と呼んでいる。

「いいのか?」

「大丈夫だ。お姫様とミケールには、ギアスを刻んである。ギアスの内容は、先方にも伝えてある。破るとは思えない」

 悪い方に解釈できるように言葉を選んで伝えてある。
 実際には、破ったとしても、ペナルティーが発生するような事態にはならない。しかし、

「そうか?」

「あぁそれに、破られても困らない」

 ユウキたちは、隠している情報はあるが、暴露されても困る類のものではない。困るのは、”異世界に初めて訪れるときにスキルが付与されてしまう”ことが知られてしまうことだ。しかし、これもユウキがいないと実行ができない。そのうえ、スキルの発動時に、タイミングを見計らって紛れ込んでも”地球からフィファーナ”の移動はユウキが認識しないと転移が行えない。

 従って、ユウキたちに知られて困る情報は、存在しないと言い切っても差し支えない。

「そうだな。わかった。俺とヒナは実動部隊を組織すればいいのか?サトシたちを呼ぶのか?」

 レイヤの提案に、ユウキは頷いていてから考え始めた。
 答えが出るのに、それほどの時間は必要なかった。

「うーん。辞めておこう。奴らが来たら、派手になりすぎる」

 レイヤは、ユウキの返答を聞いて、少しだけ”ぽかん”という表情をしたが、笑いそうになっているヒナを見て納得した。

「たしかに・・・。こっちのメンツだけで、対応は可能だ」

「そうだな。ニュースの内容だけだと、わからないことが多い。現地の状況次第で最終調整をしよう。ダメそうなら、最終兵器(サトシ&マイ)を投入しよう」

「わかった。情報収集が先だな」

「もちろんだ。レイヤ。大丈夫か?本当に、レイヤか?サトシじゃないよな?」

 ユウキの戯言に、レイヤが大きく反応した事で、部屋が笑いに包まれる。

「ユウキ。作戦開始は?」

「お嬢様の状況次第だが、3日後を考えている」

 ユウキが言っている。3日後には大きな意味はない。ユウキたちの準備はすぐに終わる。
 覚悟を決めてもらうのに必要な時間が3日程度だと考えている。

 俺は、サトシ。
 地球から召喚された勇者の一人だ。そして、レナートの次期国王だ。と、なっている。だよな?

 地球に居る時から一緒に居る。マイが今でも一緒に居てくれるのは嬉しい。

 しかし、しかし、しかし、しかしだ!
 ユウキやヒナやレイヤは、日本に帰った。俺と一緒にレナートに残ってくれると思っていた。

 ディド。テレーザ。ヴァスコ。ニコレッタ。ロミル。イェデア。レオン。フェリア。パウリ。イターラ。オリビア。ヴェル。たちは、レナートに残ってくれた。俺を支えてくれる。

 地球に戻った者たちも、やるべきことがあって地球に戻った。解っている。ユウキがやりたい事も話を聞いて納得している。俺も手伝うと言ったが、ユウキだけじゃなくて、マイにもヒナにもレイヤにも反対された。
 俺は、レナートに残って、皆が帰ってくる場所を守るように依頼された。

 俺にしかできないことだと言われた。
 確かに、俺は次期国王だ。継承位一位を持つセシリアの婚約者だ。マイは、正室二位として一緒になる事が決まっている。日本に居たら認められなかった話だ。俺が、マイもセシリアも好きだと告げた事から、決まった事だ。後悔はしていない。

 しかし、この決定で俺は日本に戻らない事も決まった。
 国王として覚えなければならない事が多いからだ。最初は、セシリアが女王に即位することに決まりかけていたが、現国王が俺を指名したのだ。

「サトシ!」

「ん?オリビアとヴェル?どうした?」

「あぁユウキに呼ばれた。向こうで、リチャードとロレッタの件が動くようだ」

「わかった。お前たちだけか?」

「いや、マイも都合が良ければ連れてきて欲しいとメッセージが添えられていた」

「え?戦闘があるのか?それなら」

「あぁサトシは、セシリアの護衛として残ってくれたら嬉しいと書かれていた」

「え?護衛?なんで?」

「お前・・・。聞いていなかったのか?」

「ん・・・。あぁぁぁ。あの事ね。覚えているよ。あれだよな。そうだった。忘れていない。大丈夫」

「サトシ。お前。頼むぞ。最大戦力だから、お前がセシリアの横に居るだけでも十分な抑止力になるのだからな」

「解っている。解っている。ユウキとマイが話していた奴だろう?」

「はぁ・・・。違う。テレーザが持ってきた情報だ」

「え?」

「やっぱり。覚えていないな。教国の連中が暗躍しているだろう」

「・・・。ん?あぁぁぁ思い出した!あの暗殺とテロ行為しか行わない迷惑な自称宗教国家!」

「サトシ。頼むぞ。お前は、国王になるのだから・・・。その率直な所は、大切だけど、腹芸の一つでも覚えてくれよ」

「わかった。わかった。それなら、マイが地球に戻っている間、セシリアはどうする?」

「サトシ!だ・か・ら。お前に・・・。皆が、お前に頼んでいる」

「え?」

「国王にも、王妃にも、マイにも、当人のセシリアにも確認しろよ」

「え?は?」

「あぁマイには、ユウキが詫びのメッセージを送っていたから大丈夫だ。国王と王妃と当人には、お前から伝えろよ」

「ん?だから何を?」

「本当か?本気で?お前・・・。ユウキが心配するわけだ」

「ん?何を言っている。なぜ、ユウキが心配する?」

 オリビアとヴェルはお互いの顔を見て、俺を呆れた表情で見つめて来る。
 説明してくれればわかるぞ。

 ユウキも心配をしすぎだと思う。これでも、国王になる為に、勉強もしているし、宰相から”筋”がいいとまで言ってもらえている。すぐには無理だけど、ユウキたちの”やりたい事(復讐)”が終わるころには、国王になっても問題ないと言われている。

