『サク……』
 龍がサクの元にゆっくりと近付いていく。
 ホロホロと涙を零しながら。
 そして、どこからともなくまろとみるくも現れた。
 いったいいつの間にやって来たのかと柚子は驚いたが、その輪の中に入るのははばかれた。
「アオーン」
「ニャーン」
 サクに甘えるように擦り寄るまろとみるく。
 けれど、その体は透けており、二匹が彼女に触れることはなかった。
 それは龍も同じで。
 けれど、そんなことは構わないとばかりに首を下げてサクに顔を寄せた。
 そんな三匹に、サクは涙を浮かべた顔で優しく微笑み、触れられない手でまろとみるくの頭を撫で、龍の頬に触れた。
『ごめんね、ごめんね……。そばにいてあげられなくてごめんね……』
『なにを謝るのだ。我らこそそなたを護れずにすまぬ』
「アオーン」
「ニャオーン」
 次第にサクの体が段々と薄く透けてくる。
『もう時間ね』
 悲しげに微笑むサクに、龍は問いかけた。
『サク、そなたは幸せだったか。こんなにも思念を残すほどに恨み復讐心を燃やしておったそなたは』
『ええ。幸せだったわ。あの人がいてあなたたちもいて、とても幸せだった』
 その顔は心からの笑顔だった。 
 その表情を龍たちの心に刻みつけ、サクもまた風の中に消えていった。
 そして、終わりを告げるのは彼女だけではなかった。
 違和感に気付いたのは柚子だった。
「玲夜、見て。桜が……」
 大昔よりここで咲き続けた桜の木が、静かにその花を散らせてゆく。
『きっとサクが消えたからだろう。ずっと桜と共にあり続けていたのだ。サクの強い心残りが桜を咲かせ続けていた。けれど、もう必要はない。サクはようやく安心して眠れるのだな……』
「そっか」
 それならばよかった。
 これで眠りにつける。
 もう彼女の眠りを邪魔する者はもういない。
 けれど、柚子には不思議なことがひとつ残された。
「結局、サクさんの幼馴染みの男はどうしてあんなにも私に執着していたのかな?」
「そこは伝えられなかったのか?」
「うん。全然」
「きっと柚子が一龍斎の血を引いていて、神子の素質を持っていたからじゃないのか?」
「うーん、そうなのかな?」
 なんだか納得がいかない。
 そんな会話をしている横で、龍と千夜が視線を合わせて会話をしていたことに柚子も玲夜も気付かなかった。

「さぁて、帰ろっか」
 すっかりと枯れてしまった桜の木のそばで、千夜が明るい声でそう言った。
「そうだな。俺も疲れた」
「僕もだよぉ。僕と玲夜君は霊力たっくさん桜の木に注ぎ込んじゃったからね。もうカラッカラだよ~」
「敷地内の結界は大丈夫なんですか?」
「うん。そこはしっかり対策してるから大丈夫だよ~。さっさと帰って夜食でも食べようねぇ」
「そうですね。柚子、行くぞ」 
「はーい」
 呼ばれた柚子は、龍と猫たちを探した。
 先程までいたところにおらず、どこへ行ったのかときょろきょろさせると見つけた。
 なんと、まろとみるくと、そして小さくなった龍は、倒れている優生を足で踏んづけたり蹴っ飛ばしたり砂を掛けたりしていた。
 しかもそこに子鬼たちまでもが参戦しようと、手に青い火の玉を持ってじりじり近付いていっているではないか。
「玲夜、玲夜! 優生忘れてる!」
 玲夜の腕を叩いて、優生の身が危険なことを知らせる。
 が、玲夜は優生を一瞥しただけでふいっと視線を外し見なかったことにしたのだ。
「俺にはなにも見えていない」
「そんなわけないでしょう!? あの子たちを止めないとだし、あのままにしておけないよ!」
 玲夜はものすっごく嫌そうな顔をしてから、呼びかけた。
「お前たち、今はそれぐらいにしておけ。とりあえず連れて来い」
 今はという言葉が気になる。
 龍たちは不服そうな顔をしながらも、今は手を出すのを止めて、仰向けに倒れている優生の腕を子鬼がそれぞれ持って引きずって移動を始めた。
「えっ、あのまま運ぶの? 玲夜が運んでくれたり……」
「しない」
 ドきっぱりと否定された。
 柚子では優生を運ぶ力は持っていないので、ちゃんと運ぶなら男性の力を必要とするが、玲夜は優生に優しさをちょびっとでも見せる気はなさそうだ。
 ズルズルと音を立てて引きずられていく優生を、柚子は見ていることしかできなかった。
 時々、ゴンとかガコッとか、よくない音が頭からしているが、大丈夫だろうかとハラハラしながら見ている。
 優生を運ぶ子鬼も作り主と同様、優しさを見せる気はなさそうで、運んでやるだけありがたく思えと言わんばかりの雑な扱いである。
 そうして、なんとか本家の家まで帰ってくることができたのだが、優生の後遺症が心配であった。