帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~


 ユウキは、記者会見が始まるギリギリまで、佐川に捕まっていた。
 佐川からの質問攻めに少しだけ・・・。本当に、少しだけ面倒に思い始めていた。

「ユウキ君。時間だ」

 今川が、ユウキに声をかける。
 ユウキは、少しだけ”ほっと”した表情をする。

「わかりました。佐川さん。それでは・・・」

「今川君!記者会見の時間は、もう少しだけ後だと思うが?」

 ユウキは、信じられないことを言い出す佐川の顔を二度見してしまった。
 確かに時計を見ると、1時間くらいの余裕はある。それに、記者会見には佐川も出席する予定だと教えられている。

「佐川さん。ユウキ君を連れていきますよ。リハーサルは必要ないのですが、着替えは必要です。それに、森下さんも着替えをされますよね?」

 今川が、近くで紅茶を飲んでいた森下に話を振る。

「私は、このままで大丈夫。どうせ、話が始まれば、ユウキ君が中心になるのだし、私が出る場面は無いでしょう」

 森下は、今川をじっくりと見るが、今川は何も言わないで、ユウキを連れ出そうとしている。

「佐川さん。今度、研究所にお邪魔します」

「おぉ!そうか、確か、君は、森下君と同郷だったな。静岡だな」

「はい。佐川さん。でも、俺たちは、記者会見が終わったら、拠点を作る予定で居ます」

「拠点?今の日本で、勝手に住んでいい場所など・・・」

「えぇ。解っています。でも、田舎の山奥なら、驚くほど安く入手が可能だと聞きました」

「ふむ・・・。技術の提供か?」

「それもありますが、佐川さん。ポーションを欲しがる人は多いでしょうね」

「・・・。そうだな」

「今回の見世物が終わったら、ポーションのオークションを開催しようと考えています」

「ユウキ君!」

「あっ・・・。今川さん。佐川さん。オークションとは別に、佐川さんに渡すポーションは確保しますので、安心してください」

 ユウキは、佐川に言うべきことを言ったつもりになって、今川に続いて部屋を出た。

「森下君。彼は、本気だと思うか?」

「どうでしょうか?でも、彼が嘘を言っているようには思えません」

「それは、弁護士としての感か?」

「いえ、女の感です」

「ハハハ。それなら、信じられる。オークションか、彼のやりたいことが朧気だが見えてきた」

「はい。愚か者(亡者)たちが大量に釣れるでしょう」

「しばらく・・・。国が荒れるかもしれないな」

「はい。彼らの望みは、その荒れた状況なのでしょう。そして、必要なことなのでしょう」

 森下の呟きは、佐川の耳にも届いている。
 しかし、佐川の意識は、この場には存在していなかった。佐川は、一人の少女を思い出していた。30年以上前に、ほんの一時に教えていた少女。それでも、少女との交流は続いた。15年後に結婚すると紹介された男性は、佐川が教師を辞めてから始めた研究所の人間だった。佐川が、二人の結婚を自分の子供た結婚するかのように喜んだ。そして、二年後に産まれた女の子に名前を付けて欲しいと言われて、”弥生”と名付けた。女の子が3歳になるときに、夫婦の訃報を聞いた。

「佐川さん?」

「あっ・・・。すまん。歳のせいか、儂も少しだけ疲れた。記者会見まで休んでいる」

「わかりました。時間になったら、呼びに来ます」

「今川くんでも寄越してくれ」

「わかりました。佐川さん。これからです」

「あぁ」

 森下は、佐川が奥にあったソファーに移動するのを見て、ドアを締めた。

 記者会見の場は、おかしな熱気に包まれていた。大手新聞社からTV局やネット配信を行っている者も居る。

 進行役は、記者クラブの人間ではなく、今川が手配した人物が仕切りを行う。

「10分になりました。事前に告知されていた通りに、ドアを締めます。会見中は、再入場は出来ません。ご容赦ください。そして、生放送は控えていただきます」

 事前に告知している内容だが、ネット配信を行っている者たちにとっては格好のネタだ。
 生配信にならないギリギリの範囲での配信を考えていた。

 森田も、そんな配信を実行しようとしていた一人だ。偶然、潜り込めた”ネタの宝庫”ネット記事が有名になれば、広告収入も増えると考えていた。
 目的は、別にあるのがだ、潜り込めた事実を最大限に使おうと考えていた。

「それでは、異世界からの生還者たちに寄る記者会見を始めます。事前に告知している通り、彼ら彼女らは被害者であり、人権を守られるべき14歳以下の少年や少女です。皆さまの”良識”ある対応を期待します。今日は、人権やネット犯罪に詳しい森下弁護士にも同席していただいています」

 最初に、森下が会場に入って指定された場所に座る。その後で、今川が呼び込まれる。続いて技術的な見解を述べる役目として佐川が呼び込まれた。

 森田は、同時配信こそしていなかったが、数分ほど遅れで配信されるようにしていた。有料会員向けに視聴ができるような状態にしていた。

「え?」

 だれが、発した言葉なのか、わからないが、黙って配信をしようとしていた者たちの回線がいきなり切れたのだ。
 ネットワークの回線が途切れたわけではない。そして、ユウキたちが座る予定になっている席から、淡い色をした蝶が舞い上がって、数名の上に止まった。森田は、止まった蝶を見て嫌な予感がした。

「はぁ・・・。予想以上ですね。今回は、見逃しますが、次は無いです。蝶が停まった人たちは、ご理解をいただけると思うのですが。これが、生還者たち(サバイバー)が持っているスキルです」

 ユウキたちは、結界の可能性を探っていた。結界内から、外部に向けての通信を遮断できることに気がついた。突き詰めていくと、決められた手順を踏んでいない通信を遮断出来た。今回は、会場が用意したプロキシを通さない通信は遮断するようにした。あとは、発信している機材に召喚した”(スケイルバタフライ)”を目印に使っただけだ。

 森田は、背中に嫌な汗が流れるのを認識している。蝶が自分の所に停まってから、なにかに睨まれているような感覚に囚われている。それだけではなく、すぐにでも逃げ出したい気持ちになっている。文章を書くために用意しているパソコンは、ネットに繋がっている。自分のサイトも見られる。大きな問題はない。だが、本当に配信だけが停まってしまっている。
 森田の前に座っていた。やはり、蝶が止まっている人物が手を上げる。

「動画の撮影はどうなる?」

「許可されています。ただ、うまく撮影できるのかは、保証しかねます。それも、事前に告知されている通りです。機材の故障などの苦情も受け付けません」

 質問をした人物以外も、持ってきた機材を確認するが、撮影は出来ている。

 森田が手をあげないで声を上げる。

「そんなことよりも、生還者たちはまだ来ないのか!?」

 会場中に響き渡る声だ。同調して声を上げる者たちが出てくる。

「やはり、少しは期待していたのですが、ユウキさん、予想通りです」

「わかりました。結界を弱めます」

 誰も居ないように見える場所から、声が聞こえる。

「え?」

 誰が発した言葉なのかわからないが、皆が正面を見ていた。
 動画撮影のために機材を動かしていた。

 人数は告知されていた。
 男女比も告知されていた。
 国籍も告知内容に含まれていた。そのために、()()記者クラブが場所に選ばれた。

 前に置かれた椅子には、誰も座っていなかった。皆が、自分が撮影した内容を確認する。

 しかし、子供の声が聞こえてから、椅子に座る子どもたちが居る。最初からそこに存在しているかのように座っていたのだ。

 ユウキたちは、電子機器をごまかすために、結界を用いた。赤外線や熱感知をごまかすことは出来なかったが、カメラなら結界を用いることで、後ろで監視カメラを見ている人たちを”ごまかす”ことが出来た。注意深く観察すれば、わかってしまう程度の方法だが、今回は有効に作用した。

「それでは、記者会見を始めます。始めに、生還者の情報を・・・」

 司会が、ユウキたちの情報を話し始める。
 記者たちには、事前に情報として渡されているが、名前を呼ばれるときに立ち上がるだけでも、情報としては十分なのだろう。

 10分ていどかかって、ユウキたちの諸元が発表された。
 記者たちが黙って聞いているのには理由があった。まずは、ユウキたちが未成年だったことが大きな問題だ。ユウキたちは、記者会見で語られた情報に関しては公にしても問題はないと伝えている。しかし、姿かたちに関しては明言されていない。
 そこに、人権や女性や子供の犯罪には厳しい対応をすることで有名や森下弁護士がオブザーバー的な立場で参加している。きっかけになった今川もネット上では有名な人物だ。

「質疑ですが、札を上げてからお願いします」

「なんの意味がある!忙しい時間を割いて来ているのだぞ!」

 前列に座っている大手新聞社の人間が司会に食って掛かる。

「わかりました」

 司会は、ユウキを見ると、ユウキが立ち上がった。

「大手町にある新聞社の記者さんですね。名前は、谷川聡さんですか、記者になってから、14年ですよね?あっそれから、へぇ40まで女性経験はなしですか、初めては、大阪ですか?でも、感心できませんね。売春ですか?記者さんも大変なのですね。上司の娘さんの奥さんも居るのですから、いい加減に出張を偽って、売春の旅は辞めたほうがいいですよ?気に入らないのでしたら帰ってください」