「サトシ。今、セシリアは誰が護衛している?表向きの話だ」

「ん?表向きは、ディドとテレーザが組織した近衛だろう?そのくらいは解っている」

「そうだな。それで、実際にセシリアを護衛しているのは?」

「マイだ。俺の婚約者同士で一緒に居た方が、近衛が守りやすいという理由をユウキが考えて、マイとセシリアは常に一緒に居る」

「そうだな。実際の護衛は、マイだ。守る力で言えば、マイはサトシ。お前、以上だ」

「そうだ!マイはすごいからな。俺の聖剣でも、全力の攻撃を正面から受けて防げるのは、マイだけだからな!」

「はい。はい。そうだな」

「なんだよ」

「そこまで、解っていて、なぜ解らない?マイの結界に相当するのは、聖剣による聖域の展開だろう?」

「だから”何”を?」

「マイが、ユウキを手伝うと言っている」

「うん。マイにも、関係がある事だから当然だよ。俺が行って、まとめて始末してもいいけど、ユウキは全部を奪いたいらしい・・・」

「ユウキの事は、今は関係ない。マイがレナートから日本に戻る。その間は、誰がセシリアを守る?」

「え?俺?」

「そうだな。ほら、答えまで後一歩だ」

「え?なんだよ。教えてくれてもいいだろう?」

「サトシ。お前、少しは考える癖を付けろよ」

「考えているよ!」

「・・・。あのな。サトシ。マイの結界は、確かに優秀だけど、弱点があるよな?」

「弱点?あったか?」

「なっ・・・」

「あぁぁぁ。ユウキが言っていた奴だよな。弱点ってよりも、制限だよな?」

「はぁ・・・。まぁそうだな。それは?」

「魔道具にできないのだろう。だから、マイはセシリアと一緒に居るのだろう?」

「そこまで解っていて、なんで考えられない?ユウキは、最初に指示してきたぞ?」

「ユウキが?そりゃぁすごいな。さすが、ユウキだな。どこまでも、深く、それでしっかりと考えてくれる。うん。さすがユウキだ。オリビア。結局・・・。それで?」

「おいおい。考えるのは、拒否か?」

「拒否はしない。でも、人には向き不向きがあるだろう?」

「そうだな。サトシには、サトシにしかできない事が沢山ある。今回も、その中の一つだ」

「そうだ!さすがは、オリビア。それで?」

「・・・。まぁいいか・・・。サトシ。マイは、セシリアと常に一緒だよな?」

「そうだね。昼間に、地球に行ったり、打ち合わせが入ったり、離れる事があるけど、その時には俺が側に行くよ?」

「そこまで、解っていながら、本当に、お前は鈍いな」

「”鈍い”は酷いと思うぞ?自覚は・・・。少しはあるけど・・・」

「自覚があるだけ”まし”か・・・。あのな。サトシ、マイが地球に行くのは、一日や二日じゃない」

「そうだろうね。ユウキが呼んだのなら、1ヶ月か2ヶ月くらい?」

「そうだな。その間、セシリアの護衛は実質的にはお前だけになる。ヴェルもテレーザも・・・。他の女性陣も、呼ばれている。全員で向かうことはないが、予定が不確かな状況になって、護衛に入る予定は組めない」

「うん。それは聞いているよ?え・・・。あっ!俺が、セシリアと四六時中一緒に居る?風呂は?我慢は無理だ。寝室は?あぁぁぁぁぁ」

「やっと気が付いたか?教国が暗躍しているから、セシリアを独りにするのはダメだ」

「わ、わ、解っている。ふへ」

「サトシ。気持ちが悪い。いいか、お前はセシリアを守り切れ。それがユウキのマイの俺たちの願いだ」

「わ、わかっている!大丈夫だ!守る!」

 何か、オリビアとヴェルが言っていたが、俺の耳には届いていない。
 セシリアと一緒。魅惑的な言葉だ。マイも一緒ならもっと嬉しかったが・・・。

「あっ!そうか、それで国王と王妃に・・・。マイには、ユウキが説明してくれている?そうなると、あとはセシリア本人?」

 難題だ。
 王妃は、大丈夫だ。早く孫を見せろと言っている。俺たちが広めた風呂も、俺とセシリアとマイで入るように進めるような人だ。問題は、国王とセシリア本人だけど、多分だけどマイがセシリアに説明をしているような気がする。突き放すような事をいいながら、ユウキもマイも事前交渉はしてくれている。俺がしっかりとセシリアに向き合って話をすれば大丈夫だと思える。
 そうなると、最大の難関は国王だな。
 あの・・・。(セシリアとアメリア)溺愛国王が簡単に認めるとは思えない。
 俺を国王にすると言い出したのも、ユウキからの説得が行われたという側面もあるが、セシリアが女王となると、暗殺に狙われる可能性が高まるという”(セシリア)”主体の理由だ。マイを第二正妃にするのを認めたのも、当時存在していた反発貴族たちへの牽制のためだ。”(セシリア)”の命が狙われないように・・・。だ。

