本家の屋敷に帰ってくると、沙良の笑顔で出迎えられた。
「お疲れ様」
「本当に疲れたよぉ~」
千夜は甘えるように沙良に抱き付いた。
沙良は笑みを浮かべたまま千夜を受け入れ、よしよしと頭を撫でている。
仲のいいふたりを見て、柚子もようやく気が抜けた気がした。
「あらあら、大変だったみたいね~。でも、その様子だと上手くいったみたいでよかったわ」
「予定通りいったよ。おかげでお腹ペコペコだよ」
「軽食の準備はしておいたから皆で食べましょう。あっ、そうそう、柚子ちゃん」
「はい」
「さっき連絡があって、お友達の透子ちゃん、さっき目が覚めたみたいよ」
「本当ですか!?」
「ええ。明日にでもお見舞いに行ってくるといいわ」
「そうします」
透子の目が覚めた。
その報告は柚子をなにより喜ばせた。
優生の中にあった男の思念が祓われたことで、透子にあった黒いもやも共に消えていったのだろう。
本当によかったと安堵すると共に、サクへの感謝の思いが浮かんでくる。
本当は今すぐにでも様子を見に行きたいところだが、今はもう夜中で、お見舞いに行くような時間ではない。
はやる気持ちを押し殺し、今は喜びだけを噛みしめることにした。
「さあさあ、柚子ちゃんも上がってちょうだい」
「はい」
「あーい!」
「あいあい!」
子鬼の声に振り返ると、子鬼がここまで運んできた……引きずってきた優生の上で飛び跳ねていた。
「あっ」
優生の存在を思い出した柚子は、ここまでして起きない優生に本当に大丈夫かと心配になってくる。
そんな優生をわざわざ踏みつけて、まろとみるくも部屋の中に入っていく。
別に踏みつけずとも入っていけるだろうに。
なんとも皆の優生への扱いがひどい。
いや、確かにあれだけ迷惑を被ったのだから全員の苛立ちは柚子もよく分かるのだが、あれはあくまで優生の中で眠っていた前世の残りカス……ストーカー男の粘着質な記憶がそうさせただけであって、優生自身の意思で動いたわけではないのだが、問題の男はサクによって祓われた。
その恨み辛みが優生に向かっているのかもしれない。
簡単に言うと、八つ当たりである。
玲夜も助ける様子はなく、千夜も屋敷の使用人に「どっか空いてる物置部屋にでも捨てといて~」などと言っていて、なにげに千夜が一番ひどい。ゴミ扱いである。
しかし、柚子もそれを庇おうとしないのだから、柚子も同類かもしれない。
ここまでの道のりで薄汚れた優生が、使用人たちによって再び引きずられていくのをなんとも言えない気持ちで見送った。
「柚子、行くぞ」
「はーい」
優生のことは頭の隅に追いやり、柚子は玲夜の後に付いていく。
そこからはお祝いだと言わんばかりのどんちゃん騒ぎが起こり、柚子も千夜と沙良にお酒を勧められしこたま飲まされることとなった。
そして気が付いたら、朝になっていた。
しかもなぜか玲夜に抱き込まれている。
「なぜに?」
起き上がろうにも、身動きをする度にぎゅうぎゅうと抱きしめる玲夜の腕に力が入り、柚子はがっしりと捕獲される。
気分はコアラに抱き付かれている木の気分だ。
「玲夜?」
呼びかけるも玲夜は起きず、その寝顔をまじまじと見つめた。
なんとまあ、綺麗な寝顔である。
さすがあやかしの中で最も美しいと言われる鬼。
美人は三日で飽きると言うが、玲夜の場合は三日経とうが三年経とうが飽きるどころか毎日見ていても見蕩れてしまう。
と言うか、玲夜の寝顔を見たのは初めてかもしれないと柚子は気付いた。
なにせ、結婚の約束をして、なおかつひとつ屋根の下に住んでいるというのに、寝る部屋は未だに別々なのである。
結婚したら寝室は一緒になるのだろうか。
そうしたら毎日玲夜と一緒に寝ることになる。
耐えられるか……?
いや、色んな意味で耐えられないかもしれない。
「透子はどうしてるんだろ?」
一応別々に個人の部屋はあるようだが、一緒に寝ているのかまでは柚子も知らない。
「なにがだ?」
「寝室はどうしてるのかなって……」
答えてからようやく返事があったことに気付いて玲夜を見ると、ぱっちりと目を開けて間近で柚子を見ていた。
とたんに顔に熱が集まる。
「お、起きてたの?」
「今起きた。それで、寝室がどうした?」
「いえ、なんでもないです……」
視線をそらした柚子に玲夜は目を細めて、柚子の顔を自分の方へ向かせる。
「言ってみろ」
藪から蛇が出てきそうな気がして言いづらいのだが……。
「なんでも話し合うんじゃなかったのか?」
そう言われては柚子も弱い。
なにせ自分が言いだしっぺなのだから。
「うぅ……。別にたいしたことじゃないけど、なんで玲夜と一緒に寝てるのかなって」
「昨日酒に酔っぱらって、寝たまま俺に抱き付いて離れなかったからそのまま一緒に寝たんだ」
「そ、それはご迷惑おかけしました……」
まさか自分のせいとは思うまい。
「で? その続きはなんだ?」
「いや、玲夜と一緒に寝たのは初めてだなぁと思って。結婚したら寝室とかどうするのかなぁと」
「当然一緒にするに決まってるだろ。俺は今すぐにでも問題ない」
「えっと、それは……」
「俺と一緒は嫌なのか?」
「えっ? いや、別に嫌なわけじゃないけど……」
どことなく寂しそうな顔をした玲夜を見たら嫌だとは言えなかった。
まあ、本当に嫌なわけではない。
心臓が持つかの心配なだけだ。
「そうか。なら、帰ったらすぐに柚子の部屋のベッドは撤去して寝室を一緒にするぞ」
「えっ、すぐ!?」
「嫌ではないのだろう?」
ニヤリと意地悪く笑う玲夜に、なにか罠にはめられた気がした。
なんとなく悔しい。
「寝相悪くても文句言わないでね」
「そうしたら、こんなふうに抱きしめていれば問題ない」
そう言って、ぎゅっと柚子を腕の中に包み込んだ。