病院の外に出れば玲夜が車で待ってくれていた。
「大丈夫だったか?」
「うん。元気だった。今度は玲夜と遊びに来てって」
「そうだな。退院したらな」
「うん」
 そうして柚子は玲夜と共に屋敷へと帰った。
 玄関を入ればたくさんの使用人が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。玲夜様、柚子様」
「ただいま戻りました」
「道空、頼んであったものはどうした?」
「はい。ご命令通り、整いましてございます」
「そうか」
 なにやら満足そうな玲夜を置いて、柚子は荷物を置くために自分の部屋へ向かった。
 その後を子鬼を乗せたまろとみるくがついてくる。
 そして、部屋に入った柚子はすぐに違和感に気が付いた。
「あれ、ベッドがない……」
 昨日にはあったはずのベッドがスッキリさっぱりなくなっている。
「えっ、なんで?」
 あるはずないと思いつつ、クローゼットや窓の外など確認するがやはりない。
 これはいったいどうしたことなのか。
 柚子は隣にある玲夜の部屋へと行く。
「玲夜、入っていい?」
 するとすぐに扉が開いた。
「どうした?」
 すでに部屋着にしている和服に着替えていた玲夜が顔を出す。
「なんでか部屋のベッドがなくなってるの。玲夜なにか知らない? 雪乃さんに確認した方がいいかな?」
「柚子、もう忘れたのか?」
「え?」
 玲夜はどこか呆れているようにも見える。
「今朝話していただろう? 寝室を一緒にするって」
「…………。へっ!?」
 しばらくの沈黙の後、ようやく思い出した。
 思い出したが、玲夜が言うようにあれは今朝のことだ。
「えっ、もう寝室一緒にしちゃったの?」
「ああ。あの後すぐに連絡して準備させた」
 なんとも手際がいい。驚くべき早さだ。
 驚きのあまり言葉の出ない柚子の手を取り、玲夜は柚子を部屋の中に案内する。
 玲夜の部屋の奥に扉がある。
 いや、こんな扉あったかと不思議に思う柚子を横目に、玲夜はその扉を開いて中に入ると、そこにはシンプルながらもお洒落な寝室となっていた。
 窓際にはふたり寝てもじゅうぶん広い大きなベッドが鎮座していた。
「ここが新しい寝室だ」
「ふえ~」
 きょろきょろ見回していると、もうひとつの扉を発見する。
 その扉を開けば、それは廊下と繋がっていた。
「俺の部屋を通らなくてもそこからすぐに寝室に入れる」
 しかも、その扉には猫用の小さな出入り口がついているではないか。
 これでいつでもまろとみるくが入ってこれる。
 いつもまろとみるくと寝ている柚子のことも考えた設計。至れり尽くせりだ。
「内装が気に入らないなら別のを用意させるが……」
「じゅうぶんです!」
 これ以上のものなど必要ないほどに色々と揃っている上、質もいい。
 触ってみたベッドの弾力加減といったら最高である。
 ふたりの寝室と言っているが、むしろ広くなって以前よりゆったりと眠れそうだった。
「アオーン」
「ニャン」
 早速廊下の猫用出入り口を使ってまろとみるくが入ってきて、新品のベッドの上に上がり込んだ。
 どうやらまろとみるくも気に入ったようで、お腹を見せてゴロンゴロンとしている。
「気に入ったの?」
 うりゃうりゃとまろのお腹を撫でてやれば、くすぐったそうに嫌がり丸くなった。
 そんなまろを見て柚子も隣に寝転んだ。
「はぁ~。気持ちいい」
「柚子も気に入ったようだな」
 玲夜は愛おしそうに微笑みながら柚子の隣に腰を下ろして、柚子の髪を梳く。
「玲夜の行動が早すぎてびっくりなんだけど」
「言質を取ったんだ。気が変わらないうちに行動しておかなければな。後になって嫌だと言われたら困る」
「言わないよ……たぶん」
 心臓がもたないと感じたら撤回するかもしれない。
 それは柚子にも分からないことだ。
 けれど、実際にこうして目の前にすると、どちらかというと嬉しい気持ちの方が勝っているのは柚子自身も驚くべきことだ。
 どこかで、もっとずっと一緒の時間を共有したいと感じていたのかもしれない。
 その時頭を過ったのはサクのこと。
 一緒にいたいと思いながら、たくさんの障害により愛する人と一緒にいることができなくなったサク。
 愛する者を置いて、そばにいることを許されず、その手は永遠に離れてしまった。
 彼女が今の世にまで続く悔恨を残すのは当然だった。
 柚子にもいつそんな困難がやってくるかなど分からない。
 病気になるかもしれない。
 事故に遭うかもしれない。
 永遠でないことは柚子もよく分かっている。
 けれど、できるなら一分一秒でも長く。
 愛するこの人のそばにいたいと願っている。
 柚子はそっと玲夜の手に触れた。
「玲夜」
「なんだ?」
 柚子に答えるこの声は蕩けるように甘く耳に届く。
「ずっとそばにいるから。玲夜はきっと寂しがるから、私が玲夜を看取ってあげる」
 玲夜は驚いたように目を見開いた。
 こんなにも自分を愛してくれる人を残してなどいたくない。
 愛する人の悲しい顔など見たくなどないのだ。
 それならば、自分が最後までそばにいる。
「ああ」
「だから安心してね」
「ああ、約束だ」
「うん、約束」
 ふたりは小指を絡めて願いを込めた約束を交わした。
 きっとくるいつかその日が悲しい別れとならないように。