 国王の説得が俺にできるのか?
 違う。違う。マイの作戦参加が必須なのだから、国王の説得が必須だ。ユウキの”やりたいこと”をサポートするために、失敗がゆるされないミッションだ。そして、ユウキから託された、俺の役目だ。それに、セシリアの命がかかっている。

 認めてくれるはずだ。一緒に風呂に入る事や、一緒の寝室で寝る事を・・・。

 ユウキたちは、アメリカに渡っていた。

 皆で歩いているのは、よくある街並みだ。
 街並みを歩く子どもたちは、人種もバラバラで統一しているのは、”子供”だと思える年齢だということだ。ユウキたちを見つめる視線は存在しない。

 今回の作戦で最後に訪れる予定になっていた場所だ。

 先頭を黙って歩いているのは、リチャードとロレッタだ。
 ユウキだけは、リチャードとロレッタと一緒に来ているので、リチャードの態度は理解ができる。

「リチャード?」

 たまらず、ディドが声をかけるが、ユウキがディドだけではなく、皆を手で制する。皆もユウキの態度から、事情を察した。

 リチャードとロレッタは一度だけ後ろを振り向いたが、ユウキの視線を感じて、前を向いた。

 直接目的地に移動しなかったのは、リチャードとロレッタから頼まれたことだ。
 ユウキが事情を知っているとわかっていても、皆はユウキにもリチャードにもロレッタにも問いかけない。すでに、二人が向かっている場所がわかっている。そして、自分たちも場所は違えど、同じように思える場所が存在している。

 ユウキが手を挙げる。
 それに合わせて、後ろからついてきた者たちが立ち止まる。

 後ろがついてきていないことを不審に思った、リチャードとロレッタが振り返る。
 ユウキが、皆を足止めしているのに気がついて、軽く手を降ってから、また前を向いた。

 そこには、誰もいなくなった教会がある。
 教会の周りを覆っていただろう塀は壊されている。花々が咲き誇っていた花壇は、大きな足跡で踏み潰されている。キレイだった教会の壁には、スプレーで落書きがされている。

 廃墟と成り果てた教会に、リチャードとロレッタは入っていく、笑い声と神父の怒鳴り声が聞こえていた教会は、静まり返っている。座って祈りを捧げた椅子は、破壊されている。祭壇も破壊され、神の像は跡形もなく破壊されている。

(なぜここまでできるのか?)

 リチャードの声なき声に答える声はない。

 破壊されているのは、祭壇だけではない。

「ユウキ」

「済んだか?」

「あぁ別れは終わっている。やってくれ」

「いいのか?俺たちなら」「ありがとう。でも、やってくれ。父も母も疲れただろう。眠らせてくれ」

「わかった。マイ!」

 名前を呼ばれて、リチャードたちが居る場所まで移動する。ゆっくりとした歩調で移動する。

「いいの?」

 最後の確認を、マイが行う。やらなければならない事だと、マイも認識しているが、リチャードやロレッタの感情を考えれば、確認をしておきたい。

「あぁやってくれ」

 リチャードの宣言を聞いて、マイが、詠唱を始める。
 歌うように、しっかりとした詠唱だ。普段は、無詠唱でスキルを行使するが、今日はしっかりとした詠唱がふさわしいと考えた。ユウキにも相談をして、3つのスキルを併用する。そのために、長めに詠唱を行う必要がある。

 マイが詠唱を始めたと同時に、一緒に来ていた者たちは、各々が信じる神に祈りを捧げてから、教会の外に移動する。教会の中には、リチャードとロレッタとユウキと詠唱をしているマイだけが残った。

 マイの歌うような詠唱が終わって、スキルが発動する。

 この場で死んでしまった者たちが、現れては、リチャードとロレッタに抱きついてから消えていく、最後に神父らしき人が、リチャードとロレッタを抱きしめる。言葉は交わさなくてもわかる。
 神父は、リチャードとロレッタを抱きしめてから、ユウキに頭を軽く下げてから、マイの前で跪いた。

「マイ」「マイ」

 リチャードとロレッタも、神父の行動は予測していた。
 自分たちを育てた人物であり、父親だ。

「マイ。皆の下に送ってやれ」

「うん」

 マイが、先程よりも強力なスキルを発動する。
 神父は、跪いたままの姿勢で、スキルを受けて、消えるようにいなくなった。

 祈りを捧げていたリチャードとロレッタが立ち上がった。

「マイ。ありがとう」

「ううん」

 マイは、ロレッタからのハグを受けながら、リチャードの礼を受け取る。

「ユウキ。頼む」

「いいのか?」

「あぁここから始めないと・・・。皆に顔向けできない」

「わかった。持ち出すものは?」

「ない」

「そうか・・・」

 中に残っていた、4人が教会から出る。

 ユウキは、周りに居た者たちに向かって手を上げてから、一つのスキルを展開する。

 ユウキにしかできない。
 巨大な結界だ。

 教会を覆うように展開された結界の中で、皆のスキルが発動する。

 ユウキの結界が発動されたのを確認してから、皆がトリガーにしていたスキルが発動する。

 教会が徐々に破壊されていくのを、リチャードとロレッタはしっかりと目に焼き付けるように見つめている。

 建物が破壊されるまで、5分とかからなかった。

「ユウキ。頼む!」

 ユウキがスキルを発動する。
 結界と同じ要領だが、今度は意味合いが違う。

 教会の敷地内にある全ての物を異世界に転移させる。
 土を含めてだ。30メートルに渡って地下を掘り下げるように土ごと異世界に転移した。

「ユウキ!俺たちも頼む」

 フィファーナに戻る者たちだ。
 大きな質量を転移するのに、ユウキ一人では魔力が足りないのはわかっていた。そのために、フィファーナに残っていた者たちが協力したのだ。本来、魔力だけならサトシがいれば十分だが、サトシの場合には”正義感”が強すぎて、リチャードとロレッタの故郷の様子を見て、暴走しかねない。ユウキたちは、マイに相談して、サトシを除いたメンバーで作戦を遂行することを選んだ。