「なっ・・・。お前は、何を言っている!俺は・・・。面白いネタかと思ったが、やはりでたらめだったな!」

 谷川と言われた記者は、立ち上がって出口に向って歩き出す。それを、他の記者たちが冷たい目つきで眺めている。

「指示に従っていただけないのは残念です」

 司会が、会場を見回すと、皆がユウキを見つめている。

 ネット配信を行っている森田が番号札を上げる。

「はい。38番の方。所属や名前は結構です」

 番号を指定された森田は、立ち上がった。

「わかりました。今のお話は、どこまでが本当のことなのでしょうか?」

 森田は、指示に従って、所属や名前は告げないで、直球で質問をぶつけた。

「それを、調べるのは、貴方たちのお仕事ですよね?森田さん。合同会社果実の代表さん」

「え?あっ。なぜ?」

「なぜ?先程、説明があったと思いましたが?」

「鑑定スキル?」

「そうですね。森田さん。入場時に告げた会社名は違いますよね?その会社は、知人と経営しているので、間違っても居ないのでしょうが・・・」

「ふぅ・・・。どこまでわかるのでしょうか?」

「どこまで?」

「私の過去などもわかるのでしょうか?」

「そうですね。二年前・・・。森田さんの記憶に刻まれていることならわかりますが、それ以上となると難しいです。お話したほうが、納得されますか?」

「いえ・・・。ありがとうございます」

 森田は、背中に流れる冷たい汗を感じていた。さきほどの配信を見抜かれたことや、ユウキが語った”2年前”というワードが気になった。ユウキの目は、自分の愚かな行為を見抜いている。
 森田は、畏怖に似た感情を抱えながら、札をおろして、椅子に座った。

「他の方」

 前列に座っている記者が札を上げる。

「はい。6番の方。所属や名前は結構です」

 指名された男性が立ち上がる。

「私は、6番ではない。○○新聞の飯島だ。茶番はもう大丈夫だ。さっさとポーションとやらを出してもらいたい」

「茶番?」

 サトシが立ち上がりそうになるのを、マイが押さえた。
 ユウキも、手で皆を制した。

「そうだろう?お前みたいな子供にできることではない。さっき、出ていった奴も、さっきの奴も、お前たちの仕込みだろう?」

 ユウキは、目の前で強弁している男を見る。裏があるかもしれないと感じたからだ。

『ユウキ。こいつに裏はない。ただのやっかみ。俺たちが”仕込み”で、今川さんのスクープが偽物だと思いたいらしい』

 ユウキたちのネタは、鑑定スキルを極めた者からの報告だ。考えていることを盗み見ることができる。もちろん、妨害の手段があり、ユウキたちは対策を行っているのだが、スキルを持たない者たちには、難しい状況だ。このスキルに関しては、秘匿することが決まっている。

「ポーションですか?告知していますが、ポーションは研究所からの報告が全てです。我々からなにか発表する必要はないと考えています」

「生意気なことを言うな。必要か、必要じゃないかを判断するのが、俺たちだ。お前たちは、俺たちの要望に従っていればいい。そうしたら、お前たちは犠牲者ってことで、世間が優しく慰めてくれるぞ」

『ユウキ!コイツら、何にか・・・。最前列で俺たちを嵌めるつもりみたいだ』

『わかった』

 ユウキは、仲間たちの報告を聞きながら、ニヤリと笑う。

「わかりました。ポーションの実演をしましょう。俺や仲間や、此方側に座っている人物や、先程の森田さんでは、貴方たちは納得しないでしょう。誰が実験体になってくれるのですか?」

 ユウキの言葉で、札を上げている記者が固まった。ユウキの言葉は、当然のことなのだが、記者たちは”ユウキたちのポーションは偽物”だと思っていた。正確には、”偽物であるべき”だと思っていた。本物なら、わざわざ”ゴシップ記事”を得意とする週刊誌なんかに売り込むはずがない。自分たちのような大手の出版社やTVに売り込むはずだと考えた。そして、ゴシップ記事を得意とする週刊誌に売り込んだのは、”ポーションなぞ存在しない”からだと”当然のように”考えたのだ。
 そして、彼らはユウキが著名な研究者や政治家からの提案を断ったことを教えられて、確信していた。

 ”ポーションなど存在していない”
 『ガマの油売りの口上』と同じレベルの物だと・・・。

 記者たちは、ユウキたちにポーションを使うように誘導した6番の記者を見る。

「どうされましたか?誰がポーションを使いますか?今日は、ポーションの予定がなかったので、2本だけ中級ポーションを持ってきています。終わった後で、研究所にわたす予定だったので・・・」

 森田が、札を上げる。

「38番の記者。今、6番の方が質問をしています。お待ち下さい」

「あぁ質問を遮って申し訳ないのですが、先程、おっしゃった”中級ポーション”はどのようなものなのか、説明をして頂きたい。資料には、”ポーション”としか書かれていません」

「そうですね。ユウキさん。どうですか?」

 司会が、ユウキに話を振る。

「いいですよ。研究所で、調べていただいたのは、”初級ポーション”です。お手元の資料に、あるのは”初級”の物です。中級は、切断面の結合と内臓の修復です。あとは、精神に対する作用も確認されています。そうですね”薬物依存”などの治療もできます」

「っ!」

「どうしました?」

 ユウキが、森田の驚きの顔を見て、問いかける。

「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

「どうされますか?どなたが試されますか?中級ポーションですので、内臓の修復や薬物依存の治療は、見た目でわかりませんよ?指を切断して、結合を試しますか?先程の発言通りに、疑っていらっしゃる人がいらっしゃるようなので、私たちや司会や会場を設営して居る人、今川さん。そして、先程の質問者である森田さんは除外ですね」

 一気に、言い切って、記者を見つめる。
 記者は、自分が言ったセリフを飲み込みかけているが、この場所は記者会見で、録画、録音されているのは間違いない。それだけではなく、名乗ってしまっている。新聞社の看板を背負った状態で、”茶番”と言い切ってしまっている。

 視線が、自分に集中しているのが解って、名乗った記者が慌て始める。
 自分が、実験台になるつもりはないのだ。周りを見回して、自分よりも”身分”が低いと思える人物を探すが、この会見には”1社1人”という制限が付けられていた。

 視線が集中する記者は、番号札を投げ捨てて、出口に向かう。

 司会が、冷静に指摘する。

「○○新聞の飯島さま。先程の質問が終わっておりませんが?」

「ふざけるな!俺は、こんな茶番に付き合うのは、馬鹿らしいと思ったから、帰る!」

「そうですか、○○新聞は、お帰りになるということですね。ご自身がされた質問に対する真偽を確認しないで、一方的にこちらを・・・。生還者たちを悪者にした状態で退場されるのですね」

 飯島と名乗った男は、一度だけ振り向いたが、そのまま会場から出ていった。

「質疑が途中になりましたが、何方か試されますか?」

 司会が、周りを見るが、記者たちは誰も手を上げない。
 腕を切り落としたり、脚を切り落としたり、大きく傷つけると脅されればだれでも躊躇するだろう。

「誰も居ないようでしたら・・・」

 司会が、話を打ち切ろうとした時に、38番の札が上がる。

「38番の方」

「はい。ポーションの使い方の質問です」

「なんでしょうか?」

「資料には、ポーションは飲み薬のように書かれていますが、切断面の結合だと、傷口を合せて振りかけることになるのですか?その場合には、内臓疾患や薬物中毒への治療は出来ないのですか?また、連続使用は?」

 司会が、意外な質問にユウキをみてしまった。

「私たちの経験上で、地球での効用が違う可能性がある場合があります」

「はい。それは、資料に書かれていました」

「切断面を合せた状態で、飲むことで、切断面が結合します。切断してからの時間に比例して結合するまでの時間が必要でした。内臓疾患や薬物中毒は、もうしわけない。検証してみないとわかりません。連続使用は、異世界では”無理”でした。1-2時間のクールタイムが必要でした」

「ありがとうございます。私が、ポーションを試してもいいのですが、前列の記者さんたちは、ご納得していただけますか?」

 森田が、声を張り上げて、前列に座っている大手を下に見るような発言をする。
 自分たちが手を上げない。それだけではなく、侮っていた子どもたちにも、馬鹿にされて、ネット配信やネット記事を主体にするメディアにさえも馬鹿にされる状況になっている。自分たちを先導したのは、出ていった飯島なのだが、それを言ってしまうと、大手で談合をしていますと言っているような物だ。暗黙の了解で成り立っている状況が完全に崩れてしまっている。

「はい。14番の方」

「(スペイン語)スペインの新聞社です。私も、ポーションに興味がある」

 会場が静まり返る。
 英語なら、多少はわかる者たちが多いのだが、スペイン語を話せるものは用意していない。

「それは、アナタもポーションを使ってみるのですか?」

「(スペイン語)そうだ。え?なぜ、言葉がわかる。重ねての質問だが、なぜ言葉がわかる?」

「そういうスキルだと思ってください。あっ録音された声を聞いても無駄ですよ。日本語に聞こえます」

「(スペイン語)それは・・・。(日本語)問題はない。俺は、日本語もわかる。録音を確認したいが、問題はないか?」

「えぇ大丈夫です」

 指名された、14番の記者は、録音されたユウキの声を聞いた。

「(日本語)本当に、日本語だな」

「えぇそうですね。他の、人にも母国語に聞こえたはずです」

 最前列の日本人だけが、意味がわからないような表情をしている。

「すまない。俺もポーションを試したい」

 立ったまま、14番の記者はポーションを使用したいと宣言した。

「わかりました・・・。お二人に使ってもらいましょう。しかし、方法はどうしましょうか?」

「(英語)それなら、俺が二人の腕を斬りつける。それで、ポーションを飲めばいい。せっかくだから、1人は振り掛けて、1人は飲めばいい。どうだ?」

 ユウキは、記者からの提案を受けて、頷いた。英語を話した記者は問題ではないようだ。

「38番と14番の記者が、ポーションを試していただきます」

 司会が話を仕切るが予定になかったことだ。身体のどこかに、傷をつける行為になる。前列に座った記者たちが、なにか文句を言ってくることを、司会は警戒したのだが、何も言い出さない状況になっている。

