1つの戦いが終わろうとしていた。
人族の悲願。”魔物の王”討伐が実現しようとしていた。
「ユウキ!どうだ」
「あと、5000!1割。リチャードの一撃で削れる」
「フェルテ!俺に補助を!」
「解った!”根源なる力よ。汝に力を”リチャード!!」
「おぉぉぉぉぉぉ!!!」
聖剣を持つサトシがリチャードの後に続く、”魔物の王”にダメージを与えられるようにできるのは、聖剣を使える勇者だけだ。
”うぉぉぉぉ!!!”
強化されたリチャードの攻撃で、”魔物の王”を守っていた結界が砕ける。新たな結界をはられないように、バックアップが結界魔法を阻害する魔法を発動する。
「サトシ!魔王の左肩を狙え!魔核がある!」
「サンキュ!ユウキ!皆、決めるぞ!」
「「「「「おぉぉぉ!!!!」」」」」
サトシが、聖剣を”魔物の王”の左肩に差し込む。
”魔物の王”が絶叫を上げる。サトシは、そのまま聖剣を押し込む。
サトシの一撃で、魔核が弾ける。
だが、まだ魔王は生きている。
「ユウキ!」
「魔核はない!再生スキルが発動している!再生する前に、倒すぞ!魔核が再生する前なら、ダメージが通る!」
ユウキの的確な指示で、パーティーのメンバーは武器や魔法で攻撃を始める。
魔核を砕かれた”魔物の王”は、それでも戦い続けた。負けは、消滅を意味している。”王”としての自分が消滅してしまうと、まとまり始めていた”魔物”がまた各地に散らばってしまう。魔物を守るために、そして人類と敵対しないためにも、自分が消滅するわけにはいかない。
『異世界より召喚された者たちよ・・・。我が貴様らに何をした!』
「魔物の王よ!滅びろ!」
『貴様ら!神に誑かせられたか!!』
「魔王よ!滅びろ!」
一斉攻撃が、”魔物の王”に被弾する。
『神よ!我が滅びれば・・・人類も・・・。解っているのか・・・』
”魔物の王”は、神への怨嗟の言葉を残して、聖剣にえぐられた左肩から徐々に崩れた。
『勇者たちよ。神に騙されるな・・・』
「うるせえよ。この世界の王族にも、神殿のお偉いさんも、神も俺たちは信じていない!俺たちは、俺たちの為に、お前を倒す道を選んだ!」
『・・・。そうか・・・。勇者たちの進む道・・・』
勇者たちが、この世界に召喚されてから、7年の月日と、数多くの犠牲が必要だった。
しかし、勇者たちは”ここ”に目的を達成した。
この世界の人族の悲願ではなく、勇者たちの目的である”自分の世界に帰る”ことを叶えるために・・・。
「ユウキ!有ったか?」
ユウキと呼ばれた青年は、”魔物の王”が崩れた場所から一つの珠を見つけ出す。
”魔物の王”が持っていた剣を、サトシと呼ばれた青年に投げる。受け取ったサトシは、剣を放り投げてから、聖剣で砕く。剣が砕く音が響き渡る。剣の柄をサトシは拾い上げてユウキに投げ返す。ユウキは、柄を受け取ってから持っていた袋にしまう。同じように、”魔物の王”が持っていた防具に付いているオーブを外して袋に入れる。最後に、”魔物の王”の頭上に生えていた角を拾い上げてから、仲間たちに放り投げる。仲間たちは順番に、角を見たり触ったりしている。
「あった。情報は間違っていなかった。”時空魔法のオーブ”だ」
「やったな!さて・・・」
聖剣を持つ、サトシが皆を見回す。
全員が、召喚された勇者だ。召喚されたときには、350名を越えていた。世界中から集められた。年齢は13歳から15歳の男女で、孤児だという共通点以外には共通しているものは何もなかった。
異世界召喚の定番というべき、言語解釈以外にも各人に適したスキルが芽生えた。
勇者たちは、最初からまとまっていたわけではない。教会や各国の王族の思想に染まった者も、多く存在していた。勇者たちは、大人の思惑に乗って、内部分裂を繰り返した。魔物側に寝返る者も出てきた。
”俺THUEEEEEE”と勘違いして訓練を受けずに、魔物に突撃して殺された勇者も存在した。
心を病んで自ら死を選んだ者も居る。
そして、最初の1ヶ月で359名居た、勇者は322名まで数を減らした。
一年後には、勇者たちは248名まで減っていた。友が死んだことで、仲間が目の前で魔物に食い殺されたことで、勇者同士の内部分裂で・・・。理由は様々だが、勇者たちはこのままでは生き残れないと考え団結することを考えた。
勇者たちの団結を恐れたのは、”魔物の王”ではなかった。人族では勝てなかった、魔物たちを駆逐する勇者たちを、民衆は絶叫と称賛で迎えた。異世界から召喚された勇者。団結して魔物を駆逐する。民衆だけではなく、各国の王族や、この世界の唯一絶対神を崇める教会としても、誇らしい結果になる・・・。はずであった。
民衆に人気があり、武力を持つ者たちが団結し始めている。
王たちは、自らの地位を奪われる恐怖を感じた。そして、教会も同じだ。民衆は、回復魔法で治す勇者たちを”聖女”や”聖者”として持て囃した。教会は、神を信じることで、回復魔法が使えると宣伝していた。しかし、異世界からきた勇者が教会の司祭たちが使う回復魔法よりも強力な回復魔法を使ってみせた。教会の特に上層部は勇者の中に居る”聖女”や”聖者”が民衆に施しをするのを恐れた。
各国の王族は教会と協力して、勇者たちが団結するのを阻止した。欲を刺激して、分断を図った。
勇者たちは、異世界で過ごした年月を加えても、中学生か高校生だ。生き馬の目を抜くような政治闘争、派閥闘争を繰り返している王族や貴族や教会関係者に叶うはずもなく、分断された。
2年たって、勇者たちは小集団で行動するようになった。
その中でも、聖剣を召喚できる日本人のサトシは勇者の中の勇者と思われるようになり、リーダーになることが多くなっていった。徐々にメンバーが固定され、サトシが率いるグループは、日本人とアメリカ人とドイツ人で構成されている。バックアップの勇者を含めても、29名と数は少ないが、最強のチームだと思われていた。実際に、撃破した魔物の数だけではなく、魔物の王に仕える将軍級を初めて討伐したのも、サトシのチームだ。
各国や教会が勇者たちを懐柔し自らの懐に入れ始めていた。
サトシたちのチームは、一つの小国を選んで、身を寄せることになった。他の勇者たちは、サトシたちの決断を笑った。
サトシたちが選んだ小国は、魔物が住まう領域に近く、一番近い人族の国との境には高い山脈が横たわって、細い一本の谷を進むしか無い。このときには、サトシたちは同じ勇者たちも敵とみなしていた。勇者たちの多くは、”神の雫”という麻薬に犯されている事実をユウキが掴んできた。
小国は、”神に見捨てられた国”と呼ばれていた。サトシたちは、2年の月日を使って、小国の守りを固めた。守りだけではなく、食糧事情や、衛生状態を改善した。
「ユウキ。お前が、オーブを使え。お前が・・・。可能性が高い」
ユウキは、サトシの言葉に驚いた。オーブは一度使ってしまえば消えてしまう。そして、適性がなければ使えない。
「でも、俺は・・・」
「俺は、このチームのリーダーをやっているが、このチームの要はお前だ。ユウキ!皆も同じ考えだ。それに、俺は・・・」
ユウキは、サトシの言葉を聞いて、周りを見る。
全員が、ユウキを見て頷いている。
「わかった」
ユウキは、オーブを手にしっかりと持つ。
そして、オーブに自分の魔力を流し込む。
灰色をしていたオーブは、緑色に輝き出す。オーブが、適性を認めた証拠だ。徐々に光が強くなる。ユウキは、魔力を流し込み続ける。ここからはオーブとの我慢比べだ。上位のオーブになると、必要な魔力量が変わってくる。満たないと、オーブの取り込みに失敗する。
ユウキの限界ギリギリまでの魔力を注いだところで、オーブは激しく光、明滅し始めた。
そして、数秒間の明滅の後で、激しく光った。