 リチャードとロレッタの故郷は、ハリケーンが襲った。避難できる者たちは、人づてで避難した。リチャードとロレッタは、神父の伝手で、弟や妹を連れて避難していた。

 ハリケーンが襲った街に現れたのは、アメリカで勢力を伸ばしつつあった宗教組織だ。

 宗教組織は、リチャードたちの教会を含む土地は、自分たちの物だと言い出した。
 ”神託”という曖昧な理由で、土地を譲り渡すように迫っていた。もちろん、リチャードとロレッタの父は拒否した。教会には、行き場がなくなった者たちが身を寄せていた。

 そして、教会が襲撃されて、身を寄せていた住民と一緒に皆殺しにされてしまった。
 街に残っていた者たちを含めて、誰一人として生きていなかった。襲撃した犯人たちも、街の中央でお互いを殺し合うように死んでいた。

 ニュースを聞いて、避難先から教会に戻ってきたリチャードとロレッタが見たのは、廃墟となってしまった街だ。ハリケーンでの被害も甚大だったのが、自然災害を生き抜いた街を、”誰かわからない”者が襲撃した。

 ゴーストタウンとなった街には、どこからか流れてきた者が住み着いて、スラムのような装いになっていた。
 リチャードは、ロレッタと弟と妹たちを避難場所に帰して、自分が残って、真相を調べようとした。ロレッタに反対されて、二人で残ることにして、異世界に召喚されてしまった。

 情報を得て、真実へ至る道筋を見つけたリチャードとロレッタが最初に行ったのは、街の浄化作業と、犯人と思われる宗教組織への嫌がらせだ。

 ユウキたちは、1ヶ月以上の時間をかけて、街を浄化した。宗教組織が使った薬物の浄化から始まって、魂の浄化だ。

 そして、仕上げとして教会に集まった魂の葬送を行った。
 神父は、リチャードとロレッタの父であり、街の導き手だった。

 嫌がらせは、奴らが欲しがっていた教会周辺を、更地にして、大きな穴を作成する。そして、リチャードのスキルで、穴にはトラップを仕掛けた。そして、宗教組織に自然な形で渡るように、情報を流した。

 実際には、釣れなくても、釣れても、問題はない。
 宗教組織が、教会の土地を欲した理由も判明している。

 仕上げは、まだまだ先だが、ここまでは順調に進んでいる。

 ユウキは、1ヶ月以上の作戦に協力してくれた者たちに礼を言いながら、異世界に送り届けた。
 残ったのは、作戦を遂行するユウキとリチャードとロレッタと、サポートとしてマイを含む女性陣だ。地球に残っている、フェルテ、エリク、マリウス、モデスタは、伊豆にある拠点の防御に注力している。
 リチャードたちの作戦をサポートするのは、マイとサンドラ、アリス、ヴィルマ、イスベル、テレーザ、ニコレッタ、イェデア、フェリア、イターラ、ヴェルだ。


 ユウキとリチャードは、建物の入口で椅子に座っている。
 建物の中では、マイとロレッタが準備を行っている。

 これから、4人で次の作戦を実行する。骨子を考えたのは、ユウキだがいやがらせの部分で日本に居るメンバーも手伝ってくれている。

 そして・・・。

 ユウキが持っているスマホに着信がある。ユウキは、着信した番号を見て、”にやり”と子供に似合わない表情をする。リチャードは、この表情を見るのが好きだ。ユウキが活き活きとしているのがわかる。リチャードだけではなく、皆がユウキを頼りにして、ユウキを守ろうとして、ユウキに助けられている。

『ユウキ様』

「ベストタイミングだ」

『ありがとうございます。ご報告いたします』

「頼む」

 ユウキは、スマホをスピーカー出力に変更して、リチャードにも聞かせる。
 電話の相手は、交渉の結果、ユウキたちとの連絡係になっているミケールだ。少女エアリスを癒した件とは別に、ユウキたちは少女の父親と交渉を行って、地球に持ってくるとグレーな素材を取引として提供した。ユウキたちが得たのは、少女の父親が持つ人脈への接続だ。

 ミケールからの報告は”簡潔”という言葉は、ミケールのためにあるのではないかと思えるほどに、簡単だ。しかし、必要な情報がユウキとリチャードに伝えられた。

『以上です。追加のご依頼は?』

「依頼の前に、奴らの集まっている場所は解るか?」

 リチャードの問いかけに、ミケールは少しだけ考えてから、位置情報を送信してきた。

『本部の位置です。地下に神殿があります』

「わかった。助かる」

『明後日・・・。正確には、明日ですが、神殿で集まりがあるようです。例の物を持つ者への襲撃計画が立てられるようです』

「助かる。正確な時間は解るか?」

『もうしわけございません。直前に知らされる方式です』

 ユウキは、首を傾げて、考える。
 直前で知らせる方式だとしても、場所が”神殿”だと決まっているのなら、あまり意味があるとは思えない。多分、集まる者たちに権威を見せつけるためのデモンストレーションの意味しかないだろう。
 襲撃を躱す目的なら、場所と日時を別々の方法で直前に知らせないと意味がない。