「それでは、お二人にポーションをお渡しします」

 司会が、ユウキから、二本のポーションを受け取った。

「38番。アナタは、どうしますか?」

「どうするとは?」

「飲みますか?かけますか?」

「俺は、飲みたいと思う」

「飲むほうが、リスクがありますが?」

「リスク?」

「体内に、わけのわからない物を入れるのですよ?リスクと感じませんか?」

 森田は、少しだけ考えていたが、自分の考えは変わらない。後遺症が消えるのなら、多少のリスク位なら飲み込もうと思っていた。

「問題はない。俺が先に言い出したのだから、リスクをとる」

「わかりました。あっ!そうだ」

 14番は、森田との話を打ち切って、司会を見る。

「なにか?」

「私たち二人の撮影ですが、私たちが決めた者たちだけにして欲しいと、要望を出します」

 14番の突然の要望に、司会は顔を歪めるが、当然の権利だと思えた。
 ユウキと森下を見るが、ユウキも森下も当然だという雰囲気を崩していない。問題があれば、横から口をはさむことになっていた

「わかりました」

「佐川だ。私は、研究者の立場から、お二人の実験に立ち会う。映像は、お二人から頂きたい。その後、軽く話を聞きたいが、いいか?」

 森田は、問題はないと宣言した。14番は、低級ポーションの話を佐川から聞くことを条件に了承した。
 英語を話していた記者が懐から、ペーパーナイフを取り出す。少しだけ刃が付いているペーパーナイフだと説明している。

 撮影できる記者の選別は、森田と14番と佐川が行った。
 選別が終了してから、場所を移動した。腕を斬りつける時に、血が出る可能性が高いためだ。

「(英語)それではいくぞ!」

 英語を話す記者が、ペーパーナイフを使って、二人の腕を切りつける。
 血が吹き出すが、二人は打ち合わせ通りに、ポーションを使った。記者たちに傷がしっかりと見えるようにしながらだ。自分たちが実験体になっているのを認識しての行動だ。森田は、ポーションを口に含んで一気に飲み込んだ。14番は傷口にポーションを振り掛けた。

 効果は、すぐに現れた。

『おぉぉぉ』

 見ていた者たちが、塞がっていく傷口を不思議な表情で眺めている。
 傷口が塞がったのを見て、佐川が怒鳴った!

「動画は!」

 記者たちが、撮影していた動画を確認する。
 ペーパーナイフで傷つける所から、再生する。

「そこ!止めろ!」

 森田の動画を見ていた、佐川が再生を止める。

「お?」

「少しだけ戻ってくれ」

「わかった」

 一瞬だけ傷口が光っている。

「光っているな」

「光っていますね」

「(スペイン語)光ったな」

「(英語)光っている」

 皆が、覗き込むようにして画面に喰い付いている。

「検証は後でもできる。まずは、二人の状態を確認しよう」

 佐川が真面目な表情で、二人を見る。

 二人は、傷跡を確認するが、問題はない。腕は深く傷ついたが、今では傷跡が嘘のように無くなっている。

「(頭がスッキリしている。靄が晴れた気分だ)」

 森田は、自分を見ている視線に気がついて、振り返る。ユウキが、森田を見ていた。森田が振り返ったことを確認して、ユウキは微笑みを返した。ポーションを飲むまでは、どこか頭に”モヤ”がかかっていた部分が、スッキリと晴れている。後遺症もきれいに消えている。

「(スペイン語)おぉぉぉ。古傷が治っている!」

 14番の大声で、森田たちは現実に引き戻される。

「どうした?」

「あぁ昔、戦場カメラマンをしていた時に、足に銃弾を受けて・・・。炎症を起こして、曲がらなかった膝が治っている」

 そういって、14番は足を何度も折り曲げてみせる。

 14番の告白を受けて、皆がことの成り行きを見ていたユウキを見つめる。

 ポーションの確認を終えて、記者会見をしていた会場に戻ってきたら、記者の数が半分になっていた。ポーションの確認から外された最前列に陣取っていた記者たちが、帰ってしまっていた。機材を抱えていた者も半数が帰っているので、会場で待っている者の数も減ってしまっていた。

 司会が状況を説明しているが、それでも詰め寄る者は存在していた。
 ”弾かれた”記者たちだ。残っていた者たちには、佐川から動画が送られることで落ち着いた。佐川の研究資料が付いているので、記事にするのには十分な資料になる。
 森田と14番にも群がった。傷の具合を聞いている。
 二人は、曖昧な返答をしているが、ユウキからの”答え”は何も出さないことになっている。二人の率直な意見を述べるようにだけお願いしていた。

 森下の提案で、休憩を挟むことになった。
 今川が確認して、会場の時間を延長も決まった。記者たちは、煩い”最前列”が居なくなって喜んでいる。

「ユウキ!(スペイン語)ポーションは残っていないのか?」

「俺たちが使う分として残しておきたい。どうして?」

「(スペイン語)ミスター佐川は信頼しているが、別の国の研究機関での検証が必要だとは思わないか?」

 14番は、興奮してユウキに詰め寄る。
 ようするに、自分の国でもポーションを調べさせるということだ。

 ユウキが周りを見ると、同じように考えているのだろう者たちが居る。

 ユウキは、息を吐き出してから、サトシたちを見るが、サトシたちは、ユウキの好きにしろと伝えてきた。

「佐川さん。今川さん。森下さん」

 ユウキは、この場で信頼できる3人の大人を呼んだ。

「なんだ?」

 佐川がユウキの近くに居たために、最初に反応した。

「海外の記者たちが、母国でもポーションの検証をしたいと言っているのです」

「当然じゃな」

「え?」

「なんだ?」

「いえ、佐川さんが反対されると思っていたので・・・」

「おぬしが、儂をどう見ているのかわからんが、一つの研究施設だけの結論に、なんの意味がある。複数で試験を行って、検証した物に意味がある。儂は賛成じゃ。できれば、どこの研究所か教えてもらいたい。検証結果を突き合わせれば、違う見え方がする可能性がある。それに、儂が考えない発見があるかもしれない」

「わかりました。えぇと、今川さんも森下さんも、大丈夫ですか?」

 二人も、ユウキが大丈夫なら問題はないと宣言した。

「えぇと、14番さん」

「アロンソだ。偉大なF1ドライバーと同じとおぼえてくれ」

「え?あっはい。それで、アロンソさん。今の佐川さんの話で、依頼する研究施設の情報は開示してくれますか?」

「問題はない。できれば、ミスター佐川の意見も聞きたい」

 ユウキは、佐川を見る。佐川は、頷いているので、問題は無いのだろう。

「アロンソさん。先に、希望する記者を募りたいのですが・・・?提供できるポーションの数にも影響します」

「それはそうだな」

 アロンソは、記者たちを集めて話を始める。
 森下はサポートに向かった。

「ユウキくん」

「解っていますよ。佐川さんには、中級ポーションを渡します」

「うんうん。それで、儂の経験から、4本のポーションがあると、検証が楽にできる」

「4本ですか?」

「一度、瓶の蓋を空けてしまうと、もう検証として正しいとは限らない。しかし、試さないと納得が出来ない」

「はぁ」

「それで、一本は、実験で使う。もう一本は、成分分析にまわす。そして、もう一本は、成分分析の結果の追試用だ」

「もう一本は?」

「予備だ」

 ユウキは、佐川の目を覗き込むように見る。
 ”嘘ではないが、本当でもない”という意識を読み取った。実際には、読み取った感じでは、”予備”なのは間違い無いが、”目的”は違うように感じた。仲間に覗かせればもう少しだけ深い感情が読み取れる可能性もある。だが、ユウキは佐川を信じることに決めた。

「まぁわかりました。ようするに、佐川さんは、初級ポーションと中級ポーションを4本ずつ所望しているということですね」

「そうだ。できるか?」

「まぁなんとかしましょう」

 佐川が満面の笑みで、ユウキの背中を叩きながら頼むと言ってから、海外の記者が話し合っている輪に加わった。

『フェリア。ニコレッタ。ポーションを作ったよな?初級を150本と中級を80本ほど俺に送ってくれ』

『了解』『ユウキ。上級は?10本くらいならあるよ?』

 ニコレッタからの提案をユウキは、必要ないと断った。
 中級でも破格の性能なのだ、上級ではどうなるかわからない。部位欠損が治るような物は、フィファーナでも珍しかった。作られる者は限られていた。

