二章

 本日は桜子と高道の結婚式の日だ。
 めでたい日に相応しい、綺麗な青い空が広がっている。
 柚子は朝早くから支度に大忙しだ。
 朝食を食べる暇もなく雪乃や他の女性の使用人たちにより、着付けにメイクにと慌ただしく動き回っているのを、猫たちや龍が様子を見ていた。
『おなごというのは、どの時代も身支度する時は恐ろしく力を入れるのだな』
 しみじみと呟く龍はいったい誰と比較をしているのか。
『対して変わらぬだろうに』
 その瞬間、雪乃たち女性陣が鋭い目つきで龍を睨んだ。
 きっとここにいる全員を敵に回したことだろう。
「文句言うなら連れて行くの止めようかな」
「ええ、ええ。それがよろしいと思いますよ、柚子様」
 にっこりと微笑む雪乃に、他の使用人たちも怒りを含ませた笑顔で頷いた。
『なんと! それは困る』
「じゃあ、文句言わずに大人しくしてて!」
『別に我は文句を言っているわけではないぞ。そうやってわざわざ自分を飾り付けるおなごの思考が分からぬだけだ』
「それを文句を言ってるって言うの。自分は裸のくせに」
 龍はゆっくりと自分の姿に目を落とし、しばしの沈黙の後恥ずかしそうに怒りだした。
『我はありのままの姿が美しいのだぞ! 見よ、この輝く美しい我が姿を。その様に服を着るなど邪道だ!』
「ふーん。じゃあ、これはいらないかったみたいね」
『なんだ?』
 柚子の手にあるのは、花飾りにチェーンが繋がったものだ。
「せっかくの結婚式だから、あなたにも飾りが必要かなと思って作ったんだけど……」
 めでたい日に合うように紅白の生地で作ったつまみ細工の花。それを複数使って、龍の首周りに合うように作った首飾りだ。
 ここ数日をかけて、柚子がコツコツと手作りしたものだ。
 我ながら上手くできたと思う、自信のある一品である。
「飾りなんて女がする無駄な物みたいだし、これは分解して再利用しようかな」
 そう言うと、龍は慌てたように柚子の元にやって来た。
『いや、うむ、その、結婚というめでたい日だからな、多少着飾るのも必要なことだろう』
 分かりやすい手のひら返しに、柚子はくすくすと笑う。
『結婚式に出席するなら、我もそれなりに身なりを整える必要があると思うのだ、うん』
 そして、期待に満ちた眼差しで柚子を見る。
 そんなキラキラとした眼差しで見られて意地悪もできず、仕方なしに柚子はお手製の首飾りを龍の首に付けてやった。
 すると、龍は鏡の前に近付き、まるでモデルのようにポーズを取り始めた。
『むふふふ。悪くないな』
 どうやら気に入ってくれたようで、柚子も頬を緩ませる。
 そして、残りの準備をし終わると、子鬼がゆっくりと戸を開けて入ってきた。
 ふたりはいつもの甚平ではなく、結婚式に出席するのに相応しい羽織袴を着用している。
 さすがに使役獣である子鬼たちの服装まで文句を言う者はいないだろうが、せっかくだからと、高校の時に散々子鬼たちの服をお世話してくれた、当時の手芸部部長に連絡を取って作ってもらったのだ。
 わざわざ作ってもらうなど申し訳なかったが、元手芸部部長は狂喜乱舞する勢いで承諾してくれ、ふたり分の着物を作ってくれた。
 完成品を持ってきてくれた時、若干目の下にクマがあったように思うが、本人はとても満足そうにしていたので問題はないだろう。
 おかげで、子鬼たちも大喜びである。
「あーい」
「あいあーい」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねる子鬼たちに手を伸ばせば、手のひらの上に乗ってくる。
「子鬼ちゃんたちも準備はできた?」
「あい!」
「あい!」
 柚子に着物を見せるように手のひらの上でくるりと回ってみせた。
 それを柚子は写真に収めて、元手芸部部長に送った。
 すぐに既読がついたので、きっと今頃家で喜びの悲鳴を上げていることだろう。
 騒ぎすぎて近所迷惑にならないかが心配である。