 ユウキたちが重要な会議を行う時に、行っていた方法だ。

 ミケールとの通話を切ってから、リチャードはユウキに頭を下げようとするが、ユウキが肩を押さえて頭を下げさせないようにする。

「リチャード。必要ない。俺の時にも手伝ってもらう」

「当然だ。でも・・・」

「”でも”じゃない。リチャード。まだまだ足りない。だから、手伝ってくれ」

「わかった」

「それに・・・」

「ん?」

「まだ作戦前だ」

 ユウキの言葉で、リチャードは作戦の前だが、作戦が失敗するとは考えていない自分に驚いて、笑い出してしまった。

 リチャードが笑い出したタイミングで、準備を終えたロレッタとヒナが姿を表す。

「ユウキ。リチャードが壊れているけど、何があったの?」

 ロレッタの容赦のない言葉に、ユウキは少しだけ頬を引き攣らせさながら、ミケールから連絡があって、”作戦の結構日時が決定した”とだけ伝えた。

「ユウキ。リチャード。作戦も大事だけど、何かセリフを忘れていない?」

 マイがニヤニヤしながら、ロレッタをリチャードの前に押し出す。自分も、同じような格好だが、リチャードからの言葉はロレッタが最初に受けるべきだと考えている。

 ユウキとリチャードの二人は、お互いの顔を見てから頷いて、ロレッタの姿を褒める。

 ユウキたちの作戦は、すごく簡単だ。
 宗教団体の神殿を強襲する。

 ミケールには、宗教団体が欲しがっていた物を掘り出した者が居るという情報を流してもらった。

 主教団体が欲しがった物は、リチャードたちの教会の地下に黙って埋めた。住民から集めた資金や権利書や契約書だ。特に、土地の権利書を宗教団体は欲していた。権利書があれば、リチャードたちの故郷を、宗教団体の総本山に作り変えることができる。
 リチャードたちの故郷は、東西と南北にそれぞれ街道が伸びていて、本来なら交通の要所になっていても不思議ではない場所だ。
 ゴーストタウンになってしまっているために、誰も泊まることはなかったが、ここに宗教団体の総本山ができ、交通の要所としての機能が持たせられれば、資金的なメリットだけではなく、地域を押さえる事も夢ではない。
 宗教団体は、教会を建築してから時間をかけて実効支配する方法もあったのだが、短絡的な方法を採用した。

 ユウキとリチャードも服を着替える。
 子供らしい服装に着替える。ロレッタとマイは、レナートの貴族が着るような服装をしている。簡単に言えば、ロレッタとマイが囮役だ。最初は、リチャードが囮役をやる予定だったが、囮役になりそうもないことや、その場で我慢ができなくなる可能性を考慮して、ロレッタが囮役となった。ロレッタだけでは、安心が出来なかったリチャードが、マイをロレッタと一緒に居るように頼んだ。

「移動しよう。マイ。ロレッタ。わざとらしい荷物を頼む」

 二人は、リチャードからバッグを受け取った。
 書類が入る大きさで、餌に使う予定にしている物だ。バッグの中身は、鍵がかかった書類ケースが入っている。書類ケースの中身はダミーだが、ケースには工夫がされている。ユウキたちが作った渾身のケースだ。

 二人の情報は、すでに宗教団体も得ている。
 ミケールから得た情報から、二人が出没するポイントに移動を行う。街はずれの寂れたモーテルだ。マイとロレッタは、そこで休んでから、州の定める場所に赴いて、所定の手続きをする予定になっている。と、いう情報を流している。二人が行う所定の手続きは、宗教団体としては絶対に阻止しなければならない物だ。
 自分たちの不正の記録ではないが、土地を得ることを前提に、すでに資本家などに話をしてしまっている。
 その土地が、他の人間が正式な手続きを行うのは、阻止しなければならない。

 二人が、部屋に入ったことを確認して、ユウキはリチャードを連れて、二人の部屋に侵入する。
 そして、二人を連れて、一度レナートに転移を行った。部屋には、無数のカメラを設置して、配信を行っている。有名動画サイトだけではなく、考えられるサイトすべてだ。配信開始は、ユウキのスキルで作成している。カメラも隠蔽を施している。部屋のテーブルには、書類ケースとバッグが置かれている。罠だと思っても確認しなければならないだろう。

 ユウキたちが転移してから10分後に、部屋の灯りが消えた。
 それから、さらに30分の時間が経過した時に、扉のある場所から大きな破裂音がした。

 リチャードの予想通りの襲撃が行われた。
 扉を破壊して入ってくる。その過程で、なぜかベッドが持ち上がって、反対側の壁に押しやられる。寝ていた二人は、ベッドの下敷きになってしまっている。丁寧に、血のような物まで床に流れ出ている。もちろん、ユウキたちが作ったフェイクだが、扉を破壊して入ってくるような輩は自分たちの成功を信じて疑わない。そのために、不自然に机の上に書類ケースがあっても疑いもせずに近づいて、開けようとする。

 鍵がかかっている書類ケースを持ち上げようとするが、近くにあったバッグを見て、バッグに手を賭ける。
 バッグには、1,000ドル程度の現金が入っている。襲撃者たちは、紙幣を乱暴に自分のポケットにねじり込んでから、書類ケースの解除に乗り出す。ここで行う必要は無いのが、書類ケースの中身を上層部が欲しがっているのを知っていて、中身を確認するという言い訳で、自らの手柄にしようと考えていた。また、バッグの中に1,000ドルもの現金が入っていたのだから、もっと重要な書類ケースには、それ以上のお宝があると勝手に想像している。