「ユウキ!」

 アロンソが戻ってきた。

「決まったのか?」

「決まった。やはり、全ての国で検証するのが正しい行為だろうとなった」

「そうなのか、結局、何カ国だ?」

 アロンソが、ユウキに国を示していく。

 ・イギリス・フィンランド・オランダ・メキシコ・スペイン・オーストラリア・カナダ・ドイツ・フランス・ロシア・イタリア

「11カ国?いや、佐川さんが居るから12カ国か・・・・」

「無理か?」

 アロンソが少しだけ心配そうな表情で、ユウキからの返事を待つ。

「そうですね。俺たちが怪我や病気をしたときのために取っておこうと思った物ですし・・・」

「そうか、ユウキ。20分・・・。いや、10分の時間をくれ」

「え?いいですよ?」

「ありがとう」

 それだけ、アロンソはまた記者の集まっている場所に戻った。
 記者たちは、アロンソの話を受けて、一斉にスマホで誰かに連絡を取り始める。休憩中だったので、結界は解除していた。動画を、本社に送りたいという要望が上がってきていたためだ。

「ユウキ」

「今川さん」

「いいのか?」

「あぁポーションですか?予定にはなかったのですが、見世物には丁度いいですよね」

「そうだな。最高の見世物にはなりそうだが、他にもいろいろ有るのだろう?」

「ありますが、見世物は一度にみせるよりも、小出しにしたほうがいいですよね?」

「ハハハ。そうだな。今日のここでの発表を行ったから、次からは、会場はどこでも大丈夫だと思うぞ?」

「そうですか?今日の予定はここまでにして、次回からは最後まで残った人だけに招待状を送るとかでも大丈夫ですか?」

「そうだな」

 ユウキと今川の話に1人の男が割り込んできた。

「ユウキくん。今川さん。森田です」

「あっ森田さん。ありがとうございます」

 ユウキは、素直に頭を下げる。

「え、違う。俺が、お礼を言おうと思って、ポーションは本物だ。俺が、苦しんでいた後遺症もすっかりと消えた」

「それは、よかったです。こちらでの実績がなかったので、わからなかったのですが・・・」

「大丈夫だ。実験だろうと、治験だろうと、問題はない。俺が、感謝していると伝えたかっただけだ」

「そう言ってもらえると嬉しいですよ」

「それで、俺たちのボスから、一つの提案があった。断られることを、前提にしているが、聞いてくれるか?」

「伺います」「・・・・」

 今川は、森田の上に誰が居るのか掴んでいた。しかし、どんな提案をしてくるのかはわからないので、黙っている。

「ボスは、ユウキくんたちに、隠れ家を渡す準備がある」

「対価は?」

「中級ポーションを2本。できれば、3本」

「隠れ家は?」

「伊豆の山中・・・。正確には、ボスに聞いてもらう必要があるが、森下弁護士なら知っているはずだ。2つの山を、そのままユウキくんたちの名義に変更する」

「え?伊豆の山?」

「主要道路から離れていて、私道がつながっているだけで、別荘地にも出来ない。交通の便を考えると、再開発をするのも難しい場所だ」

「いいのですか?」

「問題はない。一度、ボスに会って欲しい」

「わかりました。連絡は、今川さんか森下さんにお願いします」

「ありがとう」

 森田は、明らかにホッとした表情をしている。ボスと言う人物から、無茶振りをされたのかもしれない。ユウキは、少しだけ同情の気持ちを込めて、森田を見送った。森田と入れわかるように、アロンソが戻ってきた。

「ユウキ!」

 アロンソが、嬉しそうな顔でユウキに駆け寄ってきた。
 休憩時間が、休憩時間になっていないのは、問題ではないようだ。

「ん?」

「ポーションの提供は、ミスター佐川から説明があった本数を考えてくれるのか?」

「説明?」

「初級が4本と中級が4本だ」

「佐川さんから、検証にはその本数が必要だと言われた」

「そうか・・・。ユウキ。俺たちは、違うな。研究所が、初級ポーションに500ドル。中級ポーションに1万ドルの支払いをする用意がある」

「え?」

「それに、検証の結果や研究結果は、全ての研究所で公開する。ユウキたちにも渡す。俺たちが提示できる条件だ」

「そちらにメリットが無いように思えるが?」

「メリット?気にするな・・・。と、言いたいのだけど、ユウキたちとは、是非友好な関係を継続したい」

 アロンソは、手招きをした。ユウキは、一歩前に進み出た。

「ユウキ。気分が悪いと思ったら、断ってくれていい」

「わかった」

 小声で話をしているが、ユウキ以外には聞こえないようにしているのだが、意味がない行為だ。サトシ以外は、ユウキとの共有が可能になっている。

「研究所では、3本で検証は可能だと言っている」

「え?」

 ユウキは、佐川を見る。

「ミスター佐川が、伝えただろう”予備”だと」

「そうか、要人に売りつけるのだな」

「言葉が悪いが・・・。そうだ」

「その資金で、俺たちに循環させるというのだな?」

「そう考えて欲しい」

「OK。500ドルだから、約5万と100万?いいのか?」

「え?ユウキ。勘違いをしているぞ?俺たちは、1本の値段だと思っている。420万だ。それが、10カ国からの提示だから、4,200万だ。消費税はいいよな?」

「は?」

 ユウキは、あまりの金額の大きさに、森下を手招きして呼んで、説明をした。

 話を聞いた森下は、そのまま佐川を呼んだ。
 ポーションの提供は、佐川の研究所が行うことになった。

 詳細は、後日に詰めることが決定した。ユウキはアロンソと一緒に各国の記者が集まっている場所に移動した。そこで、ポーションの受け渡しと注意点を伝える。問題は、ユウキたちから離れた時に、ポーションが劣化しないかだが、研究所からは時間による劣化を含めて検証が大事だと言われた。
 本数は、初級4本と中級4本の値段で、初級8本と中級5本を渡すことになった。輸送方法を検証するためだ。
 佐川の検証では、蓋を開けなければ効果の違いは現れなかったことになっている。冷蔵輸送と常温輸送を行うことになった。ポーションの瓶が、地球の技術レベルから見ると、かなり劣っているために冷凍には適さないと判断されたためだ。

 今川と佐川と森下が、ユウキたちのことを話している所に、森田が入ってくる。

「今川さん。佐川先生。森下先生。馬込からの伝言です」

 3人は、森田の素性はすでに把握していた。
 馬込という人物から、押し込まれたのだ。

「馬込先生から?」

 今川が代表して答える。

「はい。馬込は、『ユウキくんたちに、伊豆の土地を提供する準備がある』ということです」

「馬込先生が?」

 黙っている森下と佐川を、森田は目だけで”了承してください”と訴える。二人が黙っているので、森田は今川の質問に答える。

「そうです。森下先生なら、ご存知かと思いますが、産廃業者が汚した土地を馬込が取得しまして、その土地を含めた部分を、ユウキ君たちに無償で渡すと言っています」

「森田さん。それは、貸し出すのではなく?」

「森下先生。馬込は、どちらでも構わないと・・・」

「あの先生らしいですね」

「森下先生は、馬込と知己なのですか?」

「誤解させてしまったのなら、もうしわけない。馬込先生とは、何度かテーブルの反対側でお会いしただけです。その後に、何度か食事のお誘いを受けていますが、まだそのタイミングがなくて、実現していないのですよね」

 森田も、今川も、佐川も、森下の言い方で事情を把握した。

「わかりました。馬込は、ユウキ君に会いたいと言っていますが?」

「ユウキくん次第です」

「ありがとうございます。それで?」

「待ってください。馬込先生の土地ですが、広さや現状がわかりません」

「そうでした。データを送ります」

 森田は、スマホを取り出した。データを、森下のスマホに転送した。データを確認した、森下は森田の顔を見る。

「本気ですか?」

「馬込の許可は貰っています。それに、ユウキくんたちには、本拠地が必要でしょう?」

 森田が提示した地図は、伊豆の山奥の地図だ。産廃業者が、不法投棄した場所は、山に向かう林道だったのだが、その林道の奥には、旧日本軍が作った塹壕がある。山を背にしているだけではなく、その山も人が簡単に踏み入れられるような場所ではない。一番近い町まで、車で移動したとしても1時間以上は必要だ。林道は、一本道ですれ違うのも難しい。

「その本拠地を、馬込先生が把握して、囲い込む・・・。と?」

「森下先生のご懸念はわかりますが、馬込は、街道につながる土地も建物も権利も全てを手放す準備があります」

「は?馬込先生にメリットが無いように思えますが?」

「それは、私の口からは・・・。でも、馬込は生還者の1人・・・。の、両親に命を救われたと・・・。その方に、恩を返したいだけだと言っています」

「わかりました。ユウキくんたちには、前向きに検討するように言います」

「ありがとうございます」

「それから、これは先生からの提案ではなく、私からの提案ですが・・・」

「なんでしょう?」

「可能な限り、街道の建物を、児童養護施設に出来ませんか?街道沿いなら、下田や土肥に出られます」

「・・・。そうですね。ユウキたちが、孤児たちと関係がないと言っても、無意味でしょうね」

「はい。表立って、なにかをするとは思えませんが・・・」

 森田は、大手の記者たちが出ていった扉を見る。
 それだけではなく、ユウキと外国人記者との話にも加わろうとしないで、離れた場所で成り行きを見ている記者らしき者を見る。

 森田の視線に気がついた、森下は頷いて了承している意思を伝える。

「わかりました。その辺りも、ユウキに話をしておきます」

「ありがとうございます」

 森田が、森下と佐川と今川に頭を下げてから自分の席に戻った。
 席に戻った森田は、BlackBerryを取り出して、特別に契約している秘匿回線で、馬込に報告を行う。