ユウキは、自分の手からオーブの重みがなくなったと認識した。
そして、頭の中に新しいスキルが芽生えたことを知らせるメッセージを受け取った。
『時空転移』
ユウキたち勇者が欲しくて、欲しくて探していたスキルだ。
「ユウキ!」「ユウキ!」「ユウキ!」
勇者たちが駆け寄ってくる。
ユウキを心配そうに見つめる55の瞳。
「時空魔法だ。時間と空間を越えて俺が認識できる、”場所”に移動できる。人数の制限は・・・。」
皆が、ユウキの次の言葉を待つ。
「ない。正確には、魔力次第だ。距離と時間と人数に比例するようだ」
皆が、手を合せて喜ぶ。戦い疲れている状態だが、皆が望んだ答えだ。
こうして、サトシたち召喚された勇者たちは、故郷に帰るための方法を手に入れた。
サトシたちは、身を寄せている小国に転移した。
勇者のスキルだ。サトシやユウキは、”ル○ラ”と呼んでいるが、内容は違っている、一度マーキングした地点に戻ることができるのだ。スキルに込める魔力で、同時に移動できる範囲が変わってくる。
「サトシ様!」
転移のマーキングしてあったのが、王宮にある庭園だ。
王宮から一人の女性が勇者たちに駆け寄ってくる。サトシの名前を読んで駆け寄ってくる女性を見た、勇者の一人がサトシの前に立ちはだかる。
「なんですか?マイ様!私は、私の婚約者であり、未来の王であるサトシ様に抱き・・・。ご挨拶をしたいと思ったのです」
「セシリア様。何度も言っていますが、第一夫人は私です!セシリア様もご納得いただきましたよね?」
「はい。マイ様が第一夫人で、私が第二夫人です。妾は3人まで、夫人は第三夫人までと・・・。決めました」
言い争いを続ける。マイとセシリアを横目に、サトシはユウキに話しかける。
「ユウキ・・・」
「お前の自業自得だ」
他の勇者たちも、笑い声を抑えるのに必死だ。
セシリアは、金髪を腰まで伸ばしている。小柄だが、顔立ちがはっきりしている。古い人なら、日本の歌番組を”ぶっち”したロシアのデュオの背の高い方を金髪にした感じといえば、解ったような気がするかもしれない。ちなみに、マイも日本人とは思えない顔立ちをした可愛い系だ。アイドルグループのセンターだと言っても信じてもらえると思える。セシリアとマイの身長は同じくらいだが、ある一部が大きく違っている。年齢を考えると、セシリアの圧勝なのだろう。どことは言わないが、セシリアが圧倒的な大きさを誇っている。二人の性格は、外に向ける表情は猫の皮を何重にも着込んでいるが、身内だけになると野生のトラが裸足で逃げ出す感じだ。それが解っている勇者たちは、二人のやり取りを”生暖かい”視線で眺めるだけだ。
「サトシ!マイ!セシリアも、俺たちは疲れているし、事前の情報が正しければ、そろそろ問題が出てくるだろう?」
「あっそうでした。リチャード様。まさに、10分ほど前に、ケープロードでゴブリンが発見されました。魔境側については・・・」
「姫様!」
騎士が一人、セシリアの近くまで駆け寄りひざまずいた。
勇者たちが教えた、暗号文で記述された報告書だ。
「皆様」
セシリアは、勇者たちを見回して、一呼吸の間を入れる。
「皆様。予想通り、魔物の集団が魔境から、我が国に迫っておりました」
勇者たちの表情は先程までの生暖かい表情から、戦いに行く前の表情に戻る。
「しかし、皆様が築いていただいた、堀と壁を突破できずに・・・。全滅しました」
「「「おぉぉ」」」
勇者たちが主動した小国の防御を行うための施策が成功したのだ。
深い堀を作り、石壁で入り口を封鎖する。それだけではなく、堀には養殖したスライムを大量に放ってある。石壁の形も工夫している。せり上がっているのは当然として、五稜郭のような形状になっている。どこから魔物が来ても、最低限2箇所から攻撃ができるように工夫されている。空を飛ぶ魔物も居るが、長距離の飛行ができる物は多くない。そのために、バリスタを壁の上部に配置することで対応した。
「そして、オーブの回収も行っています」
「それで?」
「はい。取り決め通りにしたいと思いますが、よろしいですか?ユウキ様」
「あぁ問題はない。問題は、なぜセリシアが俺に許可を求めてくるのか不明なことだ」
「ユウキ様が、仕切っていらっしゃるのでしょ?それに、未来の義弟ですし、間違いではありません」
「セリシア。それは断ったはずだが?」
「はい。ですが、ユウキ様も、アメリアが嫌いではないのでしょ?」
ユウキは、苦虫を噛み潰したような表情をした。自分を慕ってくれているアメリアが”嫌い”ではない。しかし、ユウキにはやりたいこと・・・。いや、ユウキがユウキであるために、精算しなければ、ダメなことがある。そのために、”帰る”方法を探したのだ。
ユウキが黙っていると、サトシがマイを引き連れてやってきた。
「セシリア。ユウキには、実行したいことがある」
「そうよ!私とサトシ・・・。だけじゃないけど、不服なの?」
「いえ、マイ様。ユウキ様が帰還されると聞いてから、アメリアが・・・」
「それは、”すまん”としか言いようがない」
「わかっています。解っていますが・・・」
セシリアのなんとも言えない表情を見て、ユウキは心が悲鳴を上げているのがわかった。
「セシリア。アメリアに伝えてくれ、俺はやるべきことが終わったら戻ってくる。今は、それだけしか約束できない」
「・・・・。ありがとうございます。ユウキ様。マイ様」
セシリアは、マイがユウキに目線で訴えていたのを感じていたのだ。
ユウキとサトシとマイは、小学校の頃から同じ児童養護施設で育った。サトシとマイは、両親を事故でなくしている。
「それで、ユウキ様。オーブはどうしますか?」
「そうですね。未知の物はありましたか?」
「残念ながら」
「それなら、取り決め通りでお願いします」
「あっ!一つだけ、未知の物がありました。ですが、マイ様のスキルと同じ名前のオーブでしたので・・・」
「わかりました。鑑定でも、同じ物だと判断されたのですよね?」
「はい。以前に、ユウキ様から頂いた資料のままです」
「それでしたら、大丈夫です」
ユウキは予めある程度の情報は開示していた。
全てではない。個人が持っているスキルは”奥の手”となり開示をしない場合が多い。しかし、交渉で必要ななる場合も多い物は開示しているのだ。使っているところを見られると問題になるスキルも開示してある。マイの”転移”も開示していた。
「セシリア様。陛下が、ユウキ様をお待ちです」
報告を持ってきた騎士がセシリアとユウキを見て、陛下が待っていると伝えてきた。
「俺?サトシじゃないのか?」
「はい。ユウキ様です。お父様は、ユウキ様からご報告をお受けしたいと・・・。各国への連絡をしておきたいと・・・」
「わかった。でも、サトシが適任・・・」
ユウキは、サトシを見ながら言いかけたが、皆が首を横に振る。
マイが、ユウキの肩を軽く叩く。
「ユウキ。サトシにできると思う。戦いの報告をさせたら、『”ばぁー”と魔物が来て、俺が”ざっ”と聖剣を抜いたら、”ずしゃぁ”と当たって、”バリバリ”と倒れた』と、報告するやつよ」
「悪い。マイ。解った、行ってくる。セシリア。陛下は、いつもの場所か?」
「お義父と呼べば喜びますよ?」
「セ・シ・リ・ア?」
「はい。はい。今日は、玉座にお願いします」
「え?わかった。俺だけでいいのか?」
「はい。できれば、リチャード様やフェルテ様や、帰還されるかた全員でお願いします」
ユウキは、後ろを振り返ると、指定された者たちが首を横に振って居る。
大きく息を吐きだして、ユウキも首を振る。
「わかった。俺が話をしてくる、セシリア。それでいいよな?サトシ・・・、は、無理だな。マイ。皆をまとめてくれ」
「わかったわ。ほら、サトシ。行くわよ。セシリア。ユウキをお願いね」
