注文したパンケーキがテーブルに並べられ、柚子の目が輝く。
 とりあえずスマホで写真を撮ってから、一口口にすると、ほどよい甘さが口に広がる。
「美味しい~」
『我もくれ』
 それまで静かに柚子の腕に巻き付いていた龍が、パンケーキを前に辛抱たまらんとばかりにテーブルの上に移動して大きく口を開ける。
 龍なのに食事をするのかと最初は疑問に思ったが、よく考えれば同じ霊獣であるまろとみるくは毎日ご飯を食べている。
 同じ霊獣、おかしなことはないだろう。
 チョコがたっぷりかかった所を龍の口に入る大きさに切って持っていくと、がぶりと食らいついた。
『美味ぃ~』
「でしょう。バナナも食べる?」
『食べる!』
 バナナも口に入れてやれば、龍は恍惚とした顔で尻尾をうねらせている。
 まろとみるくがいれば確実に猫パンチが飛んでくるだろう。
 それを面白そうに見ていると、不意に柚子の目の前にパンケーキが。
 視線を向けると、玲夜がいちごの乗ったパンケーキを柚子に差し出している姿が目に入った。
「ほら、柚子。口を開けろ」
「えっ、えっ」
 これは食べさせてくれようとしているのだと分かったが、こんな人前であーんをしろというのかと柚子は動揺する。
 しかも、玲夜がいることで、チラチラと周囲から見られているというのに。
 なんという羞恥プレイ。
 しかし、玲夜はそんなこと気にするでもなく、急かすように差し出してくる。
 玲夜が引く様子はなく、柚子は周りを気にしながらも仕方なく口を開けた。
 もぐもぐと食べる柚子の姿に満足そうな玲夜は、視線をどこかに向ける。
 どこを見ているのかと視線の先を追えば、恋人らしき男女が、パンケーキの食べさせ合いっこをしていたのである。
 柚子は納得した。
 どうやら玲夜はあれを見て、同じことをしたくなったようだ。
 と言うことは、次に待っているのは……。
 玲夜に視線を戻せば、玲夜が期待に満ちた眼差しで待っている。
 これを無視し続ける強さは持っていなかった。
「れ、玲夜、食べる?」
「ああ」
「じゃあ、はい」
 どこぞのバカップルと同じように、口を開けた玲夜に食べさせる。
「甘いな」
「チョコだもん」
 文句らしきものを言いつつもどこか嬉しそうにされれば、柚子はなにも言えなくなってしまう。
 パンケーキを食べ終えて店を出た柚子たちは、特に目的もなくぶらぶらと歩く。
 ただ普通に腕を組んで歩いているだけだが、そんなことすらこれまでしていなかった。
 特にここ最近は一龍斎の問題で、玲夜は忙しくしており、休みもなかなか取れていなかったのだ。
 なので、ふたりで歩くこの時間が、柚子はどうしようもなく嬉しくて仕方がない。
 なので、時間はあっという間に過ぎ去り。
「そろそろ、帰るか」
「えっ」
 気付けば思っていた以上の時間が経っていた。
 残念に思いつつも、いつまでもこうしているわけにはいかないことも分かっている。
 一気にテンションが下がってしまう。
 そんな柚子を見て玲夜は柚子の頭に手を置く。
「また来ればいい」
「……うん」
 そのまたというのがいつになるか、それは考えないことにした。
 考えてしまうとより一層落ち込んでしまいそうになるから……。
 仕方なく待たせている車のいる方向へと足を向ける柚子にある店が目に止まる。
 宝くじ売り場だ。
「あっ」
 思わず足を止めた柚子につられ、玲夜も足を止める。
「どうした、柚子?」
「あれ」
「宝くじ売り場?」
 大きく書かれたキャリーオーバー発生中という文字が目に入ってくる。
「最後にあそこ寄っていっていい?」
「宝くじを買うのか?」
「うん。当たるかなと思って」
「そんなものに頼らなくても、欲しいものなら俺が用意するが?」
 玲夜には、わざわざ宝くじで当選金を狙う理由が分からないようだ。
 それもそうだろう。
 お金に困ったことがないだろう玲夜に、一般人が一度は見る一攫千金の夢を宝くじに託す必要はない。
 けれど、柚子もお金が欲しくて買うわけではなかった。
「そういうんじゃなくて、なんていうのかな、確認?」
「なんの確認だ?」
「だって、全然なにかが変わった気がしないんだもん」
 そう言って、柚子は腕に巻き付く龍を見た。
「龍の加護って眉唾物なのかなって」
『なんだと!?』
 聞き捨てならなかった龍は大層おかんむりだ。
『我の加護は本物だぞぉ! 本当に本当なのだからな!』
 本当だと連呼するほど疑わしく感じてしまう。
「でも、加護してもらう前となんにも変わった気がしないし……」
『それはすでに柚子が加護が必要ないほど幸せということだ。決して、決して我の力が嘘っぱちなわけではないのだぁ!』
 憤慨する龍の頭をぽんぽんと撫でて落ち着かせる。 
「龍の加護は富を与えたりもするんでしょう? それならって、前に透子が、宝くじでも買ってみたら加護されてるか分かるんじゃない? って言ってたから、試しに買ってみようかなぁと」
『よし、ならば我が力をとくと見せてくれようぞ! いざ行かん!』
 鼻息荒く龍の後に付いて、宝くじ売り場へ行く。
 そこで買ったのは、宝くじが一枚だけ。
 これで本当に当たったらすごいが……。
「玲夜、当たると思う?」
「本人次第だろう」
 玲夜はあまり興味がないらしく素っ気ない。
 当たろうが、当たるまいがどうでもいいようだ。
 たとえ当たったとしても玲夜にとったらお小遣い程度のものなのだから。
 当てる気満々で燃えている龍とは温度差が激しい。
 半信半疑のまま、柚子は家路についた。