 もちろん、その様子は動画で配信されている。
 音声も流れている。音声には、宗教団体の名前がはっきりと入ってしまっていた。

 ユウキたちは、襲撃を受けた事で、当局に拘束されている。正確には、拘束されているのは、マイとロレッタだ。ユウキとリチャードは、拘束された二人をまっている状況だ。

 マイとロレッタは、”被害者”として当局の取り調べを受けている。マイが、日本からの観光客。ロレッタが現地の友達という設定になっている。

 取り調べでは、マイとロレッタの身元調査が行われた。怪しい所が一切見当たらない偽造された身元だ。

 ユウキとリチャードは、撮影した動画は、まだ公開していない。マイとロレッタの取り調べが終わって、もう一つの餌に食いついた後だと考えている。

「動画はどうする?」

 動画は、SDカードに保存されている。リチャードは、ユウキが持っているSDカードを指さしながら質問を行った。

「マイとロレッタの事情聴取が終わってからだ。準備は進めてもらっている」

 動画が思っていた以上に爆弾になりそうな物なので、即時公開を実行しなかった。
 リチャードも納得はしているが、ユウキの考えを確認しておきたかった。

「わかった。資料は?」

 リチャードが聞いた資料は、ダミーの資料だ。
 当局が、”資料を調べている”という情報が欲しかった。ダミーと言っても、実際に調べられたら、”問題発生”だと認識させることが可能になる程度には問題のある資料だ。
 身元を調べられて、ロレッタの出身は判明している。そのために、資料を持っていることも不思議には思われても、不自然な状況ではない。

「当局が調べている。どこで入手したのかを含めて説明を求められるだろう」

「マイが居て助かるよ」

 リチャードが語尾をごまかしながら、”マイ”の存在が鍵になっている。
 マイが取得しているスキルに由来している。

「そうだな。リチャードとロレッタだと、怪しすぎる」

「解っているよ。ユウキまで、マイと同じ事を指摘するな」

 マイが作戦に参加すると言い出したのは、自分のスキルに”思考誘導”があるからだ。当局に調べられる時に、弱めにスキルを発動して、取り調べの時に思考を誘導しなければ、資料を持っていた意味を含めて、説明しなければならない。説明が多くなれば、その分だけ矛盾点が出やすくなる。矛盾点が見つかれば、資料の信憑性だけではなく、リチャードとロレッタにも疑いの目が向けられてしまう。当局を巻き込むのなら、初動で多少の違和感が合ってもリチャードとロレッタが疑われないだけの状態にしておく必要があった。

「悪い。どうする?今なら、教会の土地を含めて取得ができるぞ?」

 ユウキは、似合いもしない”ニヤリ”顔で、リチャードを見つめる。もちろん、リチャードが土地を欲しがるとは思っていない。

「ユウキ?似合わないから止めろって言われなかったか?」

「・・・。それで、決めたのか?」

「あぁミケール殿に任せる。でも、いいのか?」

 リチャードが気にしているのは、ユウキの手札として考えていた、ミケール・・・。その後ろに居る人物への”貸し”を使ってしまうことだ。ユウキは、気にするなと言っている。そもそも、土地をミケールに預けるのは、ユウキからリチャードに提案したことだ。ユウキは、自分のしたいこと(復讐)は、自分の手で行いたかった。皆の手を借りる場面も出てくるのだろうけど、外部の力や影響は外的要因にだけに留めておきたかった。ミケールへの貸しは、リチャードたちが使うべきだと思っていた。

「ユウキ!リチャード!」

 マイとロレッタが、事情聴取が終わって、建物から出てきた。
 二人を連れて、次に会う人が待つ場所に移動する。

 約束の時間になって、ユウキが待っていた人物が姿を表した。

「ユウキ!」

 ずんぐりした体系だが、しっかりとした足取りで、ユウキたちが待っている場所に駆け寄ってきた。
 ユウキの前まで来てから、手を差し出す。

「森田さん。ご足労をおかけして申し訳ない。パスポートは大丈夫でしたか?」

 ユウキは、日本に居る森田に頼み事をしていた。
 アングラな物だが、森田ならなんとかしてくれるだろうと思っていた。実際に、森田の差し出された手の反対側には、アタッシュケースが握られている。

「無茶ぶりにも・・・。限界があるだろう?以前に、シンガポールに遊びに行っていなかったら・・・」

 森田は、アングラに近い物品の調達は、それほど無茶だとは思っていない。無茶なのは、待ち合わせ場所だ。日本から、急いで移動しても1日以上の次巻が必要になる。そのうえに、パスポートが有ったから問題には鳴らなかったが、パスポートが無かったら来ることが出来なかった。

「ありがとうございます。それで、ブツは?」

「苦労したぞ」

 森田は、ニヤリを笑ってから、アタッシュケースをユウキに投げる。

「おっ。これは?」

 ユウキは受け取ったアタッシュケースは、森田が使っている物ではないのに違和感を覚える。わざわざ用意したような感じだ。

「中に入っている。惡の組織としては、様式美も大切だろう?」

「ハハハ。そうですね。でも、よく手に・・・。いや、持ち込めましたね」

「証明書が在るし、実際の改造はこっちに来てからやったからな」

「そうなのですね」

「ユウキ。一発勝負だぞ?いいのか?」

「大丈夫ですよ」

 ユウキは、アタッシュケースを開けて中を確認する。
 物を持ってから、リチャードに渡す。リチャードも何度か、確認してから、ズボンのベルトに挟んだ。

「森田さん。もう一つの方は?」

 ユウキが森田に依頼したのは3つ。一つは、アタッシュケースの中身だ。アメリカでも手に入るのだが、森田が用意できると言うので、細工と合わせて依頼をした。本題の二件の一件は、すでに実行されている。
 資料の一部と保管場所の情報が、複数の経路から、密告されるような形で渡るように依頼した。

