車が停まるや、柚子は自分で扉を開けて飛び出した。
少しでも早く辿り着きたいと気がはやって仕方がない。
玲夜も後からついてくるが、先を急ぐ柚子を止めたりはしなかった。
この本家は千夜が結界を張るテリトリーの中。
よほどのことがない限り安全であることを玲夜は知っているので、柚子の好きにさせるのだ。
息を切らせて走る裏の森の中は暗く、スマホの灯りを頼りにその先にある場所へ向かう。
森を抜けると広がった空間が広がり、そこに柚子の目的である桜の木が鎮座していた。
今日も満開に咲いた花が柚子を迎える。
柚子は激しく鼓動する心臓を落ち着かせるようにゆっくりと近付いていく。
そして、桜の木に触れるところまでやって来た。
夢で女性が立っていた場所まで。
『柚子、本当にここなのか?』
「うん。間違いない。この下を指してたの」
柚子はしゃがみ込んで、夢の女性が指差した木の幹のすぐそばの地面に手を乗せる。
けれど、なにも起こらない。
「う~。どういう意味? 掘るの?」
柚子は素手で地面を掘り始めた。
がりがりと爪の間に土が入るのも気にせず掘り続けているのを、見ていた子鬼たちも手伝い一緒になって掘る。
龍はスマホを持ってライトで手元を照らしてくれている。
しかし、なにも出てこない。
「なんでぇ? ただの夢だったの?」
呼ばれた気がしたのだ。
光明を見出せたかと思った。
なにかこの現状を打開する策があるのではないかと。
「早くしないと透子が……」
泣きそうになりながらさらに掘っていく。
すると、そんな柚子の後ろから声が聞こえる。
「おやおやぁ。こんな時間に皆してどうしたのかな?」
「父さん」
「玲夜君も柚子ちゃんもこんばんは~」
千夜がにこやかな顔で登場した。
「玲夜君たちの気配がしたから見に来たんだよ~。なにしてるんだい?」
「柚子が急にここへ来たいと言うので」
玲夜が代わりに答え、夢の話を千夜に教える。
と言っても、玲夜も柚子から聞いたにすぎないので、よく分かっていない。
分かるのは柚子だけだ。
けれど、その柚子も途方に暮れている。
すると、雲間から月の光が降り注ぎ、まん丸に近い月に照らされた桜がよく見えた。
「もうすぐで満月か……」
そう言えば、夢の中の桜の木もこんなふうに淡く光を受けていたなと思い出した。
月の光に照らされた桜の木はより一層幻想的な魅力を発している。
その時。
『ここに……て』
はっと柚子は地面に視線を落とす。
「そこにいるの!?」
『柚子?』
龍には聞こえていないのか、柚子を怪訝な顔で見る。
一心不乱に土を掻く柚子に桜の花びらがひらりひらりと降り続ける。
そして、柚子は静電気のようにビリッとしたものを手に感じた。
なにかとなにかが繋がったような感覚。
次の瞬間、柚子は急激な眠気を感じて体が倒れる。
遠くなる意識の中、玲夜が柚子を呼ぶ声が聞こえた。
そこで意識は暗転する。
柚子は夢を見ていた。
長い長い夢を。
自分のものではない女性の生涯を。
愛しい者を残していかなければならない悲しみ、苦しみ。
そして女性に最後に残ったのは、激しい怒り。
自分をこんな目に合わせた男への血を噴き出しそうな憎しみ。
いつか、いつの日か、この想いを晴らすその日まで。
女性は待った。待ち続けた。
そして、ようやく見つけたのだ。
あの男を。
この想いを晴らす時がきたことへの歓喜が湧き上がる。
『ここに連れて来て、あの男を』