 佐川が、森田を見ながら、森下に話しかける。

「森下君。どうするのだね?」

「税制を考えると、ユウキに会社を作らせるのがいいように思うのですが・・・」

「関わる人が増えるのは得策ではないな」

 佐川が、森下の懸念していることを言葉で表現した。

「でも、ポーションを提供するだけでも、かなりの金額がユウキの下に流れます。それに、ユウキたちの場合は、他にも解決しなければならない問題がある」

 森下が気にしているのは、大手の記者を切るように動いたことを指している。ユウキたちは気にしていないが、マスコミは大きな(権力)に繋がっている。ユウキたちを”ペテン師”と呼び出す可能性が高くなってしまった。それだけではなく、ユウキとサトシとマイとヒナとレイヤ以外の者たちを、密入国だと言い出す可能性が高い。自分たちを”正義”だと信じて疑わない者たちはときにして、小さな正義を全体の正義であるように喧伝する。

「大丈夫だと思いますよ?」

「え?」

「今川君?」

「森下さんも、佐川先生も、ネットの力を甘く見ないほうがいいですよ」

「それは、わかっているが、大手にも同じことが言えるのではないか?」

「そうですね。使うツールは同じですが、やつら(大手)は”新聞”や”TV”の感覚が抜けていません。それに、指示を出す者たちの、情報リテラシーはかなり低いです」

「しかし・・・」

「佐川先生のおっしゃりたいこともわかります。でも、ユウキくんたちなら、日本でなくても大丈夫だと思いませんか?それこそ、紛争地帯でも笑いながら歩きそうですよ?」

 今川のセリフは誇張して言っているが、佐川は外国人たちと対等に渡り合うユウキを見て、考える仕草をする。佐川は知らないことだが、今川は一度だけユウキに”殺意”を向けられたことがある。危ない橋を何度も渡ってきた今川を持ってしても、明確な”死”を感じたのは初めてのことだった。自分たちとは違う生き物だと感じたのだ。
 日本の権力に守られた、権力を守っている、大手に務める記者では、ユウキの相手は出来ないだろうと思えた。それこそ、裏社会で明日には”死ぬかも”しれない環境を笑って歩ける人物でなければ、ユウキの相手は難しいと思えた。

 見世物は、休憩の後から加速していった。
 大手が居なくなってくだらない協定や序列や忖度がなくなった。外国人の記者だけではなく、ネット系の記者たちも、ユウキたちに疑問をぶつけた。

 スキルの質問は、ユウキが受けて実際に持っているスキルの中で、安全だと思えるスキルは、実演を行うことにした。
 外国人の記者からは、暗殺や毒物に関するスキルに質問が集中したが、”出来ない”と返答する場面が多かった。それを信じるかどうかは、記者や読者に任せるしか無い。しかし”公”には、”出来ない”ことにしておく必要がある。

 早く移動することはできるが、”転移”は出来ない。一度行った場所で、マーキングが設定できた場所には移動できるが、必ず移動できるわけではない。

 細々な質問を受け付けていると時間だけが過ぎていってしまうので、スキルの披露をしてお茶を濁すことになった。
 記者にもメリットがある。スキルの実演を動画で撮影できるのだ。

 しかし、記者たちが質問してユウキたちが実演して出た結論は、”ちょっとだけ進んだ家電”という印象になってしまった。スキルはたしかに、不思議な力ではあるが、なければ困るという物ではない。力が増す。足が早くなる。遠くが見える。よく聞こえる。身体的な強化はできるのは素晴らしいという意見ではあるが、早く走れても新幹線や飛行機ほどではない。力が強くなっても重機ほどではない。
 ”人間”という枠組みからはみ出す力を持っていても、恐怖を覚えるスキルは少なかった。特に、海外の記者の感想では、銃で攻撃した場合のほうが、殺傷能力が高いと感じている。

 ユウキたちが、調整してスキルを使った結果なのだが、記者たちは、ユウキたちが見せたスキルだけしか知らない状況なので、判断は難しい。

 唯一の例外が、サトシが最後に見せた、聖剣召喚だ。

 どこに居ても、攻防一体の聖剣を召喚できるのは、驚異に見えたのだろう。
 日本国内なので、”銃”は存在しなかったが、椅子を持って殴りかかる程度では、聖剣が作っている防御は破られなかった。そして、投げられた椅子を一刀両断したり、今川が用意した鉄のインゴットを切ったり、ジュラルミンの盾を貫いてみせたりした。”防”の実演は難しかったが、”攻”の実力は十分に示されてしまった。

 記者会見という名前の見世物は、無事”ユウキたち”の思惑通りに終わった。

 控室に戻った29名は、変装を解除した。

「ユウキ!」

「サトシ。助かったよ」

 二人は握手を交わす。

「どうする?母さんたちに会っていくか?」

 レナートに帰還する14人をユウキが見る。
 皆が頷いているので、14人は挨拶をしてから、レナートに帰ることに決めたようだ。今度は、今生の別れではない。笑顔で別れの言葉と、再会の約束ができる。

 扉がノックされる。
 ユウキとレイヤとヒナとサトシとマイの日本に残る者以外は、樹海に作った拠点に転移した。

「はい」

「ユウキくん。森下です。記者の森田さんと今川さんも一緒です」

「入ってください」

 3人が扉を開けて入ってくる。
 居るはずの、24人が居ない状況を見て、驚いたが、声にも、表情にも出さなかったのは流石だ。

 3人が居るはずだと考えたのは、扉の前で森下が入っていく者を監視していた。今川は、裏口を確認していた。自分から出ていった大手が、ユウキに接触を試みるのではないかと考えたのだ。同じ理由で、森田は表玄関を見張っていた。大手の出版社が、ビルから退去しているのは入退室記録でわかっているのだが、自分たちを特別だと考えている連中なので、”バカにされた”と考えていたら、ユウキに接触してきても不思議ではない。

 大手の記者たちは、会館を出て近くの公園でウロウロしているのが確認された。どうやら、ユウキたちの後をつけるつもりで居るようだ。

「あれ?」「ん?」「・・・?」

「森田さんも一緒だったのですか?丁度よかった、拠点ですが、お受けしようと思います」

「よかった!」

「それから、馬込先生に、”朝倉比奈が会いたい”と言っていたと伝えてください」

「え?先生の名前をなぜ?」

「頼みましたよ」

「あぁ」

 森田は、釈然としない気持ちのまま承諾した。
 話は終わったとばかりに、森下を見る。

「森下先生。法的な手続きをお願いしていいですか?佐川さんの研究施設から、まとまった金額を貰えそうなのですが、それらで足りますか?」

 森下は、佐川から大筋で聞いている金額を思い出す。”最低限”だと言われた金額でも多すぎる報酬だ。

「そうね。手続きは、私ではなく・・・。いえ、そうね。手配します。それから・・・」

「父さんたちだね。説得はしてみるけど、難しいかな・・・」

「・・・。ユウキくんの不思議な能力は別にして、引っ越しは難しいですよね」

「間違いなく、あの場所で眠っている子供も居るから余計に・・・」

「そうね。そっちも、なんとかします。最悪は、馬込先生に協力してもらえれば・・・」

 森下がブツブツと言い出したのを見て、ユウキは今川に話しかける。

「今川さん。続報もお願いします」

「でも、いいのか?」

「はい」

 今川の続報は、フィファーナに帰る14人が”消えた”という記事だ。サトシとマイには、今川のインタビューを受けている最中に消えたという設定にする予定だ。そのための動画はすでに撮影してある。『世間が、何を言おうと関係がないというスタンスを崩すつもりはない』と考えているユウキたちは、スキルを披露した中心の14人を早々にフィファーナに帰すことにしている。今川も佐川も森下も承知している。ユウキとの繋がりを切らなければ、会えるタイミングがあると言われている。
 馬込が提供する拠点を使うようになれば、帰還した14人も地球に戻ってくる頻度が上げられる。

「そうだ!ユウキくん!?」

「はい?」

 ブツブツ、言いながらなにかを考えていた森下がユウキに話しかける。

「合同会社を作らない?」

「会社ですか?」

「税金対策や、君たちを隠す意味でも、窓口は必要になる」

「森下さんや、今川さんや、佐川さんではダメなのですか?」

「窓口は大丈夫かもしれないけど、税金対策にはならない」

「そうですか・・・。正直に言えば、お金にはそれほど執着していないので・・・。会社を作るのは、大変じゃないのですか?」

「簡単とは言わないけど、決められた手順通りに進めれば難しくないわ」

「それなら、会社を作ります。俺の名前だけでいいですか?」

「そうね。佐川先生は参加すると言い出すでしょう。他にも・・・」

「おまかせします。さっきも言いましたが、俺には、俺たちには、お金はそれほど重要ではありません。必要の度合いは低くなっています。すでに必要な物は揃っています」

「でも、服や食事は?」

「服は、大量にではないのですが持っていますし、自分たちで作ることが出来ます。食事も、4-5年は食べられます。嗜好品を買うくらいですね。必要になるのは?それも、最悪はバイトすればいいだけです」

「バイトって言っても、ユウキくんたちでできるようなバイトは、日本では少ないわよ?」

「そうですね。日本では少ないかもしれませんね」

「・・・」

「睨まないでください」

「傭兵をやろうとは思っていないわよね?」

「思っていません。それよりも、鑑定を使った”セドリ”を考えています」

 ユウキは、皆と考えた”表向き”の金策を、森下に伝える。
 他にも、服や食事に関しても、問題はないと伝えた。否定する材料がないこともあり、森下も反論はしないで、事務的な手続きの説明を行った。