「預かったデータは、トリガーをもらえたら、すぐに公開される」

 森田が”公開される”と言い切った瞬間に、リチャードが持つスマホが振動した。
 メッセージが届いたようだ。

「釣れた」

 リチャードがメッセージを確認して呟いた。

「早いな」

 リチャードからの短い報告を聞いて、ユウキも短い感想を漏らす。
 1週間程度は時間が必要だと思っていたが、実質は2日で相手からのリアクションがあった。準備が終わっているので、問題は無いのだが、”拍子抜け”とはこういう時に使う言葉なのだろう。

「そうだな。早いのは嫌われると教えてやれよ」

 ユウキとリチャードの言葉を聞いて、森田は何が発生したのか理解した。
 そのうえで、ちょっとしたネタを差し込んできた。

「早い方が好まれる人も居ますが・・・。今回は、リチャードとロレッタが、教えてあげることになるでしょう。俺の役目は、早く終わってしまった後です」

 森田の言葉が、ネタだと解ったうえで、ユウキは解釈を変えて、リチャードとロレッタの作戦を森田に伝える。

「そうだな。ユウキは行かないのか?」

 森田は、作戦にはユウキも一緒に行くと思っていたので、少しだけ驚いた表情をユウキに向ける。

「俺は、マイと一緒に見守りです。森田さんは、どうします?」

「そうだな。少しだけこっちの知り合いに会ってから帰国する」

「わかりました。あとで連絡します」

「わかった。飛行機に乗っていたら、出られないけど、トリガーは教えた方法で発動してくれ」

 トリガーの発動が行われたら、ユウキたちとミケールに依頼して得た情報が、いろいろなサイトに流れる仕組みになっている。
 情報は、虚実が入り混じったように見えるが、実際には事実に沿った話になっている。読み物としても秀逸な情報もあり、フィクションに見える作りになっている場合もあった。そのために、事実を知らない物にはよくわからない”都市伝説”に見えるのだが、調べれば真実に辿り着くようになっている。

「はい。ありがとうございます」

 用事が終わったとばかりに、ユウキたちに背を向けてから片手を上げる。
 そのまま、近くに停めていたレンタカーに乗って、空港を目指した。実際に、アメリカに知り合いは居るのだが、アメリカは広い。移動時間を考えれば、日本に帰ったほうが楽だと判断している。ユウキたちから依頼された仕事を終えて、空港近くのホテルで一泊してから、帰国することにしている。
 最初は、2-3日だけでも様子を見ようかと思ったが、日本でも動きがあり、帰国して情報を精査する必要が出てきている。

 ユウキとリチャードは、森田を見送った。

 ユウキとリチャードは、マイとロレッタと合流してから、移動を開始した。

「リチャード」

 作戦(復讐)の実行が近づいてきているのを感じて、リチャードから殺気が漏れ出す。
 周りに人は居ないが、誰かに気が付かれては、これから何かがあると思われてしまう。

 ユウキは、リチャードの名前を呼びながら、肩を軽く叩く。

 ユウキにも、リチャードの気持ちは理解ができる。ユウキ自身も、目的(復讐相手)を前にして、普段と同じで居られるとは考えていない。そのために、準備期間だけではなく、ターゲットの順番を考えているのだ。

「すまん」

 リチャードは、ユウキを見て、自分の状況を把握する。
 気が急いている。これでは、会った瞬間に殺してしまう。リチャードは、心配そうに見ているロレッタを見てから、ユウキとマイを見る。本当なら、ここに居るべき一人の少女を思い出して、ゆっくりと息を吐き出す。

「気にするな」

 殺気が収まったことを認識して、ユウキは手を肩から離した。

 ユウキたちが用意した罠は、それほど難しい物ではない。
 罠だと解っていても、罠に飛び込まなければならないだけだ。そして、その罠が、成功しようが、失敗しようが、ユウキたちには、どうでもいいことだ。

「リチャード。それで、奴らは?」

「連絡をした。3日後に、”取引をしたい”と言ってきた」

 リチャードは、ロレッタとマイに、やり取りを行ったスマホを見せた。やり取りを再生して聞かせた。

「3日後?」

「そうだ」

 ユウキは、ロレッタの疑問を肯定した。

「ユウキ。まだ、一日しか経っていないわよね?」

 ロレッタは、時計を指さして、ユウキに笑いながら指摘している。
 作戦を聞いているので、状況の理解は出来ているが、それでもユウキとリチャードを揶揄っておきたいと考えた。ロレッタも、緊張しているし、自分の気持ちが押さえられるのか不安なのだ。だから、解り切っていることで、ユウキとリチャードを揶揄った。

「ん?あぁ正確には、時差もあるけど、21時間だな」

 ユウキは、ロレッタの心情がわかるのだろう。
 軽口を叩いて、揶揄いに対応をする。リチャードは、二人のやり取りを見て、大げさに驚いて見せる。

 初めてではない、今までも同じような作戦を実行してきている。異世界で、同じように召喚された者たちを殺したこともある。気負いはない。

「ユウキ。マイ。俺たちは、先に行く」

「わかった。ここに来た連中は確保しておく」

「悪いな」

 リチャードが差し出した手をユウキが握る。

 作戦はいたって簡単だ。
 ユウキとマイは、待機していて、待ち合わせ場所に罠を仕掛けに来た連中を確保する。

「あっ!これ!」

 マイは思い出したかのように、持っていた袋からカメラを取り出す。
 カメラは、森田にお願いして用意してもらった物で、日本に居る時に、マイが受け取っていた。ユウキも、カメラの存在を忘れていた。

