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そんな楽しいデートから数日後、柚子は透子に会いに、透子が暮らす猫田東吉の家を訪れていた。
透子を花嫁に選んだ東吉は、この日家にいなかったので透子とふたりきりだ。
ふたりきりとは言っても、玲夜とのデートにはついて来ていなかった子鬼たちも一緒にいる。
そこには当然のように龍もいて、隣でお茶をすすっていた。
「柚子、若様とのデートどうだったの?」
「楽しかったよ。パンケーキのお店に行ったりして」
そうすると、なぜか透子が笑い出した。
「あははっ、若様とパンケーキの組み合わせ似合わないわぁ」
「そんなに笑わなくても……。普通のデートで私は楽しかったけどなぁ」
玲夜と出かけると、どうしても柚子の身の丈に合わない玲夜仕様の内容となってしまうので、普通のデートというのが逆に新鮮で楽しかった。
「透子はにゃん吉君とどんな所でデートしてるの?」
「当然、私が行きたい所に行くわよ」
「当然なんだ……。まあ、そんな気はしてた……」
東吉の苦労が偲ばれる。
完全に尻に敷かれているようだ。
まあ、普段のふたりを見ていれば分かることではある。
「柚子はもっと自己主張した方がいいわよ~」
「ちゃんとしてるよ。……できるようになったって言う方が正しいかもしれないけど」
以前、一龍斎との問題が起こった時、玲夜は柚子を心配させまいとなにも話そうとはしなかった。
そんな玲夜との距離感に思い詰めた柚子が家を出ていくとまで言って怒りを爆発させたのだが、それによりお互いに言いたいことを言うことができた。
そして、その後のプロポーズ。
左手の指に光る玲夜の瞳のように紅い指輪と共に、桜の木の下で誓った想いが、ふたりの心の距離を縮めたのだ。
それからは、柚子もなんとなく玲夜との間にあった、遠慮という見えない壁が取れたように、以前に比べると言いたいことを言えるようになったように思う。
そして、そのことがさらにふたりの結びつきを強くしていっているようにも感じている。
「仲がいいのはいいことだわね。一時はどうなるかと思ったけど」
透子は例の一龍斎の時のことを言っているのだとすぐに分かった。
「その節はお世話になりました」
うじうじと悲嘆に暮れる柚子の背中を引っ叩き、無理やり玲夜と向かい合わせたのは透子だった。
きっと透子がいなければ、玲夜との仲は壊れていたかもしれない。
そう考えると、透子には頭が上がらない。
「もう、ああいうのはごめんよ。若様むっちゃ恐いし」
「たしかに怒らせたら駄目な人ではあるけど、玲夜はけっこう透子のこと好きだと思うけどな」
「あら嫌だ、にゃん吉と取り合われちゃうのかしら」
恥ずかしそうに頬に手を添える透子に、柚子はじとっとした眼差しを向ける。
「そういう意味じゃないから……」
「分かってるわよ。まあ、若様には色々と融通してるからね」
「融通? なにを?」
「そりゃあ、柚子の隠し撮り写真とか、若様と会う前のあれやこれやを」
「なにそれ! 変な物渡したり話したりしてないよね!?」
「さあ、それはどうかしら」
「透子ぉ~」
半目で怒りを膨らませる柚子にも、透子は動じない。
「玲夜に変なの渡してたら、にゃん吉君にだって色々と透子の恥ずかしいこと暴露してやるんだからね」
「おほほほ、私とにゃん吉の間に隠し事はないわよ~。柚子と違って猫被ってないし」
「私だって被ってないわよ」
「どうかしらねぇ」
「そんなこと言って、にゃん吉君に会う前に付き合ってた、中学の時の元彼の話していいのね?」
そう言うと、それまで柚子の反応を楽しんでいた透子が顔色を変えた。
「いや、柚子! それはマズイから!」
「ほら、駄目なことあるじゃない。なんなら、その元彼のこと話してもいいんだからね」
