梅雨の切れ間を喜ぶようにグラウンドでは野球部が校庭のとんぼかけをしていて、廊下には掛け声が響いている。いつも通りの光景、いつもと変わらない登校時間だ。

 吹奏楽部の音出し練習を聞きながら階段を上っていると、不意に上の踊り場から佐々木さんの横顔が見えた。なんとなく足を止めると、彼女が口にした名前に心臓の鼓動が激しく変わった。

「日野くん、これ、マフィン作って来たんだ。前に美味しいって言ってくれたから、嬉しくて……受け取ってくれない?」

 佐々木さんは遠目からでもわかる綺麗な唇に弧を描いた。その手にはマフィンが添えられ、否応なしに今彼女が日野くんにマフィンを渡そうとしている場なのだと理解ができた。