「会社名は、”レナート”でお願いします。あとは、おまかせします」

「なにかあれば連絡するけど、いいわよね?」

「はい。大丈夫です」

 会社と拠点に関しては、森下からの連絡を待つことになった。

「あっそうだ。ユウキ!」

 今川が、なにかを思い出したかのように、袋をユウキに渡した。

「これは?」

「スマホだ。お前と、マイとレイヤの分として3台持ってきた。SIMも入っている」

「ありがとうございます。でも、通話料とかは、どうしたら?」

「編集部で払う」

「いいのですか?」

「あぁ使っても、4-5千円程度だろうからな」

「わかりました。ありがたく使わせてもらいます」

「これで、怪しい道具じゃなくて連絡ができる。連絡先には、俺と森下先生と今川先生を入れてある」

 ユウキたちは、拠点と弱い繋がりながらも後ろ盾と、自由になるお金を得た。

 私は、ヒナ。日本にいた時には、”朝倉(アサクラ)比奈(ヒナ)”と名乗っていた。
 レイヤやユウキやサトシやマイや弥生と一緒に異世界(フィファーナ)に召喚された。フィファーナでの話は、悲しいことも多かったが、楽しいことも多かった。日本に居た時と違って、自分たちでできることが増えたのが一番の理由だ。

 リーダは、サトシだが、実質的なリーダがユウキなのは皆がわかっていることだ。
 ユウキには、日本に戻ってやりたいことが有った。私とレイヤにもやりたいこと・・・。知りたいことがある。

 ユウキは、自分のことを棚上げにして、私とレイヤに関する情報を収集するつもりのようだったが、問題が一気に解決しそうだ。

 地球に残る者たちには、スマホが提供された。ユウキとよく話をしている記者から提供されたのだと言っていた。盗聴されても、私たちは困らない。位置が把握されて攻撃されても、撃退できる。仲間の中で、弱いアリスや私でも、10や20人程度に囲まれても突破できる。殺さないで無力化をするのは、難しいとは思うけど、撃退(殺害)はできるだろう。

 私のスマホに、着信が有ったのは、記者会見(見世物市)から3日後だった。
 最初は、今川さんだった。私の連絡先を、『森田に教えていいか』という連絡だった。森田と名乗った人の連絡を聞いた。10分くらいしてから、森田さんから電話が入った。

『ヒナさん』

「はい。森田さんですか?」

『そうです。名乗らないで、もうしわけない。それで本題だけど、先生が、馬込先生が、ヒナさんとレイヤくんに会いたいと言っています。もちろん、断ってくれても大丈夫です』

「え?」

『あっ大丈夫ですよ。断ってくれても、ユウキ君と進めている話は継続します。それから、レイヤくんと相談して決めてください。メールでも電話でも大丈夫ですから、連絡をください』

 そう言って、電話が切れた。
 馬込さんには会って話を聞きたいと思っていた。

 記者会見の会場に現れた森田と名乗った記者から告げられた。馬込という人物の名前と言葉。

 私にも、レイヤにも記憶がある名前だ。
 私の両親とレイヤの両親の葬儀に多額の香典を置いていった人物が、馬込だ。私とレイヤは、まだ幼くて、実際には会ったことが無い。
 父さんと母さんの古い知り合いだと教えられた。そして、私とレイヤが、父さんと母さんの所に行けるように手配してくれたのが、馬込なのだと教えられた。

 レイヤとユウキに相談した。レイヤにも、森田さんから連絡が入っていた。

 ユウキは、私たちに任せると言ってくれた。信頼しているとは少しだけ違う気がするが、サポートメンバーをつけると言っていたので、サトシ以外を付けてもらうことにした。多分、スキルを考えるとアリスなのだろう。アリスの方も、復讐する相手が判明して準備を行っているらしい。

「こんにちは、ヒナです。森田さんですか?」

『こんにちは。森田です』

「よかった。レイヤと話をしました。”馬込先生にお会いしたい”と思います。私たちは、いつでも大丈夫ですので、馬込先生のご予定に合わせます」

『ありがとうございます。馬込から、せっつかれていて・・・。それで、レイヤくんと二人だけですか?ユウキ君やサトシくんやマイさんも一緒でもいいですよ?』

「いえ、私たちだけで伺います。あっ・・・。ただ、東京の地理には詳しくないので、待ち合わせや目的地は、駅とか、わかりやすい場所だと嬉しいです」

『わかりました。私が迎えに行きます。お二人・・・。できたら、記者会見のときと同じ変装をしてきてくれたら嬉しいのですが・・・』

「すみません。あのときの変装は、室内でないと難しいので・・・」

『わかりました。私のことは覚えていますか?』

「はい。私もレイヤも覚えています」

 鑑定を使えば判明するだろうし、最悪はユウキにサポートをお願いすればいい。

『スケジュールが決まったら連絡をします』

「はい」

 1時間後には、3つの日時と、待ち合わせ場所が書かれたメールが届いた。レイヤにも、同じメールが届いた。
 相談して、ユウキとアリスの都合がいい日にした。

 当日は、ユウキが待ち合わせ場所を見渡せる場所に待機をしてくれる。アリスが、私とレイヤに眷属を付けてくれた。抵抗した、本当に抵抗したが、”蜘蛛”を付けられた。問題がないと解ったら、即座に解除していいと言われている。待ち合わせ場所で、すでに”蜘蛛”を解除したいと思っている。でも、どこで話をするのかわからないのは不安なので、話し合いが始まるまでは我慢する。

 待ち合わせ場所は、山手線の駅で、丁寧に地図まで付けてくれた。私は、わからなかったがレイアが大丈夫だと言ってくれた。ユウキとレイヤで下見にも言ってくれたので大丈夫だ。

 待ち合わせ時間は、14時30分だったが10分前に着いてしまった。

「え?レイヤ。あれ・・・」

「森田さんだね」

 10分前に着いたのに、森田さんは待ち合わせ場所で待っていた。慌てて、駆け寄って挨拶をすると、挨拶を返してくれた。
 レイヤが森田さんと離しながら、馬込先生が待っている場所に移動した。私は、前を歩く二人に着いていくだけだった。

「え?ここ?」

 森田さんについて行って、到着したのは、スイーツをパラダイスする店だ。

「えぇ主役は、ヒナさんとレイヤくんだから、こういう店の方がいいでしょ?それに、半個室みたいになっているから、内緒話をするのにも向いているよ」

 馬込先生は、別の場所に居て、後から合流するのだと教えられた、私が財布を取り出すと笑いながら森田さんが、私とレイヤの分を含めて払ってくれた。スイーツだけではなくフルーツも食べ放題になる高いやつだ。時間も100分もある。

「60分くらい、二人で楽しんでね。馬込先生を迎えに行ってくる」

「あっ席は?」

「森田で予約しているから、店員に聞いてくれたらわかるよ」

 近くに居た店員に声が聞こえていて、席に案内された。奥まった場所で、半個室になっている場所だ。
 ケーキとジュースとアイスとフルーツを堪能した。

 70分くらい経過してから、森田さんが老紳士を連れてきた。
 私とレイヤは、立ち上がって挨拶をした。

「気にしなくていい。私が、馬込だ。ヒナさん。レイヤくん。君たちのご両親に私と娘は救われた」

 馬込先生は、私たちが知らなかったパパとママのことを教えてくれた。職業を父さんと母さんに聞いたときに濁された理由も解った。
 森田さんが、新聞の切り抜きを私たちに見せてくれた。そこには、私のパパとレイヤのパパが載っていた。名前しか知らない。顔写真も一度だけしか見たことが無いけど、パパだ。大人になったレイヤに似ている。

 火災現場で、救助活動中に死亡したと書かれていた。
 それなら、ママは?私の疑問に、森田さんは次の新聞を持ち出した。病院に向かう車に、対向車が衝突して、運転していた女性と助手席の女性が死亡。ママだ。レイヤは、机の下で拳を握っている。レイヤがなにかを我慢しているときにする動き(合図)だ。

「馬込先生?」

「ヒナさん。私は、お二人のお父さんに命を救われた。私の娘は、お二人のお母さんに助けられたと言ってもいい」

 パパは、わかる。消防士だ。でも、ママは?看護師だった。ママは病院から、パパたちの所に急いだ。その途中で事故にあった。

「でも・・・。ママは、事故・・・。ですよね?」

 馬込先生は、首を横に降った。
 懐から、一つの紙を取り出した。そこには、二人の名前が書かれてあった。名字が同じだから、家族なのだろう。

「これは?」

「私の娘につきまとって・・・。そして、刺した男だ」

「え?」

「薬物中毒で、無罪になった。今では、会社の社長をやっている。会社名は、ユウキくんに言えば知っているはずだ」

「え?」

「もう1人は、刺した男の父親だ。退官しているが、霞が関で官僚をしていた。息子の問題がなければ、次官くらいにはなっていただろう。政府の覚えもよく、今では政治案件のブローカーをやっている」

「先生。ブローカーと言われてもわからないですよ。ヒナさん。レイヤくん。ブローカーは、相談役だと思ってくれればいい」

 頷いておく、話が大きくなりすぎてわからない。パパとママは、何に巻き込まれたの?
 森田さんが説明をしてくれた、正直な所、私にはわからない。レイヤは、なにかを決めた表情をしている。