「かしこまりました。マイ様」
サトシが絡まないことには本当に姉妹のように仲がいい二人だ。違うな。サトシのことを含めて仲がいい二人だ。城の寝室はすでに3人で一緒に寝ている。公然の秘密だ。最初は、サトシが一人で寝ていたところに、深夜に忍び込もうとした二人がかち合った。そこから、二人は共闘して、サトシを落としにかかった。ユウキも、何度も協力して、サトシの気持ちを確認したり、3人だけになるように調整したり、本当にいろいろ苦労させられた。
「陛下」
「勇者ユウキよ。魔物の王の討伐を成し遂げたようだな」
「はっ仲間たち、それに陛下のおかげです。感謝の言葉だけでは・・・」
「よい。余たちにも利があること、勇者ユウキ。目的のものは見つかったか?」
「はい。無事入手いたしました。明日、試したく思っております」
「・・・。そうか、勇者ユウキ・・・。ユウキ。余は・・・。儂は、お主を、お主たちを本当の子供のように思っている。后も、儂と同じ気持ちだ」
「ありがたきお言葉」
「解っている。わかっている。ユウキ。お主たちにはやらなければ・・・。目的があるのは、理解している。だから、儂たちは、お主たちを、笑って送り出す」
「・・・」
ユウキは、玉座で跪いたまま国王に報告をしていた。
周りには、貴族だけではなく、テクノクラートや軍の関係者が並んでいる。皆、国王と同じ気持ちなのだ。29人の勇者が、自分たちを頼ってくれたのが嬉しかったのだ。勇者たちが自分たちを助けてくれたことが嬉しかったのだ。勇者たちのことを、友であり子供であり同僚だと思っているのだ。
勇者たちは、無理をしなかった。情報を集めて、訓練を行って、逃げることも厭わなかった。
他の勇者たちや国が攻めてきたこともある。勇者奪還という大義名分だ。勇者たちは、自分たちが出頭すれば国や民は見逃せという条件で交渉を始めようとした。しかし、国王は・・・。軍が、貴族が、国民が、それを許さなかった。勇者たちを呼びつけて叱りつけた。”自分の子供を売る親がどこに居る”勇者たちが欲しくて、欲しくて得られなかった言葉を、異世界の王が、貴族が、国民が、勇者たちに投げかけた。
そして、自分たちを頼ってきた者たちは、自分たちの仲間だと言って、一緒に戦おうとした。
初めて、自分たち以外の仲間を得たことが勇者たちには嬉しかった。国王が、全世界に宣言をしたことは驚きだったが、勇者たちは嬉しかった。国王は、魔物の国にも、人族の国にも属さない第三勢力となると宣言した。
「陛下」
「パパと呼んでもいいぞ?」
「へ・い・か!」
貴族が立ち並ぶ場所の玉座に違い場所から、”ぷっ”という吹き出す音がする。
皆が笑いをこらえている状態だ。
王が、咳払いをしてから、ユウキに話しかける。
「まだ、だめか・・・。それで、ユウキ?」
「はい。やはり、魔物は”魔物の王”が抑えておりました。文献通りです」
「そうか、報告は受けている。魔物の大群が襲ってきた」
「はい」
「勇者たちの策で撃退できた・・・。我が国は、無傷だったのだが・・・」
「陛下、我らはできることをやりました。忠告もしました。しかし・・・」
「そうだな。奴らが決めたことだ。”魔物の王”討伐も、奴らが望んだことだ・・・。我らは、しっかりと忠告をした。それに・・・」
”第三勢力”となる為の条件を、連合国は要求してきた。
セシリアとアメリアと勇者たちを差し出せという条件だ。これが飲めないのなら、”魔物の王”を討伐せよという物だった。
「陛下。お約束の物です。オーブは外しましたし、魔剣はサトシが砕きました。角はマイが効力を消してから、サンドラが祝福をかけてあります」
「ククク。お主たち・・・。面白いのぉ・・・」
王の笑いと同時に、列席する者たちも笑い始める。
先程までの硬い雰囲気が一気に和らいでいく。
「ユウキ。サンドラ嬢の呪いは?」
「呪いといっていますが、それほど恐ろしい物ではありません。服用すると、表向きは”男性機能が復活”するように見えます」
「お!」「陛下!」
「ただし、”体中の毛が抜けます”」
「は?」
「サンドラ曰く、『あんな爺には髪の毛はいらない!24時間立ちっぱなしになるから薬としては成功する』だそうです」
「おいおい。治せるのか?」
貴族たちを中心に自分の髪の毛を触る物や、引いた表情をしている者も居る。
「もちろん、『聖女サマなら治せるでしょ』が、ロレッタの言葉です」
「ククク。たしかに・・・。奴らは”聖女”なら何でも治せると豪語していたな。それで?」
「はい。回復と治癒は意味がありません。病気でもダメージでもないので・・・」
「たしかに・・・」
「それで、解呪を行うと・・・」
「行うと?」
「今度は、”役に立たなくなる”そうです」
「・・・。恐ろしいな」
「・・・。はい」
二人は、お互いの顔を見ながら、この場に居ない”魔女”と”聖女”を思い浮かべて、苦笑を浮かべた。
「ユウキよ」
「はい。陛下?」
ユウキは、話が終わっていると思っていた。
「サトシやマイ・・・。他にも数名が残ってくれると聞いた」
「はい。陛下。彼らをお願いいたします」
「ユウキ!儂は、この国は、お前たちを、我が子のように思っておる。お前たちの・・・」
「ありがとうございます。陛下・・・。俺も、リチャードもロレッタもフェルテもサンドラも・・・。この国が、本当の故郷だと思っております」
「ならば!」
「陛下。俺の、俺たちのわがままを許してください。必ず、必ず、帰ってきます。どの位かかるかわかりません。しかし、必ず、陛下の下に、皆様が待つ場所に帰ってきます」
ユウキは、正面に居る王だけではなく、周りから優しげな視線を向ける皆に向かって言葉を紡いだ。
「わかった。宰相」
「はっ」
最前列に並んでいた男が、王の呼びかけに応えて、ユウキの前に来た。
「ユウキ・シンジョウ」
「はっ」
ユウキは、宰相と呼ばれた男が持っていた羊皮紙を見て頭を下げる。レナート王国の紋章が描かれている。
「サトシ・カスガ。マイ・フルザトを除く、27名から召喚勇者の称号を剥奪し、新たに、フィファーナ王国の貴族位を与える。ユウキ・シンジョウには辺境伯を与え、フィファーナ山脈より東の地、全てを領地とする」
「へ?」
「ただし、領地は、ユウキ・シンジョウがフィファーナに帰還したのちに与えるものとし、それまでは王家直轄領とする」
「は?はぁ??」
ユウキが驚いたのは、”フィファーナ山脈より東の地”である。魔物が住んでいた場所を、ユウキに与えると言っているのだ。王国が今回の戦いで手に入れたすべてをユウキに渡すと言っているのに等しいのだ。それだけではなく、王家の身内になる二人は別にして、それ以外の27名を貴族にするなど、他の国に喧嘩を売っているとしか思えない。
「ユウキ・シンジョウ」
「はっ。陛下。我が身には・・・」
「ユウキ。これは、儂のわがままじゃ。お主たちが帰ってくるまで、儂が生きていられるとも限らない。次代の王は、お主たちに無体なことはしないと思うが・・・。儂を安心させると思って受けてくれぬか?」
「・・・。他の者たちに・・・」
「それは大丈夫だ。お主が受けてくれれば、他の者たちは”ユウキがいいなら問題はない”と言うに決まっている」
「・・・。陛下・・・」
ユウキは、王を睨むように見るが、すでに内々に話をしてあるのだろう。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
王の顔が喜びで綻ぶ。拒否される可能性を考えていたのだ。
ユウキの宣言を聞いて、喜んだのは王だけではない。列席している者たちが一人の例外もなく喜びの表情を見せる。
「よし!ユウキ!よく言った!今日から、お前たちは、儂たちの息子で娘だ!」
