予期せぬ大金を手にしてしまった柚子は、困り果てて屋敷に帰ってすぐに玲夜に相談した。
「玲夜、この間の宝くじなんだけど……」
「当たったのか?」
 柚子の表情を見てそう判断した玲夜は、少しも驚いていない。
「驚かないの?」
「柚子のように疑っていないからな。龍の力が本物だということは、あやかしなら誰でも分かる。まとう霊力が桁違いだからな」
「そうなんだ」
 それは、人間である柚子にはまったく分からない感覚だ。
「そもそも、これまでずっと一龍斎の権力を護っていた存在だ。本人がやる気なら宝くじぐらい当てるだろう」
 と、玲夜はなんともドライな反応だ。
「このお金どうしたらいい?」
「柚子の好きに使ったらいい」
 玲夜から返ってきた言葉は予想通りのもの。
「玲夜ならそう言うと思ったけど、十億だよ!? 無理、こんな大金持ってるの恐い!」
「別に現金で持っているわけではないだろう。銀行に入れて、必要な時に取り出したらいい。柚子は俺からもらうことに遠慮があるようだから、必要な時に俺に相談せずに使える資金があった方がいいと前々から思っていたんだ。俺としては気にせず頼ってもらいたかったから様子を見ていたが、いつまで経っても柚子は気になるみたいだからな」
「すみません」
 玲夜は残念という表情をしていて、そのことが申し訳なかったが、庶民的な気質はそう簡単に治らない。
 こういう遠慮もよくないのではと思いつつも、なんの働きもしていない柚子はもらうことに忌避感がどうしてもあった。
 以前はしていたバイトも、止められたままで再開の様子はない。
 それとなく玲夜にねだってみるが、一龍斎の問題で今は忙しいから柚子に構っていられないと、なんだかんだでなあなあにされている。
「柚子らしいからそれもいい。だが、金のことに関してはちょうどいい機会だ。柚子の口座を作って入れておくように高道に言っておく」
 こちらで換金しておくから渡してくれと言うので、なんの迷いもなく玲夜に宝くじを渡す。
「それでも十億は多すぎるよ。しかも龍の加護のおかげとか、なんだかズルしたみたいで気が引けて……」
 自分で確認のためだと買っておきながら、いざ当たるとその金額の大きさに腰が引けてしまう。
 本気で困っている柚子を見て、玲夜は愉快そうに口角を上げる。
「柚子は小心者だな」
「だって、億だよ、億!」
 普通の感覚を持つ者なら嬉しいを通り越して恐いと感じてもおかしくない。
 ましてや柚子は二十歳になって間もない。
 やっとお酒が飲める様になった年齢だ。
「それならばその金を使って、これまで柚子を大事にしてくれた人に孝行でもしたらどうだ?」
「大事にしてくれた……?」
 すぐに柚子の頭に浮かんだのは、祖父母の顔である。
 両親の愛情から恵まれなかった柚子に、最大限の愛情を注いでくれた人たち。
 玲夜と同じぐらい大切な、柚子に残された家族と思えるふたりだ。
 祖父母孝行のためなら、柚子もお金を出し惜しみなどしない。
「そっか、おじいちゃんとおばあちゃんに……」
 柚子は玲夜の顔を見上げてぱあっと明るい笑顔を見せる。
「玲夜天才!」
 玲夜は、そんな柚子を見て、優しい表情浮かべ頭を撫でた。
「喜ぶのはいいが、だからと言って現金で渡さないようにな」
「えっ? 駄目?」
 現金で半分ぐらいどーんと渡す気でいた。
「さすがにそれは腰を抜かす。心臓でも止まったらどうする」
「縁起でもない。でも、確かに驚くかも……」
 突然柚子から現生で五億を持ってきたら、普通は驚く。
 年寄りの心臓によくないのは明白だ。
「ならどうやって渡そうかな」
 素直に大金が入ったからと欲しいものを聞いても、柚子に遠慮して本音は話してくれないだろう。
 それなら、どうしたら本音が聞けるのかと考えに考えた結果思いついたのは……。
「宝くじが当たった話はせずに、もし宝くじが当たったらなにが欲しいかって聞いてみようかな」
 そうすれば、まさか本当に当たっているとは思わず、素直に欲しいものが聞けるかもしれない。
 案外いいアイデアではないかと自画自賛して、後日祖父母の家に行って聞いてみようと決めた。
 ちなみに、当選した宝くじは、翌日には十桁の数字が書かれた通帳となって柚子の手元に返ってきたのだった。