「随分と上からものを言うのだな。優生は俺であり、俺が優生なのだぞ」
 突然優生の話し方が変わった。
「そもそも俺がだれかなどどうでもいいことだ。俺を止められる者など存在しないのだから」
「いるわ」
「なんだと?」
「言ったでしょう? ここにはサクさんの心が眠っているのよ」
「まさか……」
 優生は目を大きく見開く。
「玲夜、千夜様、お願いします」
「ああ」
「オッケー」
 玲夜と千夜は頷いて桜の木の幹に手を触れた。
「なにをする気だ?」
「玲夜と千夜様は鬼龍院の当主直系。つまりふたりの中には初代花嫁の血が受け継がれているの。その霊力はサクさんの力になることができる。そして満月の光が力を与えてくれる」
 たぶん……。と、心の中で付け加えた。
 柚子も正直やってみないと分からないのだ。
 柚子もサクの思念が伝えてきたことを実行しようとしているにすぎないから。
 けれど、そんな弱味を見せるわけにはいかないので、柚子は強気に見せようと必死だった。
 満月が照らす中、玲夜と千夜が同時に桜の木に霊力をありったけ流し始めた。
 すると、桜の木そのものが青い光を発して燃え上がる。
 なにか危険を感じたのだろう。
 優生は慌てたように黒いもやで桜の木を覆い尽くそうとした。
 しかし、桜の花びらが舞い散りもやを掻き消していく。
 そして、霊力を注ぎ尽くした玲夜と千夜がつらそうにその場に膝をつくと、桜はさらに光輝いた。
 静寂が辺りを包む中、シャンシャン、とどこからともなく鈴の音が聞こえてきた。
 それと共に千早を羽織った女性が現れ、桜の花びらが散る中で舞を舞っている。
『ああ……サク……』
 龍が懐かしそうに目を細めた。
 そして優生……いや、優生の姿をしただれかも、初代花嫁のサクの姿に打ち震える。
「サク、サク……。俺のサク……」
 一歩、また一歩踏み出す優生を取り巻いていた黒いもやが集まり形作る。
 それは男性の姿をしており、柚子がサクの思念に見せられた幼馴染みの男だった。
『やはりあの男っ』
 龍が憎しみの籠もった目で睨みながらギリリと歯噛みする。
 男を中心に膨れ上がる黒いもやはまるで男の執着心そのものを表しているかのように広く濃くなる。
 それに対して、サクは手に持った鈴をならしながら舞を続け、それと共鳴するかのように多くの花びらが舞い散った。
 目も開けていられないようなたくさんの花びらに、思わず腕を前に出して防ぐ。
 不意に背中に温もりを感じて振り返れば、玲夜が護るようにして柚子を支えていた。
「玲夜っ」
「黒いもやというのはあれのことか」
「玲夜も見えるの?」
「ああ、今さっき見えるようになった」
『サクと霊力で繋がったからかもしれぬな』
 龍が見えるようになった理由の予想を口にする。
「あの男が元凶か?」
「多分そう。あれを祓わないと透子も助からない」
 優生の中に眠る記憶であり、強い思念。
 これまでは優生の中に眠っていたが、なにかの切っ掛けで目覚め、優生を動かしていた。
 柚子が優生を苦手としていたのはきっとあの思念のせいだろうと思っている。
 今も鳥肌が立ちような嫌悪感が柚子を襲っていた。
「祓えるのか?」
「分からない。でも、サクさんがあの男をここに連れて来いって言ってたの。サクさんならあれを祓えるって。それが復讐になるからって」
 柚子はただ見ていることしかできない。
 桜が舞う。たくさんの桜が。
 まるでこの日を待っていたかのように。
 歓喜に震えるように桜が散る。
 玲夜と千夜の霊力をもらい受けてこの世に姿を表したサクはただひたすらに舞い踊っていた。
 桜の下でずっと待っていた復讐の時を決して逃がさぬと言うように。
 そして、桜吹雪が黒いもやを消していき、優生の姿をした男を襲う。
「うあぁぁぁ!」
 優生が頭を抱えて苦しみ歪んだ叫び声を上げた。
 それと同時に、もやが形づくる男もまた苦しみ呻いた。
「やめろぉ! サクゥゥ!」
『やめろぉぉぉ!』
 シャンシャンと鈴が綺麗な音を奏でる。
 その度に重なる叫び声。
『サク、お前は俺のものだぁぁ!』
 サクに襲いかからんとする男を桜の花びらが包み込んだ。
『やめろ、やめろぉぉ!』
 巻き上げるように、黒いもやの男と優生が引き剥がされた。
 それと共に優生の体が力を失いそのまま倒れる。
 その頭上には思念だけの男が桜の花びらに囚われていた。
 シャンシャンと音を立ててサクが、最初の花嫁が鈴を鳴らす。
 満月に照らされた桜の木がより光を発し、その力を増すのが分かる。
 そして、それがサクの力に変わのだ。
『ぐわぁぁ! サクゥゥ。許さんぞ、俺から離れるなど許さんからなぁ!』
『あなたは終わるのよここで。過去は今の世に必要ないわ』
 初めてサクが言葉を口にした。
『この時を待っていた。あなたに復讐するこの時を』
『ぐぁぁぁ!』
 男は苦しみ悶える。
 しかしその声はもやが薄れていくと従い小さくなっていく。
『サク、サクゥゥ……』
 そして、花びらに巻かれながら男は消えていった。
 そして静寂が残される。
 もやと共に男が消えた後、舞を止めたサクはその場で静かに涙を流した。
 なにを考えているのだろうか。
 復讐を終えた達成感?安堵?喜び?
 いや、それらすべてかもしれない。
 ただ、彼女の流す涙はとても悲しく、そして美しいと柚子は思った。