宰相と反対側に居た大男が大声を上げた。
「将軍」
「ユウキ!皆に伝えろ。儂たちの”名を継げ”と・・・」
「え?」
「もちろん、残る者だけじゃない。帰還する者も・・・だ!ユウキ。お主以外にも戻る場所が必要だろう?」
さっきと違って貴族たちが、ニヤニヤし始める。
ユウキは、貴族たちが自分たちと家族になってくれると言っているように感じた。
「わかりました。皆に」「大丈夫だ。もう伝えてある。あとはお前だけだが・・・。お前に、継がせる名前はない」
「え?」
「ユウキ殿。皆、ユウキ殿を息子に迎えようとしたのですが・・・」
今度は、宰相が話に加わる。もう、謁見の雰囲気は無くなっている。
「え?それも驚きです」
「でも、陛下が、ユウキ殿を”息子に迎えるということは、儂の親戚になるということだな”とおっしゃられて・・・」
「えぇ・・・。それは、皆さんにとっては・・・。”良い”ことなのでは?」
「ユウキ殿。本気で言っていますか?あの陛下を見て、同じことが言えますか?親戚になりたいですか?」
「・・・。いや、遠慮します。でも、俺が・・・。あっ」
「お気づきですか?流石ですね。アメリア様は、ユウキ殿以外との縁談は断ると宣言されています」
「・・・・。はぁ・・・」
ユウキは、宰相から細かい話を聞いてから、玉座でニヤニヤしている人物に話しかける。
「陛下」
「なんじゃ」
「わかりました。全部、飲み込みます。家族のために」
「そうか・・・。ありがとう」
「いえ、それで、陛下。一つ、頂きたい物があります」
「なんだ?アメリアを連れていきたいというのなら、喜んで差し出すぞ?侍女もつけるぞ?」
「陛下?殴っていいですか?」
貴族たちから、”いいぞ!許す”とか声が聞こえてくる。他の国ではありえない状況だ。
「まてまて、お主に殴られたら、儂の頭が軽くなってしまう」
「大丈夫です。少しだけ痛いだけです。陛下の身体が、明日から頭の重さに耐える必要がなくなると喜ぶかもしれません。試してみますか?」
「悪かった。儂が悪かった。それで?何が望みだ?」
「王城の裏にある。空き家と庭を頂きたい」
「いいぞ。宰相。手配しろ。ユウキの邸宅とすれば問題はなかろう」
「はっ」
宰相は、部下に指示を飛ばす。
「それで、ユウキ。空き家を何に使う?」
「正確には、庭です。マイや他の者たちがマスターしている転移の魔法と同じように、移動先に障害物があると失敗する可能性があります」
「時空魔法か?」
「はい。誰も居ない可能性が高い庭に転移してくるようにしたいと思います」
「!!そうか、解った。警備を含めて任せておけ」
「お願いいたします」
ユウキは、戻ってくると宣言したのに近い言葉を発した。
それで、これで準備が整ったと考えたのだ。
ユウキは、皆に頭を下げた。
「陛下。必ず戻ってきます」
「わかった。行って来い。そして、好きに暴れてこい」
「はっ」
玉座に向かって、感謝を込めて、深く、深く頭を下げる。頭を上げたときに、ユウキの頬を一筋の涙が流れていたが、感謝の涙だ。
仲間だと思っていた勇者に裏切られた夜。
貴族に騙されて友を失った夜。
戦いで友を失った夜。
勇者同士の戦いで、勇者を殺した夜。
そして、病院で横たわる母親の横で迎えた夜。
ユウキは、ユウキたちは誓った。
もう何も奪われない。失った者は戻ってこないならば・・・・。
ユウキは、王城を抜けて、皆が待っている場所に戻る。
陛下とのやり取りを皆に説明しようかと思ったが、皆と歓談している貴族や文官や武官たちを見て馬鹿らしくなった。どうやら、本当に知らなかったのは、自分だけのようだ。
憮然とした表情で現れたユウキを見つけて、マイが駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「なんでもない。いつからだ?」
「魔王討伐に行く前に、ユウキがセシリアを説得しにいったときかな?宰相様に言われてね。皆と相談して決めた。ユウキに知らせると、時空魔法を得たら、王城への報告は私たちにまかせて、一人で戻るかもしれないから・・・。ってね」
「ユウキ!」「ユウキ!」
歓談していた勇者たちが、ユウキに気がついて周りに集まってきた。
「へへ。ユウキ。どうだ?俺たちの演技は!」
フェルテがしてやったりの顔でユウキの肩に手を置きながら話しかける。
「すっかり、騙されたよ」
「それで?」
「お前たちのシナリオどおりだ。多分だけどな」
「そうか!それじゃあとは、地球に戻って、こっちに帰ってこられるか確認すればOKだな」
「あぁそうだ・・・。あっ裏の家と庭をもらった。あそこを転移する場所にするつもりだ」
「え?」
「マイの転移も、他の奴が使う転移も、転移先に予期せぬ物があると失敗するよな?」
「え・・・。あっ。うん。岩でも、大きいものがあるとダメだね」
「だろう?庭なら、手入れをしていれば、生えるのは草くらいで、魔物や動物も入り込むのはむずかしいよな?」
「・・・。うん」
「だから、帰ってくる場所に指定しておけばいいと思わないか?」
「あっ・・・。そうね。うん。それは必要だね」
勇者たちも、ユウキの話を聞いて納得してくれた。
皆で、転移に使う場所に移動してから、荒れている庭の整備を始めた。
勇者たちである。力仕事は得意分野だ。それだけではなく、屋敷の手入れも魔法を組み合わせて行っていく。
「でもよお。ユウキ」
「向こうは、行くときにはどうする?」
「最初は、俺たちが住んでいた家に行こうと思う」
「・・・。あそこなら、確かにこの庭と同じくらいの広さがあるな」
サトシが庭を眺めながら肯定する。
「ねぇ。ユウキ、本当に、自分だけで試すの?」
「あぁ俺が帰ってこなかったら、失敗したと思ってくれ、そして・・・」
皆が黙ってしまう。皆は、地球には帰りたいが、積極的に帰る必要性を感じていない。世話になった人に挨拶ができればいい程度にしか思っていない。成し遂げたいことがある者もいるが、過去と割り切っている。戻れるのなら、戻って過去を断ち切りたいと考えているだけなのだ。
「マイ!もう決めたことだ!」
マイが何かユウキに告げようとしたのを、サトシが止めた。
「ユウキ!」
「わかっている。絶対に成功させる」
「ねぇユウキ。いきなり、母さんや父さんのところじゃなくて・・・」
「ん?」
「ヒナ?何か、考えが有るのか?」
「うん。あのね。ユウキが、母さんと父さんに捕まって、すぐに帰ってこられるとは思えないの」
一緒に育った、サトシやマイやレイヤやヒナだけではなく、皆がうなずいている。
「否定したいけど・・・。わかった、それで?」
「だからね。ほら、遠足で行った・・・。浜石岳なら、キャンプとかしていなければ人は居ないし、目立たないと思うよ?」
「あっ・・・。そうか、いきなり、現れて、家だと、人に見つかってしまうと、計画が崩れるな・・・」
「うん。それに、どの位置に戻られるのかわからないよね?」
「・・・。魔力の問題もあるか・・・」
「うん。浜石岳なら、もしなんか有っても、降りるのに迷う道じゃないし、すぐに民家もあるよね?」
「・・・。わかった。確かに、ヒナの言うとおりだ。町中でいきなり現れるのはまずいよな」
「うん」
ユウキたちは庭に集まった。
「発動するぞ!」
ユウキたち勇者は、詠唱破棄をスキルとして会得している。それらしい語句を並べ立てて詠唱している雰囲気を出すことはあるが、基本は無詠唱だ。
ユウキを中心に魔法陣が広がる。半径3m程度だ。
「え?」
「ユウキ!」
ユウキの驚きの声が聞こえて、魔法陣の外側に居た者たちが、心配そうにユウキに声を掛ける。
「大丈夫だ。”天使の声”が聞こえただけだ」
「”天使の声”が?」
「あぁ時間を選べるようだ。帰ってくる場所と時間も指定するようだ」