「そんなことしたら、こっちだって柚子が中学の時に付き合ってた彼氏とのファーストキスの話を若様に言うわよ」
「…………」
「…………」
互いに無言になるふたり。
「止めよう。これ以上はとてつもなく嫌な予感がする」
「まったくだわ。危うく藪から蛇が出てくるところだった」
ふたり共、ここに玲夜と東吉がいなくてよかったと思いながらお茶を飲み、気を取り直す。
そして話し出したのはまったく関係のないこと。
「そう言えば、この前宝くじ買ったって言ってなかった?」
「うん。買ったよ」
「当たったの?」
「まだ見てないや」
柚子が買ったのは毎週抽選が行われる宝くじで。
一等が当たらなければ翌週にキャリーオーバーされる。
柚子が買った時はキャリーオーバーが何度も発生していて、当選金額が爆上がりしていた時だった。
すでに抽選は終わっているので、当選番号が発表されているはず。
「ちょっと見てみてよ。加護ってのがどんなもんか気になるし」
「世の中そう上手くいかないと思うけどなぁ」
透子に促されて宝くじを取り出す。
柚子は完全に信用していない。
透子もどちらかというとその状況を楽しんでいるだけのよう。
しかし、そこで口を挟むのは、加護の力を疑われている龍である。
『そなたら、本当に我を信じておらぬな! 絶対のぜーったいに我の加護は凄いのだぞ! 断言する。その宝くじは当たっている』
柚子と透子が浮かべる笑みは完全に信じていない顔だ。
柚子はスマホで当選番号を検索すると、画面に番号が表示された。
それをひとつひとつ確認していくにつれ、柚子の表情が変わっていく。
「えっ?」
驚いた顔をする柚子に、透子は不思議がる。
「柚子?」
「いや、ちょっと待って……」
真剣な顔で、何度も何度も穴が開くほどスマホの画面と宝くじを交互に見ている柚子に、透子の口元も引き攣ってくる。
「えっ、ちょっとやだ、柚子。冗談よね?」
「あ、当たってるかも……」
「嘘でしょう!?」
柚子から奪うように宝くじをひったくり、画面の数字と示し合わせていく。
「やだ、本当に当たってる。柚子、当選金額は?」
「ちょっと待って。えっと、一、十、百……じゅう、おく……」
「十億!?」
ふたりは顔を見合わせて乾いた笑い声を上げる。
「は、はは……。偶然、じゃないよね。こんなの」
「加護は本当だったってこと?」
柚子と透子が信じられない思いで龍へと視線を向ければ。
『どうだ、見たか我の真なる力を!』
したり顔でふんぞり返る龍がいた。
「透子、どうしよう、これ!?」
「私に聞かないでよ。柚子のでしょうが」
「私こんな大金持ってても恐い!」
「だからって、当たったものはどうすることもできないでしょう」
柚子は頭を抱えて悩んだ結果……。
「よし、玲夜に渡そう」
「あ、現実から目を背けたわね」
「だって、こんな大金どうしたらいいかわかんないし。それに学費とか今までお世話になった分ということで」
「若様が受け取るかしら?」
「うーん……」
玲夜のことだ。自分のものを柚子のものとしても、柚子のものを自分のものにはしないと予想される。
「まあ、使い道は若様に相談すればいいじゃない」
「そうする」
柚子ひとりでこんな大金をどうしていいかなど判断ができない。
玲夜を頼るのが賢明だろう。
それにしてもだ。
「やっぱり加護は本物ってことなのかな?」
『だから、ずっと我がそう言っておるではないか!』
まだ疑うのかと、龍は目をくわっと見開く。
「まあまあ。柚子だってこれで信じたんじゃない? ねぇ、柚子?」
透子は荒ぶる龍を、どうどうと落ち着かせる。
「うん。というか信じざるを得ないと言うか……」
実際に富を得たわけなのだから、信じなくては龍がかわいそうだろう。
たまたまだなんて言うほど、自分の運がいいわけではないことは分かっている柚子は、龍の加護というのを初めて実感したのだった。