寝室を一緒にすることに了承したせいか、朝から玲夜の機嫌がすこぶるいい。
 それにはさすがに千夜と沙良も気が付く。
「朝からご機嫌だねぇ、玲夜君は」
「なにかいいことでもあったの?」
「ええ」
 返事はするもののなにが理由かを話す気はないらしい。
 柚子としても、未来の両親の前で言われるのは居たたまれないので助かった。
 昨夜遅くまでお酒を飲んでいたためか、朝食はなんとも胃に優しい献立で、軽く二日酔いの柚子は料理人に感謝しながら食した。
 全員で食事を食べ、食後のお茶をのんびりと楽しんでいると、屋敷の使用人がそっとやって来た。
「旦那様、お客人がお目覚めです」
「お客? そんなのいたかな?」
「昨夜捨ててこいとご命令になっていたゴミ……お客人です」
「あぁ、そんなのがいたねぇ」
「今ゴミって……」
『柚子、そこは聞かなかったことにするのだ』
 龍の助言を受けて、柚子は聞かなかったことにする。
 この屋敷内での優生の扱いが少し不安になったが、追求はしなかった。
「じゃあ、適当に猫まんまでも与えてから連れて来てくれる~?」
「かしこまりました」
「猫まんま……」
 いや、追求するのは止めようと、首を横に振る。
 そしてしばらくしてから部屋に優生がやって来た。
 状況が分かっていないのか、不安そうにきょろきょろしながら挙動不審気味の優生は、柚子の姿を見つける表情を輝かせた。
「柚子!」
 走り寄ってきた優生に、わずかな警戒心が湧くが、優生が柚子に辿り着く前に子鬼たちのドロップキックが優生のボディにめり込んだ。
「やー!」
「あいー!」
「ごふっ……」
 さらには龍がその尾で足払いをかけて優生を転ばせる。
「いてっ!」
 すねをしこたま床に打ち付けて悶える優生を前に、子鬼と龍がハイタッチをして喜び合っている。
 なんとも複雑な気持ちになりながら、これまでのことがあるので子鬼たちを怒るに怒れず、代わりに優生に声をかけた。
「えっと、優生大丈夫?」
「あぁ、柚子。なにがどうなってるのか。俺はどうしてこんな所にいるんだ?」
「えっ、なにも覚えてないの?」
「いや……確か夜に柚子に呼び出されたところまでは覚えてるんだ。けれどそこから記憶が曖昧で……」
 これはどうしたことかと玲夜を見るが、玲夜も分からない様子。
『うーむ。過去の怨念に乗っ取られておったようなものだから、その間の記憶が欠けておるのやもしれんな』
「じゃあ、昨日のあれこれや、同窓会でのあれこれも忘れてる?」
「えっ、同窓会? そんなのあったっけ?」
 困惑した表情は嘘を言っているようには思えない。
 まさか同窓会があったことすら忘れているとは予想外である。
「優生、中学の時に私と付き合ってた山瀬君を脅したのも忘れてる?」
「へ? 山瀬? 脅すって、俺そんなことしてないよ!」
 優生は慌てたように手を振って否定する。
「これは……どうしよう?」
 さすがにここまで色々忘れている優生に、どうしたものかと頭を悩ませる。
 すると、ニコニコと笑みを浮かべた千夜がポンと優生の肩を叩く。
「僕が説明しよう! 実は君には君を妬んだ女の生き霊が憑いていて、時折君の体を借りて悪さをしていたんだ。今回もその女の生き霊が悪さをした結果なんだよぉ」
「そんなのをだれが信じるんですか」
 呆れたような顔をしている玲夜に反し、優生はショックを受けた顔をした。
「そんな! まさか俺に生き霊が!?」
「えっ、信じた」
 これには柚子もびっくりというか、大丈夫かこいつは、という目で全員優生を見ている。
「けれど大丈夫だよ~。生き霊は僕たちで封じ込めたからねぇ。もう君は自由だ!」
「ありがとうございます!」
 千夜の嘘を本気と信じ込み、命の恩人を見るかのようなキラキラとした目で千夜にお礼を言う優生に柚子は、彼はこんなにアホだったかと首を傾げる。
 いや、そもそも優生を苦手としていた柚子はあまり優生と関わらないようにしていたのでそれほど彼の性格を知っているわけではないのだが。
 それに、優生の中にいた男が祓われたせいだろうか、今優生のそばにいてもあの苦手としていた嫌な感じがしなかった。
 きっと綺麗さっぱりいなくなったのだろう。
 なので、ここにいるのはただの優生だということになる。
 今の彼ならば、はとことして関係を続けていくことができるかもしれないと柚子は密かに嬉しく感じた。
 なにせ優生は祖母のお気に入りなのだから、良好な関係を築いていけるに越したことはないのだ。
「お礼には及ばないよぉ。君は未来の娘の柚子ちゃんのはとこ君なんだからねぇ」
「えっ、未来の娘?」
 とたんに優生の顔が固まった。
「そうだよぉ。僕の息子と柚子ちゃんは大学を卒業したら結婚するんだもんね~」
 優生は柚子を見つめ、そして隣にいる玲夜に視線を向けた。
「ゆ、柚子……」
 優生は勢いよく柚子に近付いてくると、その手をぎゅっと握りしめた。
 その瞬間玲夜の眼差しが鋭くなる。
 視線だけで優生を射殺しそうなほどだが、柚子にしか視線がいっていない優生は気付いていない。
「柚子、君が家族のことでつらい思いをしていたのは知ってるよ。だからってあやかしの花嫁になるなんて、そんなヤケを起こさなくてもいいんだ。必要なら俺がそばにいる。結婚しよおおぅ……ぐべっ」
 最後まで言い終わる前に、玲夜により柚子を握りしめていた手をはたき落とされ、子鬼が火の玉をぶつけて襖を突き破って吹っ飛んでいった。
「ゆ、優生!?」
 慌てて様子を見に行けば、一応生きてはいるが目を回している。
「殺すか」
 地を這うような低い声が響く。
 優生を見下ろす玲夜の眼差しは殺る者の目だ。
「ここなら本家の中だから証拠隠滅して完全犯罪も可能だよーん」
「千夜様、玲夜をあおらないでください! 駄目だからね、玲夜」
「……冗談だ」
 とても冗談を言っているようには見えない上、残念そうに舌打ちをしている。
 しかし、なんとか玲夜を引き離し、優生の安全を確保した。
 気絶した優生は再び使用人によって、ゴミ扱いで物置部屋に放り込まれたとか。
 目が覚めたら後ほど家に送っていくと千夜に言われて、くれぐれもお願いしますと念を押しておいた。
 念のためちゃんと家に帰ったか後で確認しておこうと、柚子は心に留め置いた。