「馬込先生」

「何かな?レイヤくん」

「この二人を、俺に、俺たちに・・・。ください」

「ここまで、話しておいて言うのもおかしいが、君たちが対処する価値があるとは思えない」

「解っています。でも、けじめは必要です。それに、俺たちはすでに・・・」

「違いますよ。レイヤくん。君たちは、綺麗だ。でも、君たちが対処したいという気持ちは理解できる」

「それなら!」

「年寄りの戯言だと思って聞いて欲しい」

「・・・」

「私の娘は、君たちの母親の献身な態度で心が回復した。奴は、それが許せなかった。私が家にいるときに火を放って、私を殺そうとした。君たちの父親に私は命を救われた。私が運ばれた病院に、娘が駆けつけると思った奴は、病院で待ち伏せした。それに気がついた、君たちの母親が、警察に通報した。警察が駆けつけて、奴を拘束しようとしたが逃げられた。君たちの母親が運転する車を偶然見かけた奴は、後ろから猛スピードで突っ込んで、反対車線に車を押し出して、逃げた」

「・・・」

「支離滅裂になってしまったな。すまない。ヒナさん。レイヤくん。私の依頼を受けてくれるか?」

「依頼?」「??」

「奴と奴の父親を、生きたまま私の前に連れてきて欲しい」

「え?」

「奴らは、私から逃げている。森田や仲間に探らせても・・・」

「・・・。わかりました。馬込さん。その依頼を受けさせていただきます」

「ありがとう。君たちは、私の依頼を受けて、あの愚か者を捕まえる。捕まえるときに、手荒な真似をして、怪我や骨折をしてしまうのはしょうがない。全部、私が依頼したことで、私に責任がある」

「そうだ。依頼というには、報酬がありますよね?」

「もちろんだ。娘が持っていた、二人の母親と父親の写真と直筆のメモを渡そう」

「え?」「・・・。馬込先生。でも、それは娘さんの宝物なのでは?」

 私は、気になっていたことを遠回しに聞いた。馬込先生は、にっこりとだけ笑った。私は、それで悟ってしまった。

「馬込先生。もう一つ、報酬に追加して欲しいことがあります」

「なんでしょうか?」

「全部が終わったら、私とレイヤを娘さんの所に案内してください」

「わかりました。少しだけ、離れた場所です。あの娘が好きだった場所に眠っています。ぜひ、案内させてください」

「ありがとうございます」

 私は、差し出された馬込先生の手を握った。レイヤも、私の手に合わせるようにしてくれた。

「ユウキくん。本当に、この条件でいいのか?」

 佐川は、ユウキから渡された書類を見ながら、質問を重ねていた。最終確認という意味を込めて、ユウキに言葉をぶつける。

「構いませんよ。近くの方が、いろいろと便利でしょ。その代わり」

「わかっている。各国の研究者との窓口は引き受けよう」

 佐川が欲しいと思っていた、ポーションの素材をユウキが渡す条件を入れている。
 ユウキが佐川に頼んだのは、各国の研究所から上がってくる研究結果の取りまとめだけではなく、日本国内のうるさい連中への対応を任せた。特にうるさいのは、記者会見の前にユウキに上から命令して、袖にされた連中だ。佐川も、彼らのことを嫌っていたので、ちょうどいいとばかりに、佐川は彼らを、異世界の素材研究から外した。

「ありがとうございます」

 ユウキたちは、馬込から譲り受けた伊豆の別荘地を開拓した。馬込も、持っている資産を投じてくれた。ユウキたちは、街道沿いの家を整備した。その一つを、佐川に研究所兼住居にしないかと持ちかけたのだ。

 サトシたちが異世界(フィファーナ)に帰る時の芝居を行った。今川や森田らユウキに協力的な者たちを通して、14名の”消失”を発表した。今川と森田らの前で、インタビューを受けながら、砂になって消えた。ユウキやヒナやレイアは、残ってそれ以外の者たちが、砂と服だけを残して消えた。
 ショッキングなニュースだったが、大手は完全に無視した。ネットの記事として紹介しただけだ。

「ユウキ!」

「今川さん。それに、森田さんも、どうしました?」

「俺は、この前の配信のお礼に来ただけだ」

「いえ、こちらにもメリットが有ることでしたし、お礼を言われるようなことではないですよ」

「そうだ。忘れていた。中立な立場で、お前たちを監視することになった。よろしく!」

「はい。森田さん。それなら、条件を飲んでくれるのですね」

「先生にも許可を貰った」

 ユウキが、森田に頼んでいた内容は、街道に監視カメラを設置して、24時間に渡って配信を行うことだ。配信を行っていることを、大々的に宣伝することも含まれている。ユウキたちが使う道は、私有地扱いになっているが、監視カメラを使って配信される。森田がユウキたちを監視するのだ。

「事務所も移転されるのですよね?」

「そうだな。ユウキたち専属に近いからな」

「わかりました」

 馬込は、ヒナとレイヤに会ってから、ユウキたちに対するサポートを強化した。
 ユウキたちに拠点として使える場所を提供しただけではなく、配下の者たちを街道に住まわせることにした。そして、ユウキに”好きに使ってくれ”と伝えてきた。街道に住まう人たちも、ユウキに挨拶をして配下や部下だと思って命令を出して欲しいとまで言われた。

 ユウキたちは異世界と地球を移動できるという秘密を、今川と佐川と森下と森田(馬込)に打ち明けた。
 異世界との移動ができるという話を聞いた馬込からの提案が、ユウキたちの育ての親を、伊豆(拠点)に移動させることだ。ユウキたちの父親と母親も最初は必要ないと言っていたのだが、馬込の説得を受け入れて、移動することを承諾した。施設の子供たちも引っ越しをすることになった。施設が広くなることや、個人部屋がもらえることなどが、子どもたちの琴線に触れた。各国に散らばっていた人たちも、施設が完成したら、見学に来ることになった。
 森下が、子供だけなら日本での受け入れも可能になるかもしれないと伝えてきた。方法に関しては、ユウキたちには説明されていない。グレーゾーンな手法ではないとだけは説明している。

 馬込は、いろいろな権利を持っていた。順次、ユウキたちに移譲している。
 その中には、学校法人や宗教法人があった。アダルトな権利も有していたが、ユウキが未成年だということもあり、森下が権利を保有した状態になっている。森下が驚いたのは、宗教法人とアダルトの権利だ。これは、現法では申請さえも不可能な権利だ。森下は、何度も馬込に確認したが、”ユウキに権利を渡す”で問題が無いと確認した。馬込は、街道からユウキたちの拠点に向かう山道の途中にある別荘で過ごすことに決めた。死んでしまった娘が眠る場所で晩年を過ごすことにしたのだ。駿河湾と富士山が見える一等地にある別荘だ。

 拠点を作り、環境を整えていると、時間だけが過ぎていった。
 その間にも、ユウキたちはフィファーナと地球を行き来して、素材を相互に移動した。連絡手段として期待していた通信は難しいことが解った。しかし、レナートに戻った者たちが、協力してユウキのスキルの解析に成功した。ユウキのように人を運ぶのは無理だが、マーキングした場所に物品を送ることに成功した。同じように、地球からもレナートに送ることにも成功した。リアルタイムでの連絡は難しいが、手紙と同等程度には連絡ができる状況になった。

 残った15名が目的としていた地球で”やりたい”ことも目標が定まってきた。

 ターゲットの特定に更に時間が必要だったが、情報を集めるのには苦労しなかった。ユウキたちは、言葉で苦労しない。それだけではなく、隠密に必要なスキルは皆が保持している。盗聴に対する対応をしている部屋でもスキルを使って盗聴に似たことができた。

 牙を磨いていた勇者たちが、ターゲットの首元に牙を突き立てる準備が整ってきた。

「リチャード!」

「ユウキ・・・。いいのか、俺からで?」

「相談して決めたはずだ。俺だけじゃなくて、皆が同じ考えだ」

「ありがとう」

 リチャードが皆に向かって頭を下げる。
 皆が口々に、”気にするな”や”俺(私)の時には手伝え”とリチャードに言っている。

 周りで聞いている、森田が不思議な表情を浮かべている。

「森田さん。どうしたのですか?」

「いや、ユウキが日本語を話しているのは解るけど、他は何語を話している?英語でもないし、ドイツ語でも、スペイン語でも、フランス語でもないよな?」

「へぇ森田さん、英語だけじゃなくて、ドイツ語やスペイン語やフランス語も解るのですか?」

「・・・。ユウキ?」

「すみません。フィファーナでの、標準語です。所謂(いわゆる)、異世界の言葉です」

「そうか・・・。確かに、それなら、誰が聞いても、意味がわからないな」

「はい」

 森田との話が終わったユウキにリチャードが近づいてきた。

「ユウキ!」

「どうした?」

「父さんと母さんが、おまえたちに礼をしたいと言っているけど・・・」

「必要ない。でも、俺の父さんと母さんへの繋がりは作って欲しい」

「そっちは大丈夫だ。ヒナが顔を繋いでくれている。子供たちは、順応が早いよな」

「そうだな。留学生という扱いだろう?いいのか?」

「よくわからないが、いいと思うぞ。それに、父さんと母さんは、職業研修とかいう制度を使ったのだろう?」

「そう聞いた。やり方は、教えてもらえなかったけどな」

「そうか、森下女史だろう?」

「そう・・・。だと思うが・・・」

「まぁ気にしてもしょうがないな。皆、国籍取得申請をすると言っているけど、いいのか?」

「皆がいいのなら、問題はないと思うぞ?それに、この場所なら、学校もある。生活に困ることはないと思うぞ?それに・・・」

「そうだな。いつでも帰られるというのは変わらないよな」

 ユウキたちは、各国の施設を移動するときに、建物を購入してスキルで移籍を行った。他にも、作っていた作物がある場合には畑の移動まで行っている。スキルで黙ってやっているので、検閲を通っていないので、多少ではない不安があるが、今更なことなので気にしないことにした。
 スキルを使っての偽装を施している上に、作物もスキルで成長させたりしている。
 さすがに、魔法やスキルを教えるのは、躊躇したが”日本語”を不自由なく使えるだけのスキルを開発した。日本人の中で、日本語が一番不自由なサトシがベースになっている。日本で生活していく上で、十分な日本語が使える程度にはなれる。

