本家を出た柚子はそのまま透子が入院する病院を目指した。
「透子!」
病院だということも忘れて大きな声を出して部屋に飛び込んだ柚子は、ベッドで上半身を起こして座っていた透子に怒られる。
「柚子、ここ病院!」
「ご、ごめん……」
素直に謝ったものの、柚子の視線は透子に釘付けだ。
「透子、もう大丈夫なの?」
「平気平気、すっかりよくなったわ。最近ずっとしんどかったのに目が覚めたらスッキリしててむしろ体調いいぐらいよ」
それを聞いて心から安堵した。
子鬼たちも嬉しそうである。
「あーい」
「あい!」
「よかった」
透子の首や体にあった黒いもやも消えている。
顔色もよさそうだ。
「心配しすぎよ」
「心配するよ。本当に危険だったんだから」
「そうだぞ」
透子の隣に椅子を置いて座っていた東吉も同意する。
透子が目を覚ましたおかげか、透子よりも顔色悪そうにしていた東吉も今は表情も明るい。
まあ、少し目の下のクマが気になるが、これだけ透子が元気なのですぐに消えてなくなるだろう。
「柚子に感謝しろよ、透子。色々とあったみたいだから」
「そこよ! 私が眠ってる間になにがあったの? 私が倒れたのも関係してるんでしょう?」
「うん。始めから話すね」
そして柚子は、初代花嫁の話から、優生のこと、優生の中にあった記憶の残滓のことを順序立ててゆっくりと話した。
優生のことは透子も他人ごとではない。
そんなことになっているとは思っていなかったふたりは驚いたり怒ったりと忙しなく表情が変わっていく。
「じゃあ、同窓会の時の優生は優生であって優生じゃなかったってこと?」
「そうみたい。目を覚ました優生に聞いたら、同窓会に行ったことすら忘れてたから。それどころか、中学の時に山瀬君との別れ話の原因になったことも覚えてないって」
「つまり、それらの時は優生じゃなくて優生の中にいた奴だったってことなのね?」
「うん」
「それじゃあ、前に私を吹っ飛ばしたのもその中の奴ってことよね?」
「た、たぶん……」
そう言えば透子は以前に優生に振り払われて地面に倒されたことがあったのを思い出す。
「そいつどこ行ったのよ! 許さん。いっぺん張り倒してやる!」
「もう初代の花嫁が祓っちゃったよ」
「こうなったら、代わりに優生を……」
怒りの矛先が優生へと向いた。
これでは龍や子鬼たちと同じである。
「いやいや、優生はまったく覚えてないみたいだから」
「でも、それは優生の前世でもあったんでしょう? なら責任取ってもらわないと」
「やるなら俺もついてくぞ」
などと、東吉もやる気満々。
ふたりして目が据わっている。
「どうどう、落ち着いて。これ以上はちょっと優生がかわいそうだし……」
なにせ朝から……いや、昨夜から災難続きなのだ。
「どういうこと?」
「龍や子鬼ちゃんたちがすでに八つ当たりした後なのよ。優生襖突き破って吹っ飛んでたんだから」
「あーい」
「あいあい」
子鬼たちが、敵は取ってやったとでも言うように、ドヤ顔でピースをしている。
「子鬼ちゃんたちよくやったわ!」
「俺はまだ足りないと思う」
東吉はまだ不服そうだが、最終的には透子が納得したことで東吉も矛を収めた。
優生的には助かったのだろう。
本人はなにも知らないのだから不憫と言えば不憫かもしれない。
けれど、最後の柚子への告白は駄目だ。
確実に玲夜の逆鱗に触れてしまった。
やっと優生への苦手意識がなくなったが、できることなら優生と関わり合いになるのは最小限に抑えた方がよさそうである。
それが優生のためにもなるだろう。
「じゃあ、私はそろそろ行くね。玲夜が下で待ってくれてるから」
「ありがとう、柚子。今度は若様も一緒に来てよ。って言ってもすぐに退院するだろうけど」
「いつ退院するの?」
「検査してもなんともなかったから、医者の許可が出ればすぐにできるわよ」
「そっか、じゃあ退院したら玲夜と家に遊びに行くね」
「手土産よろしく」
こんな時でも食い気を忘れない透子を見て、本当に大丈夫なのだなと実感する。
「了解。退院したらまた教えて」
「オッケー」
バイバイと手を振って柚子は病室を後にした。