「は?帰ってくる時間?」
「どうやら、自分が、存在していた時間軸に転移する場合には、その時間軸に居る自分に意識が入り込むようだ」
「え?」
「わからん。ただ、俺たちが、召喚で拉致された時間に戻れるということだ。ひとまず、戻ってくる場所は、この場所で時間は2時間後に設定した。行ってくる!」
「おい!ユウキ・・・」
魔法陣が激しく光った。
数秒後に、魔法陣は光を失って、消えてなくなった。
「あいつ・・・。2時間後とか言わないで、1秒後でも良かったはずだよな?」
「そうね。でも、ユウキらしいわよ」
「そうだな」
勇者たちは、消えた魔法陣と、転移が成功した証として、居なくなった友人であり家族であるユウキを思い浮かべていた。
「サトシ!マイ!ヒナ!レイヤ!考えていても始まらない。ユウキなら帰ってくる。私たちは、私たちでやらなければならないことがある。それに、ユウキが帰ってきてからのことを相談しないとダメ」
「そうだな。ユウキなら大丈夫だよな。2時間で全部決めてユウキを驚かせよう」
「あぁ」
勇者たちは、王城に戻っていく、手に馴染む時計で時間を確認した。
デジタル時計を持つものが、タイマーを設定した。これで、2時間を忘れない。
皆が王城に戻るのを、王城の自室に引きこもっていたアメリアは見ていた。ユウキが居ない勇者たちを見下ろしていた。
そして、庭が光ったことで、愛しのユウキが旅だったのだと理解した。戻ってきてくれると言っていた。
アメリアは”ただ”待っているだけを”良し”としなかった。近くに居た、世界でユウキの次に信頼している者の名前を呼ぶ。
「ノーラ」
「はい。姫様」
「無理を言いますが、お願いします」
「はい。心得ております。確認と準備に時間がかかるとは思います。ご容赦ください」
「えぇ大丈夫です。解っております」
「それでは、姫様」
ノーラは、アメリアに頭を下げてから、部屋を出た。
控えていた侍女にアメリアの世話を頼んでから、勇者たちが使っている会議室に隣接する部屋にむかった。
アメリアの望みを叶えるために・・・。
「・・・」
ユウキは、小高い山の上にある。キャンプ場に転移していた。
「成功・・・。したのか?」
ユウキは、周りを見回して、小学校の時に遠足で訪れた場所だと認識した。夢でなければ、転移が成功したのだ。
「あとは、時間だな・・・。2022年なら時間が戻った・・・。え?」
ユウキは、自分の手を見た。
明らかに小さくなっている。7年前の15歳のころのサイズになってしまっている。
「そういうことか・・・。戻ったら、どうなる?」
ユウキは、魔法が使えるのか気になってしまった。
精神は、フィファーナで戦闘を繰り返した記憶がある。しかし、身体が小さくなっていることから、自分が夢を見ていたのではないかと心のどこかで考えてしまっている。首を振って、愚かな考えを頭から、心から弾き飛ばす。
「”鑑定”」
無詠唱で発動するが、声に出して、自分自身を鑑定した。
年齢以外のステータスは、フィファーナで”魔物の王”を倒したときと変わっていない。スキルも問題はなさそうだ。指先を見つめて、生活魔法の”着火”を行う。
魔法の発動には問題はない。魔力が減って、補充も大丈夫だ。
転移で消費した魔力も1時間程度で充填できそうな速度だ。
「レナートに居るときよりも、回復が早いな。魔素の濃度が高いのか?ヒナ辺りに聞けば・・・。魔力の残量を考えると、戻れそうだな」
転移魔法を発動するが、場所の指定や時間指定が選択できない。
「どういうことだ?あっ!未来には行けないのか?」
ユウキは、地球に来る時に、2時間後の時間を設定した。
「しまったな・・・。2時間も時間ができてしまった。時間が過去から未来に繋がっていると考えて、過去に行けるのなら、未来にも行けると思っていたけど・・・。難しい理論は、頭がいい先生たちにお願いして・・・。それにしても、7歳も若返ってしまった」
鑑定で出てきたステータスを見てつぶやいている。
「戻ったときにどうなるのか・・・。考えても意味はないな。サトシとマイも、一度は戻った方が良さそうだな。15歳か・・・。セシリアが確か、15歳だったな。アメリアが13歳だったはずだ・・・。セリシア辺りは喜びそうだな」
服装は、転移してきた時に着ていた物だ。
サイズが合っていないが、自動調整機能が働いて、15歳の身体にもフィットしている。
「この服だけでも、地球だと大騒ぎだな。2時間を有効に使いたいけど・・・。何をしようか?」
ユウキは、生活魔法の次に皆から絶対に確認して欲しいと言われていた魔法を確認する。
「おっ。アイテムボックスも大丈夫だ。中身も、問題はなさそうだ」
ユウキは、サンドラが作ったポーションを取り出した。
「たしか、サンドラのポーションは、植物の成長を促進させる物だったな」
一人で居るので、全部が独り言になってしまっている。
生活魔法が使えたので、魔法は大丈夫だろうと判断して、アイテム類をためしてみることにした。
転移してきた場所から山の方に移動した。山道を上がっていけば、山頂に出られる。
ユウキは、身体強化の魔法を発動して、山道を駆け上がる。登山道として小学生でも登ることができる山など、今のユウキには近くの公園に散歩に行くよりも容易い。通常なら20分程度必要な山道も2分程度で到着した。
山頂には整備された展望台があるが、展望台から離れた場所にある、枯れかけている紫陽花にポーションを少しだけふりかけた。
「お!」
ポーションをふりかけた紫陽花が成長して青々とした葉っぱを付けた。アイテムボックスの中に有ったポーションはサンドラが作った特別なポーションなのだが、フィファーナで一般的なポーションも地球で使えることが解った。
「あとは・・・。そうだ!」
ユウキは、時間ができたために、いろいろと検証を行うことに決めた。
ダメだと解っていても試してみたいのが、”念話”だ。
登録している者との会話が可能になるスキルだ。ユウキは、29名の他にセシリアとアメリアが登録されている。セシリアとアメリアは、ユウキたちと”念話”を行うために、スキルの取得を行った。
「念話はダメか・・・。無理もないよな」
念話スキルを発動すると、”念話”で会話が可能な者が表示されるが、誰も表示されない。
「それにしても、魔素はどうなっている?」
スキルや魔法を発動すると、魔素が消費される。
地球には、魔素が”ない”と、ユウキたちは考えていた。そのために、アイテムボックスとは別に、ポーチにユウキの魔力を全回復できるだけのマジックポーションを詰め込んである。
「ポーションが無駄になったな・・・」
ユウキは、ポーチに入っていたマジックポーションをアイテムボックスに入れ直した。
ポーチは中身が拡張されているが、それでも時間は経過してしまう。マジックポーションは、すぐには劣化しないが、それでもアイテムボックスに入れておけば劣化の心配はなくなる。それだけではなく、ポーションを割ってしまう心配もなくなるのだ。
「そうだ!ペットボトルを持って帰られるか・・・。試してみるか?瓶では割ってしまうけど、ペットボトルなら割れる心配をしなくていい」
ユウキは、独り言のようにつぶやいて居るが、日本円を持っているわけではない。
コンビニや自動販売機で、ペットボトルを補充できるわけではない。
「時間があるから、町に行ってみるか・・・」
思い立ったら吉日。
ユウキは、夕方に差し掛かろうとしている浜石岳から、町に向って歩きはじめた。
スキルの影響を無くして、15歳の頃に感じていた速度で移動をはじめた・・・。
「お!車だ!」
目に入る物全部が懐かしい。
「そうだ!自動販売機のゴミ捨てなら・・・。ダメかな?」
まず、田舎町の山に通じる道だ。