「これは?」

 カメラが付いた伊達メガネをリチャードが受け取った。
 マイは、他にも”スパイカメラ”と呼ばれるような物を森田から受け取っていた。いくつかを取り出して、皆に見せる。

「そうだ。悪い。忘れていた。リチャードでも、ロレッタでも、どちらでもいいけど、これを身に着けておいてくれ」

 ユウキは、マイが取り出した物を見て、カメラの存在を思い出した。
 そして、リチャードたちが行う作戦には、証拠動画が必要になることも思い出したのだ。

「ん?カメラ?」

「そうだ」

「ん?」

「リチャード。忘れていないか?地球では、スキルを使った状況保存では、証拠にならないぞ?」

 リチャードもロレッタも、緊張からなのか、それともこれから行うことへの高揚感なのか、大事なことを忘れていた。

「あっ!そうか、忘れていた」

 マイが持っているカメラが仕込まれている物を、いくつか確認して、その中からスマホと連動するタイプを選択した。リチャードだけではなく、ロレッタもカメラを持っていくことに決めたようだ。証拠となる動画は多い方がいいに決まっている。

 カメラの操作方法を確認する。
 リチャードはボタン型のカメラを選んだ。ロレッタは、アクセサリ型のタイプだ。両方とも、スマホに動画を転送することができる様になっている。ユウキが作ったアイテム袋の中でも、動画が保存されるか確認してから、準備を進める。

「準備はよさそうだな」

 ユウキは、リチャードとロレッタの様子を見て、もう大丈夫だろうと判断する。

「あぁ」

「少しだけ早いが行くか?」

 実際に、開始時間は決めていない。相手次第ではあるが、リチャードとロレッタが安全に作戦の実行できる頃合いを考えていただけだ。
 なんとなく皆が夕方くらいからだと思っていた。スマホで時間を確認すると、現地時間で15時を少しだけ回ったくらいだ。日の入りまで、2時間と少しだ。

「そうだな。ロレッタ。大丈夫か?残ってもいいぞ?」

 リチャードは、ロレッタに残るようにいうつもりで居た。
 カメラが有れば、一人でも作戦は完遂できる。

「・・・。ダメ。一緒に行くと決めた。リチャード、一人にいい恰好は・・・。ダメ。マイ。お願い」

 ロレッタは、リチャードが言いたい事が解っているが、それでも一緒に行くと譲らない。リチャードがロレッタを置いていきたい理由と同じ事を、ロレッタも考えている。
 ユウキとマイは、二人のやり取りが通過儀礼のように感じて居る。

「うん」

 マイは、ロレッタに頼まれて、スキルを発動する。
 トリガー型のスキルで、二人にイベントが発生すると、スキルが発動する。

「行くのか?」

「あぁ。ユウキ。頼む」

「解った」

 ユウキは、スキルを発動した。
 場所は解っている。ユウキは、リチャードたちと合流する前に、現地を確認している。目視さえ出来てしまえば、移動ができるのがユウキのスキルだ。転移の応用技だが、スキルのレベルが上がっていて、地図アプリで見た場所にでも移動が可能になっている。
 これによって、ユウキが一人で移動するのなら、どこにでも移動ができる。誰かと一緒だと、目視した場所にしか移動ができない制限は変わらない。

 リチャードとロレッタは、ユウキに連れられて、目的地に到着した・・・。わけではない。
 わざと、目的地から1キロ近く離れた場所に移動をして、目的地まで徒歩で移動する。相手に、自分たちが襲ってきた思わせるためだ。子供の浅知恵だと思わせることが目的だが、目的が達成されなくても、構わないと考えている。

「ユウキ」

「送ってきた」

「そう・・・。それで?」

「俺よりも、マイの方が得意だろう?それとも、誰かを呼ぶか?ヒナとレイヤなら喜んで来ると思うぞ?」

「そうね。でも・・・。やめておく・・・。スキルを使う」

「任せた」

 マイが、少しだけ詠唱を行う。
 普段は、無詠唱で発動するのだが、範囲を広めにすることや、特定の人や物を見つけるのではなく、行動捕捉を行う為に、スキルを強めに発動するためだ。範囲内に居る人物の動きを把握して、待ち合わせ場所に指定した場所付近に近づこうとする者を把握するのだ。
 狭い範囲なら、ユウキもできるのだが、数キロに渡る範囲で、対象のなる人物の数が多い場合には、マイの独壇場となる。

 スキルを発動してから10分が経過して、マイはスキルを終わらせた。

「ユウキ!」

「見つけたか?」

「うん。全部で10。目的地を取り囲むように、待機している」

「え?まだ、時間じゃないよな?」

「うん。でも」

「マイが見つけたのなら間違いではないだろう。あぁ・・・。そうか、待ち合わせ場所でリチャードたちが先に現れて、罠を仕掛けるのを見張るためだろう」

「え?」

「相手も、罠があると思っているのだろう?ってことだ」

「・・・。そうね。どうする?」

「ん?やることは変わらない。捕縛するだけだ」

「わかった。それじゃ、さっさと捕縛して、リチャードたちに合流しましょう」

 ユウキとマイは、ゆっくりとした歩調で待ち合わせ指定した場所に向かって歩き出した。