 勇者たちは、たしかに異世界で偉業を成し遂げた。それは、自分たちのためだけだった。
 これからの行為が、”正義”ではないと理解している。しかし、勇者たちは磨いた牙を収められるほどの大人ではなかった。

「ユウキ。俺たちも行ってくる」

「解った」

「2ヶ月で戻ってくる。ユウキ。頼む」「お願い」

 ユウキの手を握りながら、頭を下げるのは、リチャードとロレッタだ。

「わかった。お前たちが帰ってくるまで、しっかりと守る」

「ありがとう」「ユウキ!感謝!」

 リチャードとロレッタが、”転移”を発動させる。目的地は、アメリカのリチャードが育った。今は、誰も居ない教会だ。

「行ったか?」

「あぁ残っているのは、お前たちだけど、どうする?」

「ヒナは、残して行こうと思っていたけど・・・」「イヤ!」

「レイヤ。愛されているな」

「ユウキ・・・」

 ニヤリと笑ったつもりのユウキだが、姿が可愛い中学生なので、子供が大人のマネをしているようにしか見えない。

「それで?どうする?」

「ん?あぁユウキは、自分のことを優先してくれ、俺たちの準備は終わった。実行のタイミングだけだ」

「そうか、すまない」

「気にするな。俺と、ヒナは・・・」

 レイヤは、自分の腕に捕まっているヒナを見る。離さないと目が訴えている。

「俺は、ヒナと皆の手助けをしてくる」

「頼む」

 実際に、レイヤとヒナのコンビは極悪だ。
 レイヤは、サトシを除くと最高の攻撃力を誇っている。サトシが、聖剣頼りになっているのを考えれば、レイヤは各種の武器を使い分けて、属性攻撃ができる(搦手での攻撃を含めると圧倒的にユウキが強い)。地球での戦闘では、サトシではなくレイヤに軍配があがる可能性が高い。補助系のスキルを持っているヒナとレイヤのコンビは、隠密を含めて地球での活動では、ほぼ無敵だろう。

 ヒナとレイヤの復讐相手はすでに判明している。相手の素性の調査も終わっている。レイヤとヒナなら、すぐにでも拘束して、復讐を完遂できる。しかし、復讐相手が、ユウキのターゲットに連なる者のために、監視を行うだけにしている。監視は、アリスがテイムした鳥や小動物たちを使っている。

 レイヤとヒナも、ユウキに挨拶をしてスキルを発動する。
 まずは、最初に行動を開始するフェルテとサンドラが居るドイツに転移した。

「ふぅ・・・」

 ユウキは、魔法陣が消えた場所を見つめている。ヒナのスキルを使えば、魔法陣が現れないが、”様式美”という理由と、”魔法陣”が必須だと思わせる演出だ。誰に、見せるわけではないが、誰かに見られても問題がないようにしているのだ。

 ユウキは、視線に気がついた。悪意や敵意は一切ない。
 物陰から、1人の女性がユウキに近づいてきた。

「母さん?」

「ユウキ。少しだけ時間を貰える?」

「なに?」

「馬込さんのところで、話をしたいのだけど・・・。ユウキの、ユウキたちの父親に関して・・・。私たちが知っていることを・・・」

「・・・。いいの?」

「馬込さんと話をして、私たちが黙っていても、ユウキは真実にたどり着いてしまう。そのときに、あの人たちから、真実が語られるよりは、私たちがユウキに話したほうが・・・」

「ありがとう。母さん。俺は、母さんと父さんの子供で、よかったよ」

「ユウキ。私たちのことを、まだ・・・。母と父と呼んでくれるの?」

「え?もちろんだよ。俺の、俺たちの母さんと父さんだろう?」

「・・・。ありがとう」

 涙を流しながら、自分たちの罪の告白を決めた時から悩んでいた。
 ユウキに真実を告げた時に、今と同じように、”父”や”母”として慕ってくれない。その可能性があると考えるだけで怖かった。

 老夫婦にとって、ユウキたちは特別な存在だ。ユウキたちよりも、先達は存在している。しかし、老夫婦に取っては、ユウキたちは全員がほぼ同じ理由で預けられた。

ユウキと老夫婦は、馬込が住んでいる別荘に移動した。

「白崎さん。本当にいいのですか?」

「えぇ馬込さん。ユウキに、新城さんのことを教えようと思います」

「わかった。ユウキくん」

 ユウキは、老夫婦が座っているソファーの正面の椅子に腰を降ろしている。馬込は、ユウキの右側に座っている。

「はい。何でしょうか?」

 ユウキは、馬込の目をしっかりと見つめながら答えた。
 目上の人だということもあるが、レイヤとヒナが世話になった。ユウキたちが安全な拠点を得られて、後顧の憂いなく戦いを行うのは、馬込がしっかりとバックアップをしてくれているからだ。

「ユウキくん。白崎さんたちには、一切の非はない。全て、私が頼んだことだ」

「馬込さん!それは、違います。私が、私たちが・・・」

「白崎さん。いいのです」

 片手を上げて、腰を浮かし始めた老夫婦を制して、馬込はまっすぐに向けられているユウキの目を見返す。
 老婦人は、馬込の覚悟を悟って、椅子に座った。

「ユウキ。これから、馬込さんが話される事は、私たちが考える真実だ・・・。だから」

「父さん。大丈夫だ。俺もわかっている。真実は、見ている方向で変わってくる、そして見たことでしか真実は語れない」

「・・・」

 老紳士は、ユウキの肩に手を置いて、ユウキを引き寄せて抱きしめた。子供が、”真実”に冷めた考えを持っているのが、たまらなく寂しく、そしてユウキならわかってくれると考えていた自分たちが浅ましく思えてしまった。

 馬込は、老紳士がユウキを抱きしめるのを見ていた。どれだけ子どもたちを大事に思っていたのか知っていた。自分が、ユウキたちを白崎たちに預けたのは間違っていなかったと心の底から思った。

「ユウキくん」

 椅子に座り直したユウキに、馬込が声をかける。

 馬込は、テーブルに置かれた緑茶で喉を湿らせてから、”真実”を語りだした。

 ユウキの母親が犯した罪と、その概要。
 そして、母親を死に追いやった者たち。ユウキが理解していた話だけではなく、老夫婦の犯した過ち。

「ユウキ」

「父さん。母さん。ありがとう」

「え?」「・・・」

「俺は、いや、俺たちは、父さんと母さんの子供でよかった」

「ユウキ?」

「母や血縁上の父の罪まで、父さんと母さんが被る必要は無いのに、俺たちを・・・。俺を育ててくれた・・・。だから、ありがとう。母の罪は俺が背負う。だから、父さんと母さんは、安心してくれ!馬込先生。ありがとうございます」

「ユウキくん。この話は、私たちの真実だ」

「はい。わかっています。やはり、遺伝子的な父が・・・」

「そうだ。元凶は、君の父であり、弥生くんの父である男だ」

「・・・。やはり、俺と弥生は異母兄妹だったのですね。それでは、弥生の母は?」

「自殺した。いや、自殺したことになっている」

「そうですか・・・。調べることはできますか?」

「死亡の記事は出ている」

 微妙な言い方だが、ユウキには十分な情報だ。”復讐”のターゲットが一つになっただけだ。

「もうひとつだけ教えて下さい」

 ユウキは、馬込をまっすぐに見据える。

「なんだね?」

「母の両親は、健在なのでしょうか?」

「・・・」

「馬込さん。新城さんたちのことは・・・」

「そうだな」

「ユウキ。あの子の両親は、事故で死んでいる。それこそ、私たちが出会ったころに、あの子は独りになった。その寂しさに・・・。あの人は・・・」

「わかりました。祖父母の事故は?」

「わからない。当時は、事故と事件で調べられたが・・・」

「そうですか・・・。あの男が関係しているということは?」

「・・・。わからない」

 老夫婦は辛そうな表情をするが、実際に”事故”として処理されている。
 老婦人が使っている”あの人”という言葉は、自分たちの罪の意識に起因している。

 老婦人に気を使いながら、ユウキは狩人のように、母親を殺した者たちに狙いを定めた。弥生の母親の敵でもある。狩人(ユウキ)が狙う獲物は巨大な組織を持っている。表の顔と、裏の顔を持つ、地元の名士でもある。

 安部井(あべい)家、ユウキ(狩人)が狙いを定めた家の性。そして、現当主”恒二”がユウキの最終的なターゲットだ。前座として、ヒナやレイヤに協力して、恒二の手足を奪う。

「ユウキ?」

「父さん。母さん。大丈夫。俺は、奴らと同じ土俵には上がらない。俺たち流のやり方で対処する」

「・・・」

「まずは、姉さんや兄さんたちだ!」