自動販売機が見つからない状況が続いた。
道を海に向って進んでいく、道に迷ったら転移すればいいと簡単に考えていた。
1時間ほど歩いて、自動販売機を見つけたが、缶だけしか無く、ゴミ捨てにもペットボトルはなかった。
「次だな。別に土産が必要なわけじゃないから・・・」
一つだけ動かしていたスキルに反応があった。
探知系のスキルで、ユウキの場合は生命に反応するスキルだ。
「あ・・・。猫か・・・。そうだった、地球の猫はいきなり襲ってこないし、魔物化の心配もなかったな」
フィファーナにも猫に似た動物は存在している。しかし、動物は魔物化していると、襲ってくる可能性がある。なので、生命探知にヒットした場合には警戒しなければならない。魔物を探知できるスキルもあるが、ユウキは持っていなかった。
探知スキルを使っているのは、人に会わないようにするためだ。
知人に見られてしまうと、これからの計画に齟齬が出てしまう可能性がある。問題にはならないとは思っていても、可能性が”ゼロ”では無い限りは、避けたいと考えての行動だ。
「腹が減ったな・・・。アイテムボックスの中身を、サトシとマイに渡さなきゃよかったな。ポーションじゃタプタプになるだけだな・・・。トイレは、ヘルスケアのスキルで持たせられるけど・・・」
ユウキは、時間を確認したが、約束の2時間まで30分ほどのギャップがある。
ユウキは、検証を行って忘れてしまったことがある。今のユウキは15歳相当になってしまっている。
このままフィファーナに帰ったら、確実に”笑われる”それだけではなく、今まで、アメリアの猛烈な交渉を交わしてきた”言い訳”の一つが消えてなくなる。
ユウキが転移に使った魔法陣が消えてから、勇者たちは移動を開始した。
王城の離れにある勇者たちの荷物が置かれている屋敷だ。
舞踏会が行われる場所だったのだが、勇者たちに与えられて、改良して今は40人ほどが一度に会議ができる場所になっている。
座る場所も決まっている。
上座には、サトシが座る。マイとセシリアが両脇を挟む格好になる。
サトシは、正面にある空席を見つめる。誰もが、座りたがらなかったサトシの正面は、ユウキの席だ。
29名で、レナート王国に流れ着いてから、誰一人として欠けなかったのは、皆の能力が高かったこともあるが、ユウキの存在が大きかったと皆が考えていた。
「さて・・・」
皆が座って、勇者たちの前に飲み物が置かれたのを確認して、サトシが喋りだした。場を仕切るつもりのようだ。
「・・・」
いつもは、ユウキが仕切っていたので、いざ自分が仕切ろうと思うと、言葉が出てこない。
それだけではなく、オロオロし始めた。勇者たちは、そんなサトシを面白そうに眺めている。
「サトシ!しっかりしろよ!未来の国王なのだからな!」
「うるせぇ!それなら、リチャード!お前が国王をやれよ。喜んで、玉座を渡すぞ!軍部を使ってクーデターを興せよ」
「やだね。そんな面倒なことはしたくない。それに、俺は地球でやることがある!将軍にも伝えている」
「くっ」
「リチャード様。サトシ様をあまりからかわないでください。本当に、即位を断念してしまうかもしれません」
「あぁ・・・。すまん」
リチャードは、話に割って入ったセシリアに謝罪の意味を込めて頭を下げた。
「それで、サトシ。どうするの?」
「どうする?」
「え?何も考えていなかったの?マイ!」
リチャードの隣に居た、ロレッタがサトシに今後の話を決めてほしかったのだが、サトシの反応は皆が求めていたものではなかった。
「ロレッタ様。私から、ご報告があります」
サトシがポンコツなのは、皆が解っていたことだが、ユウキがいないだけで、ここまで落差がひどくなるのか・・・。セシリアもマイも、わかっていたことだ。そして、ユウキが居ないところで、セシリアとマイは決めたことがある、”ユウキには、アメリアと結婚してもらって、公爵の地位を与えて、サトシが即位するときには、宰相になってもらう”。セシリアとマイだけではなく、勇者たちの共通認識になりつつあった。
ロレッタが語ったのは、レナート王国の置かれている情勢だ。
「セシリア。今の話だと、スパイは排除できたのだな?」
「はい。軍に食い込んでいた者たちは、排除が完了しました。残っていたのは、商人とギルド関係だけですが、それらも数日中には排除が完了します」
「それはよかった」
貴族たちは、勇者たちがレナート王国に身を寄せた時に、粛清の嵐が吹き荒れた。
陛下たちの王族派閥が、勇者たちに賭けて、勝負に勝ったのだ。王国から、大国にすり寄っていた貴族や教会勢力に毒されていた貴族は一掃された。
貴族から情報を得られなくなった者たちは、商人やギルドを使って情報を得ようと考えた。
実行してみても、勇者たちのどうでもいい情報だけが流れてきた。それも、大事な情報のように偽装されていた。マイの考えが実行されたのだ、まったく情報が得られなければ、ムキになって情報を得ようとするが、勇者の情報を得られたのなら、それだけで”よし”として報告に戻るのではないかと考えた。
偽装された情報を紛れ込ませることで、大事な情報を隠すことにしたのだ。
「しっかりと踊ってくれました。特に、教会の関係者の狼狽は・・・」
「セシリアも、悪いね」「違いない」
「はい。マイ様。サンドラ様。レナート王国は、悪人と無礼者の集まりです」
「ハハハ。そうね。これから、自国のことだけ考えて行動するのだし、間違っていないわね」
「はい。それで手始めに、”魔の森”の開拓を始めようと思っています」
「ん?でも、それは、ユウキの領地だよね?」
マイの素朴な疑問だ。ユウキの領地を、王家が主動で開拓してはダメだ。
「はい。なので、公爵となる、アメリアが主動します」
「あっ・・・。そうか、それなら・・・・。ユウキが帰ってきたときの顔が楽しみね」
「はい。実際には、将軍や皆様のお力をお借りしたいとは思いますが、アメリアが”公爵家当主代行”としての初めての仕事です」
勇者たちは空席になっている場所を見て、ユウキに心のなかで手を合せた。
「セシリア。”魔の森”は、それでいいとしても、山側への対応はしなければダメだろう?」
「はい。フェルテ様。ユウキ様からご提案があった、櫓を立てて、情報を伝える方法が間もなく完成いたします」
「そうか、念話も万能ではないからな。転移も慌てると失敗する可能性があるからな」
「はい。”魔の森”方面から攻め込まれる可能性も考慮していますが・・・」
「それは、考えなくていいだろう。海側も大丈夫だよな?」
皆の視線が一人の勇者に集まる。
「うん。僕の可愛いペットたちが守っているよ」
答えたのは勇者の一人である。アリスだ。”ボクっ娘”だがドイツ人の血が入っている日本人だ。
テイマーで、リヴァイアサンをテイムしている。レナート王国に隣接する海を守らせている。守護させていると言ってもいい。
「それで、アリス。リヴァイアサンが戦い始めたら解るのだよな?」
「うん。すぐに連絡がくるよ。それに、近くにはフェンとライブが居る」
「セシリア。そうなると、谷だけだな」
「はい。でも、その谷も攻略は難しいのですよね?」
また別の勇者に視線が集中する。
「あぁ本来なら、ユウキが説明すべきだろうが、奴が居ない・・・。それに、サトシは説明ができないだろう?」
「できる・・・。いや・・・。エリク、頼む」
「はい。はい。セシリアは、どこまでユウキに聞いた?」
「谷が続いている道があり、左右に兵を配置すれば、迎撃が簡単だと教えられました。そのために、敵兵が来る前に陣地を構築する必要があり、物見櫓を建築したほうがよいと教えられました。それから、伝令の練習をやっておくように言われました」
「現地を見たことは?」
「ありません」
