個室で待っていると、先程の女性が数名の従業員を連れてたくさんの着物を持って入ってきた。
「うわぁ、すごい」
柚子の前に色とりどりの着物が並べられていく様は壮観だ。
「柚子、好きなのを選べ」
玲夜は簡単にそう言うのだが……。
「選べと言われても……」
どれもこれも美しい色と柄で目移りしてしまう。
どれかひとつに絞るのはかなり難しい選択だ。
「うーん」
鏡の前で着物を合わせてみては、別の着物を合わせ悩む柚子を見て、妙齢の女性がそれを見せてきた。
「花嫁様、こちらなどいかがでしょう? 当店でもおすすめの品ですよ」
それはクリーム色と薄ピンク色のグラデーションが綺麗な中振袖だった。
明るく華やかな花柄だが、それほど華美すぎないかわいらしいものだった。
柚子は一目で気に入った。
柚子のことならわずかな表情の変化にも気付く玲夜が、その柚子の表情で察したよう。
「決まったようだな。では、それを。俺のは柚子の着物に合うものを適当に見繕って屋敷に届けてくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
自分の物は適当にと言う玲夜に、柚子は問う。
「玲夜のはそんな簡単に決めていいの?」
「ああ。こことの付き合いは長いからな。任せても下手なものは出さないと信用している」
チラリと玲夜が女性に視線を向けると、女性はにっこりと微笑んで静かに頭を下げた。
呉服店を後にした柚子と玲夜は次に家電量販店へ。
飲食店のフロアも複合施設である大きなビルへ玲夜と腕を組んで入っていくのだが……。
周囲から感じる視線、視線、視線……。
主に女性からの視線が多く、通り過ぎた人がわざわざ振り返って玲夜を凝視していたりするからすごい。
玲夜の顔面偏差値がいかに高いかが分かるというもの。
振り返ってまで二度見される容姿とはとんでもない、ある意味凶器だ。
柚子は周囲の視線が気になって仕方がないが、玲夜はどこ吹く風。
よくよく思い返せば、玲夜とこのような一般人が多くいる町中に出ることはほぼなかったなと思い返す。
人の多いところを玲夜があまり好いていないようだというのもあるが、基本的に車移動なので、こうして腕を組んで町を歩くことはない。
欲しいものも、気が付けば屋敷の人が用意してくれるので人の多い店に行くこともないというのもある。
カメラが欲しくて勢いで来てしまったが、失敗だったかもしれないと少し反省。
玲夜には迷惑だったかもしれない。
しかし、視線は気になるものの、こうして普通の一般人のようなデートを玲夜とできるのは素直に嬉しかった。
自然と柚子の表情もほころぶ。
「嬉しそうだな、柚子」
「うん。玲夜とデートできて嬉しいの」
「そうか」
玲夜はそれは甘く優しい微笑みを柚子に向ける。
周囲から女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、気がしたですませることにした。
あまり気にしてはいけない。きりがなさそうなので。
だから、周囲から「あれ彼女かな?」とか、「妹じゃない?」とか、「いや、どっちもあり得ないでしょ、ブスじゃん」とかいう声が聞こえてきたとしても無視が一番だ。
だが、柚子に聞こえているということは玲夜にも聞こえているということで、玲夜はそんな人たちをジロリと睨み付けている。
さすがにそれ以上のことはなかったが、柚子は気が気でない。
すると、なんの前触れもなく突然雨が降った。
それはもう不自然なほど一点集中な雨で、狙ったかのように先程ヒソヒソと柚子を悪く言っていた人たちだけをずぶ濡れにした。
「きゃあ!」
「なによこれ!?」
「最悪!」
龍は柚子の腕に巻き付いて『カッカッカッ』と、極悪な顔をして笑っている。
それを見た玲夜は口角を上げ、「よくやった」と機嫌をよくしたのだった。
後には青い空にかかる虹が残された。
家電量販店へと足を踏み入れた柚子は、脇目も振らずカメラが置かれている場所へ行く。
「うーん、種類が多すぎて分からない……」
しかも本格的な一眼レフだとか、ミラーレスだとか、デジタルカメラだとか、カメラのことを知らない柚子には、なにが違うのかちんぷんかんぷんだ。
困って玲夜を見上げるが、玲夜は興味がなさそうにしている。
「どうしよう……」
「決まらないのか?」
玲夜が柚子の顔を覗き込む。
「どれがいいのか分からない。一眼レフとかの方が綺麗に撮れそうだけど、高いし、思ったより大きいし。でも、せっかくの桜子さんの晴れ舞台を綺麗に残したいし……」
「柚子にはこれぐらいがちょうどいいんじゃないか?」
玲夜が選んだのはコンパクトなデジタルカメラ。
手のひらサイズの軽くて小さく、柚子にも使いやすそうなかわいらしいデザインのものだ。
「綺麗に撮れるか心配しなくても、父さんと母さんがすでにプロのカメラマンを手配済みだ。両家の親よりやる気満々だからな」
「あはは……。おふたりらしいね」
「だから、綺麗に撮れるかより、扱いやすさを考えたらいいんじゃないか? 一眼レフをずっと持ったままじゃ柚子が疲れる。それに最近のデジタルカメラも性能はいいぞ」
「そうなんだ」
そこで柚子は気付く。
玲夜が選んだカメラを作っている会社は、鬼龍院グループの会社であることに。
どうりで玲夜が勧めるわけである。
自社製品なのだから、それは自信を持って勧めるだろう。
というか、ここにも鬼龍院の力が及んでいることに柚子は素直に驚いた。
「じゃあ、これにする」
「色はどうする?」
「かわいいから、ピンク色ので!」
そうして、柚子はカメラをゲットした。