「そうか、基本は、ユウキから説明を受けているようだ・・・」
エリクがそこで言葉を切った。
「え?」
「ユウキは、俺たちに・・・。そうだ。ヒナ。地図は出せるか?」
「谷の?」
「いや、草原だ」
「あっ・・・。うん。マイが地図を持っていると思う」
マイが、しょうがないという雰囲気で、アイテムボックから大きく書かれた地図を取り出す。
「エリク様。これは?」
「谷の先に広がる草原の地図だ」
「え?」
マイが取り出して見せた地図は、どう見ても草原には見えない。セシリアが驚くのも無理はない。
「エリク様。草原だった場所ですか?」
「そうだ」
「草原が、沼地に変わってしまったと?それも、まばらにある城壁は?敵が身体を隠して進軍できるのでは?それに、大外を回ればいいのでは?」
「あぁ・・・。この沼地は、嫌がらせだ」
「嫌がらせ?」
「そうだ、意味がありそうに作ってある城壁も、中級魔法で壊れる程度だ。でも、沼は深い場所もあるから、慎重に進まないとだめだ」
「外回りは?」
「ん?何もしていない。待ち伏せを気にして、進軍を避けるだろう?沼との間に思わせぶりな城壁もあるからな」
「マイ様?」
セシリアは、理解できない。
ただの嫌がらせのために、草原を沼に変えるという考えが・・・。
マイは、セシリアに名前を呼ばれたが、自分では何も答えられないと解っているので、肩をすくめるだけだ。
ユウキにも、ユウキなりの考えがある。沼にしたのは、休む場所を作らせないためだ。谷に入る前の場所で待機場所を作らせたら、最悪の戦略を取られる可能性がある。谷は、レナート王国に有利な場所だが、戦えば死者を”0”にできるわけではない。単純に、数の暴力に出られたときに対処ができなくなる未来があるのだ。そのために、数で押し切るという戦略を取らせないために、草原を決戦場所にしているように思わせる考えなのだ。
それだけではなく、食料を沼地で保管しておくことはできない。勇者の中には、アイテムボックを持っている者も居るが、レナート王国以外の国が勇者を信頼している様子はない。もし、勇者が兵站を担っているのなら、積極的に狙えばいいだけと考えている。
「・・・。わかりました。谷方面も安全になっているのですね」
セシリアは、疲れたように呟くだけだった。
しかし、本当の会議はこれから始まるのだった。
「エリク様。それでは、我が国の商隊は?」
「外に出る必要があるのか?」
「え?」
「それに、陸路はたしかに封鎖された状態だが、海路は確保されているぞ?」
視線が、アリスに移動する。
「うん。僕のペットたちは、渡してある”旗”を持っていけば沈めないよ」
「アリス様。あの旗のマークに意味が有るのですか?」
「あぁ・・・。それも、ユウキの指示だけど、マークには意味は無いよ。旗の素材が大事」
「え?なんで・・・。面倒では?」
「うん。面倒だけど、あのマークを見れば、召喚勇者で、よほどのバカでなければ、意味がわかるから、マネすれば大丈夫とか考えて、素材まで考えない可能性が高い。ユウキの考えそうなことでしょ?陰険なのだから・・・」
「アリス!」
「あっ僕・・・。でも、褒め言葉だよ?ユウキにも直接言っているから大丈夫!」
「そうだな。俺たちは解っているけど、外では言うなよ。不協和音が鳴っているとか言われるのは面倒だからな」
「うん。解っているよ」
皆が、”本当か?”という表情でアリスを見る。アリスは、『”一言”多い』が皆の共通認識なのだ。
「エリクが居れば大丈夫だろう。それで、セシリア。海路の確保ができている。それに、レナートは、国内で流通が完結できるよな?」
リチャードが、アリスとエリクをからかいながら、話を戻す。
「はい。今の所は、問題はでておりません。国内での流通で十分です」
「セリシア。本当なのだろうな?」
珍しく、真剣な表情で、サトシがセリシアに質問する。
「はい。サトシ様。サトシ様たちが、どのくらい、レナートを離れるのか・・・。ですが・・・。皆様の帰ってくる場所を、守ってみせます」
力強く宣言するセシリアを、サトシは嬉しそうな表情で見ている。複雑な感情を持っているマイだが、セシリアを頼もしく思っている。
サトシとマイを除く、26名がそれぞれの役割を報告していく、レナートに残る者も、一度は地球に帰還することにしている。
「あぁやっぱり、ユウキが居ないと話が進まないな」
誰が言ったのかわからないが、皆が思っているセリフだ。
「セシリア。国からの要望はあるのか?」
「レイヤ様。それは、”皆様に?”という意味ですか?」
「そうだな。俺もだけど、地球に帰還する者たちも居る。こっちに残る者は、あとからでも伝えられるだろうが・・・・」
「大丈夫です。皆、レイヤ様たちが”必ず”戻っていらっしゃると考えています」
「あぁユウキも言っているが、俺たちの故郷はこの国だ。そして、未来を一緒に歩く場所だ」
レイヤは、隣に座っているヒナを見る。
少しだけ和んだ空気が”場”を支配する。
「あ」
セシリアが、レイヤに質問を投げかけようとした瞬間に、ドアが激しく開けられた。
完全武装の騎士が会議室に駆け込んできた。
「セシリア様!」
「何事です!今は、大事な打ち合わせ中ですよ」
「失礼いたしました」
「それで、何が有ったのですか?」
「はい。救援の要請が、来ました。かなり強い口調で、命令とも取れる内容です」
「予定よりも、早いですね」
セシリアは、騎士が持ってきた羊皮紙を見る。
そこには、たしかに人類連合国からの要請が書かれていた。
セシリアやユウキの予想では、4-5日後に要請がくると思っていた。
返答は決まっている。”レナートは小国で、自国の防衛だけで手一杯です。勇者の多くも、魔物の王を討伐するときに、戦いに倒れ帰ってこない者も多く、戦力が著しく低下しています”すでに、撃退している上に、勇者は一人として”倒れて”いない。実際に、”魔の森”方面から魔物は駆逐出来ている。勇者たちが必要になるような魔物も見つかっていない。
レナート王国は、”魔物の王”を討伐すれば、抑えていた”魔物”たちが各国で暴れだすのが解っていた。
”早い”というのは、人類連合国からの救援要請だ。
「チェスター。それで、この要請は?」
「ギルド経由です」
「そう・・・」
「セシリア。気にしなくて大丈夫だ。そのまま、返答をしよう。実際に、俺たちは地球に帰還する。調べられても、困らないはずだ」
「そうですね。サトシ様。チェスター。返事は、私からします。使者が来ているのですか?」
「いえ、伝令だけです」
「わかりました。返答を書きます。ギルドに届けてください」
「はっ。皆様。お騒がせいたしました。失礼いたします」
チェスターと呼ばれた騎士は、勇者たちに頭を下げて部屋を出ていく、セシリアは近くに居た侍女に命じて王国の印影が入った羊皮紙を持ってこさせて、返事を書き始めた。
マイが書いている返事を横から見ながら付け加える嫌味を投下しながら、10分程度で返事が書き上がった。
「セシリア。それで、ギルドからだと言っていたよな?」
「はい。サトシ様」「サトシ、話を聞いていなかったの?それとも、考えるのを放棄したの?」
「マイ様。サトシ様は、ご確認しただけです」
いつもなら、この辺りで話が横道に逸れるのを恐れるユウキが、二人の間に入って筋を元に戻すが、今日はユウキが居ない。
皆の視線が、サトシに集中する。皆の視線の意味を、サトシは正確に理解しているが、二人を止められるとは考えていない。
「ふぅ・・・。マイ様」「そうね。ユウキも居ないし・・・」
セシリアとマイは、寂しそうにユウキが座るはずの椅子を見る。
たった、2時間のことだが”ユウキ”の存在が大きいことが認識された。
(本当に、ユウキが居なくて、私たちは大丈夫なの?)
マイの率直な感想だ。マイだけではなく、セシリアも同じ考えになっている。
(ユウキ様には、是非・・・。頻繁に、帰ってきてもらわなくては・・・)
セシリアとマイは、お互いに声には出していないが、同じことを考えていたと感じている。
にっこりと笑う二人に挟まれるようになってしまったサトシは俯いてしまっている。
「ポンコツのことは、セシリアとマイに任せるとして、ギルドが”慌てている”と言うのは、状況はユウキの予想の中では、最悪な部類だよな」
「おい!リチャード!俺は!」「はい。はい。あとで、お話は聞きます。サトシ様。マイ様。お願いします」「うん。了解」
「セシリア。ギルドが先に救援を出してきたってことは、ユウキの予想では、勇者たちは負けたということになるぞ?」
「はい。しかし、まだ情報は上がってきていません。早急に調べますか?」
「フェルテはどう思う?」
リチャードが、フェルテに話を振るが、普段から考えるのはユウキの仕事だと思っているのか、自分に話を振られても困ると、隣に座っているサンドラを見る。
サンドラは苦笑を浮かべながら、マイに質問をする。
「ねぇマイ」
「何?」
「マイが使役している者たちの力を借りられない?」
「うーん。細かい指示は難しいよ?それに、数を使役すると、私の処理能力では足りなくなる」
「処理能力は、ユウキに譲渡していたわよね?あれって、私やそれこそ、アリスでも大丈夫?」
「わからない。サトシは、まったく使えなかった。ユウキは、10体までなら、大丈夫だったけど・・・」
「なぁマイ。サンドラ。俺たちは、ユウキの変わりは出来ないけど、どうせユウキが帰ってくるまで暇だろう?」
「え・・・。あっうん」「・・・。エリク?」
エリクが話に割り込んできた。
「あっすまん。それでな。サトシを除く、26名で2-3体を担当して、情報を収集するのは駄目か?」
皆の視線が、エリクに集中する。
「やってみないとわからないけど・・・。サトシよりも、INTかDEXが高ければ可能性はあると思う」
「ハハハ。それなら大丈夫だ。皆、サトシよりはINTが高い!脳筋じゃないからな!」
エリクの笑いから、皆が笑い出す。
サトシは、勇者の中の勇者と呼ばれているが、ステータスで言えばそれほど高くない。ただ、魔物に絶対的に優位に立てる武器である”聖剣”を召喚できるのだ。極端な戦い方をしている。最悪の場合は、聖剣を魔物に投げつけてもいい。召喚すれば手元に戻ってくるのだ。
魔法に関しても、対魔物に寄っているために、対人では役に立たない。
サトシたちのグループを、他の勇者たちが下に見ている理由が、サトシのスキルが”対魔物”以外では役に立たないと思われていて、”対人”ではいつでもサトシを倒せると思っているからなのだ。カリスマはサトシが一番だ。だから、他の国に居る勇者は、サトシを”飾り”だと思っている。
「どこでやる?」
マイのスキルは、テイムではない。他に適切なスキル名がないので、召喚と言っているが、フィファーナにあった召喚スキルとも違う。
魔力で、マイが思い描く”動物”や”昆虫”や”魔物”を作り出せる。魔力で作り出した物は、意識が有るわけではない。そのために、マイが動かすのだが、同時に動かすことができる物には限界がある。
魔力で出来た”ゴーレムのような物”だが、魔力は譲渡できる特性を利用して、制御を他人に任せることができるのではないかと考えたのが、ユウキだ。
マイとユウキで、”ゴーレムのような物”の制御を他人に譲る方法を確立した。
制御は、スキルを持っているマイでも10体を同時に制御するのがやっとな状況だ。頭の中に、10個のモニターが並んでいる状況を制御しなければならない。慣れていないと、1体を動かすのも難しい。サトシは、一体の制御を行うだけで、酔って気持ち悪くなってしまった。
慣れてくると、複数を制御できるようになる。
サトシ以外は、無理をすれば4-5体の制御が可能になっている。
「裏の家を使おう。部屋数はあるよね?」
「そうだな」
皆がパートナーを見る。
元々は王族が使う”離れ”として作られた家だ。部屋数は多い。パートナーとだけで部屋を使うようにすれば、”ゴーレムのような物”を制御するときに無防備になっても問題は無い。
サトシは、皆が制御している最中に、家に近づく物が居ないように護衛することになった。
マイは、皆にそれぞれの特性にあった”ゴーレムのような物”を作って、制御を渡した。総数80体だ。制御できる数にばらつきがある。大まかな偵察ができれば十分なので、それぞれが役割を分担するように、偵察する方向を決める。
”ゴーレムのような物”は、転移も可能だ。
マイは、自分たちを召喚した国に転移させた。
レナート王国から、遠く離れた国だったので、マイが担当した。
(ひどい・・・)
マイは、最初に魔物が襲うだろうと思っていた都市に転移した。一番、勇者たちが残っている場所だ。小さな森に面していて、ダンジョンの存在も確認されている場所だったはずだ。
”ゴーレムのような物”から見えてくるのは、壊された城壁と破壊され尽くした建物だ。
かろうじて、全滅はしていない。そう、全滅はしていないだけで、”生き残っている”という表現が正しい。城壁の近くや、東西に伸びる街道には夥しい魔物の死骸と人と思われる死体が積み重なっている。逃げたところを、魔物に襲われた形跡の死体や、戦ったような死体もある。
マイは、死体の確認はしていない。どうせ、勇者たちは領主や聖職者たちを守っている。権力者たちが、自分の身の安全を第一にしないで、勇者たちを最前線に送り出すようなら、都市はここまで荒廃しない。魔力をたどると、都市の中心に近い場所に固まっているのが解る。
(本当に、変わらないのね)
マイは、自分たちが警告しても無視されるのは解っていた。それでも、陛下や将軍を通して、各国に警告を発していた。
その返答が、”それだけ心配するのなら、セシリアとアメリアを預かろう”だった。意味不明だ。どういう理論で、そういう見解を出したのか、説明を求めて、返答を何度も読み返したが、理解が出来なかった。
そこに、ユウキたちが古い文献から、”魔物の王”が持っているスキルが”時空支配”で時間と空間を把握するスキルという記述を見つけた。当代の”魔物の王”は、魔物たちを、魔の森に留めるような施策を行っていた。レナート王国としては、当代の”魔物の王”との間に付箋協定が結ぶほうが現実的で、未来に繋がると考えた。しかし、人類連合に参加する各国は、レナート王国の提案を一蹴した。
人類連合が選んだ結果が、マイの目の前で繰り広げられている。
避けられた戦いだ。避けられた死だ。本来なら、守られるべき命が散らされている。
マイは、領主の屋敷と思われる場所に”ゴーレムのような物”を集中させる。
勇者たちが戦っているのが見える。
(弱い)
戦いを見たマイの率直な感想だ。
自分たちを虐げた勇者たちだが、マイたちが”魔の森”で駆逐した魔物に苦戦している。
(勇者たちや権力者が死ぬのは、困ってしまう。シナリオを変えなければ・・・)
マイは、自分に言い聞かせるように呟いている。確かに、皆で決めた作戦では、勇者たちや権力者には苦しんでもらなければ意味がない。袂を別れた勇者たちが死のうが苦しもうが、マイたちは”関係がない”と、切り捨てるだろう。しかし、勇者たちでも権力者たちでも自称聖職者でもない。一般の民が死んでいくのは、本意ではない。
民たちには、認識してほしかった。目を瞑って欲しくなかった。立ち上がって欲しかった。青臭い理想だと認識しているが、偽らざる気持ちなのだ。
でも、勇者たちが行った非道な行為。権力者たちの自分勝手な振る舞い。自称聖職者たちの腐敗。自らが目を瞑って、口を塞いだことで、大切な者が奪われる現実が有ったのだと・・・。
マイは、”ゴーレムのような物”に命令を出す。
(魔物を駆逐せよ)
マイだけではない。他の26名の勇者も程度の差はあるが、民が死んでいくのを見て、我慢が出来なかった。
”ゴーレムのような物”が介入を始めると、戦いは劇的に変わった。
経験が不足している勇者たちも、戦っている魔物の数が減ってくれば力技が通じる。勇者たちが魔物に対抗できるようになったのを見て、マイは”ゴーレムのような物”に帰還命令を出した。
「マイ?!」
マイを心配するように、4つの目が見つめていた。マイは、自分を心配そうに見ているサトシとセシリアに笑顔を見せる。
「サトシ。セシリア。大丈夫。少しだけ疲れただけ・・・。それで、偵察の内容を話したほうがいい?」
「マイ様。今は、休んで・・・。情報は欲しいけど・・・。他の方々も、偵察から戻られるでしょう。それからでも、遅くはありません」
「そうね。セシリア。ありがとう。少しだけ休んでいい?ユウキが戻ってくる頃には、起きるから・・・」
全部を言い切る前に、マイは目を閉じて眠ってしまった。
体力も魔力も、まだ余裕があるが、精神が悲鳴を上げていた。自分たちの選んだ道で、呑み込むべき現実だと考えている。でも、実際に確認すると、心が疲弊する。マイたちは心に決めている。だから、パートナーたちと、仲間たちと立ち上がる。
「セシリア?」
「はぁ・・・。サトシ様。マイ様を、寝室に運んであげてください。起きるまで側に居てあげてください」
「あぁわかった。セシリアは?」
「私は、勇者さまたちを見てまいります。それから、ユウキ様が戻られるか見ております」
「わかった。助かる」
「いえ。私の役目だと思っております。ほら、サトシ様。マイ様をお願いします」
セシリアは、マイをサトシに託して、自分は部屋を出る。
サトシを巡ってはライバルだと思っているが、マイのことも大好きなのだ。
マイが無理して偵察をしてくれたと感じているのだ。80体も召喚しているだけで、かなり無理をしている。その状態で、自らも”ゴーレムのような物”を制御しているのだ。外からはわからなかったが、戦いをしている様子も見られた。ショッキングな状況を見てしまったのだろう。
セシリアは、勇者たちが使っている部屋を見て回ってから、庭に出た。
「ユウキ様。貴方たちは、私たちに多くの物を与えてくださった。私たちは、貴方たちに返せていますか?ほんの少しでも返せているのなら・・・。嬉しいです」
セシリアの独白は、レナート王国に住む者たちの考えだ。
勇者たちに命を・・・。生活を・・・。そして心を救われた。恩返しがしたい。
セシリアの言葉が庭に消えた瞬間に、魔法陣が浮かび上がる。
ユウキが地球から帰還してきたのだ。
「あれ?セシリア?どうした?」
「え?あっ・・・。その声は、ユウキ様?」