優生には玲夜が付けた監視が常時ついていたので、すぐに居場所は分かった。
優生は大学へ行っているようだ。
柚子は玲夜と共に車を走らせ優生の大学の門前で出てくるのを待った。
しばらくすると、優性が出てきた。
柚子は急いで車から飛び出し、優生の前へ歩み出た。
「優生……」
「あれ、柚子どうしたの?」
ニコリと笑う優生は、とても普通の様子で、透子に対してあのようなことをしでかしたような人間には見えなかった。
けれど、間違いないのだ。
柚子には分かる。あのもやの元凶がだれかを。
「話があるの」
「場所を移そうか」
なにも聞かずそう提案する。
優生は分かっているのだ。柚子が自分の元に来た理由を。
さっさと歩き出した優生の後を柚子もついていく。
もちろん、玲夜も龍も子鬼も一緒だ。
優生についてやって来たのは、人気のない公園だ。
そこで柚子は優生と向かい合う。
「それで、話ってなに?」
「そんなの聞かなくても分かってるんでしょう? 透子のことよ。透子からあのもやを取り除いて」
素直に言うことを聞くとはだれも思っていない。案の定。
「いいよ。柚子が俺のものになるなら」
などとのたまった。
玲夜の眉間に皺が深く刻まれる。
柚子も、ここにきてそんなくだらないことを言う優生には苛立ちが隠せない。
「馬鹿なこと言わないで!」
「馬鹿なことなんかじゃないよ。俺は本気だよ」
その通り、その目に冗談は一切なく、柚子は思わず怯む。
「……そんなこと無理よ。私には玲夜がいるもの」
「ふーん。じゃあ、柚子は親友の命より男を取るんだ?」
「命って……」
「このままじゃ透子死ぬよ?」
はっきりと言われて柚子は心臓が締めつけられるようだった。
顔を強張らせる柚子と違い、優生はとても人の命がかかっているとは思えない無邪気な表情をしている。
透子の命をまるで軽いもののように感じている優生への憤りが噴き出す。
「分かってるなら、透子を解放して」
「だ、か、ら、柚子が俺のものになるなら助けてあげるって。祓えなかったんだろう? それでここに来た。祓う以外で透子を助けることができるのは、あれを操る俺が取り除くことだけだからね」
図星を指されて柚子は反論の言葉も出てこなかった。
「あー、でも、もうひとつあるよ。透子を助ける方法」
「なに?」
「俺を殺せばいいのさ」
それを聞いた柚子は顔を強張らせた。
「どうする? 俺を殺してみる? そうしたら、親友も男も柚子は手に入り一石二鳥だ。どうだい?」
「そんなの、できるはずないじゃない……」
「だよね。甘い柚子にはそんな選択できないよね。ならさ、選ぶしかないんじゃないかな、どちらかを。当然優しい柚子は親友を見捨てたりしないよね?」
優生の吐く毒が柚子を浸食していく。
「早くしないと、透子が死んじゃうよ?」
「……っつ」
柚子は唇を噛む。
悔しい。
優生の思い通りになってしまう現状が。
自分の力のなさが憎くて悔しい。
他に方法はないのか?
人を殺すなんて選択はできない。
けれど、玲夜から離れるなんて死んでも嫌だ。
けれど、今死にそうになっているのは透子で……。
グルグルと、同じことが回り回り、結局答えを出すことができないでいる。
その時、優生が青い炎に包まれて燃え上がった。
はっと我に返った柚子が、隣にいた玲夜を見る。
「悩む必要などないな。お前が死ねばすべて解決できるなら、死ね」
「玲夜っ!」
柚子は止めるように玲夜の腕を掴む。
「駄目!」
「止めるな。わざわざ一番簡単な方法を教えてくれているのだから、そうしてやればいい」
『我もその意見には賛成だ』
などと、龍までもが本来の姿に戻って威嚇をする。
「あーい」
「あいあーい」
追い打ちとばかりに、子鬼も青い炎を優生に投げつけていく。
顔を青ざめさせる柚子に反し、燃え上がった青い炎は次の瞬間には黒いもやに浸食されるようにして消え去った。
これには玲夜もわずかに目を見開いた後、眉間の皺をさらに濃くした。
「下等なあやかし風情が」
先程の笑みも浮かんだ表情とは違い、怒りを宿した優生は、玲夜の攻撃を受けたにもかかわらずどこも傷付いてはいなかった。
「せっかく柚子自身で選ばせてあげようと思ったのにね。やっぱり邪魔な鬼は先に始末しておくべきだったようだ」
ぶわりとこれまで以上に黒いもやが優生から発生する。
辺りを覆い尽くしそうなほどのもやは圧迫感を与え、息苦しさすら感じる。
玲夜と子鬼は見えてはいないようだが、なにかの異変は感じているようだ。
「霊力……とは少し違うか? なるほど、変質した力か……」
なにやら納得した様子の玲夜を睨め付ける優生。
「本当に邪魔だな。俺と彼女の世界にお前はいらないというのに」
そうしゃべる優生に感じる違和感。
以前にも感じたそれは、より一層強く感じた。
「あなたは……だれ?」
思わず口をついて出た言葉は優生にも届き、優生は一瞬驚いたような顔をした後、ニヤっと口角を上げた。
「なにを言ってるんだ? 俺は優生だ。君のはとこだろう」
確かにその通り、目の前にいるのは柚子の見知った優生だ。
だが、先程ほんの一瞬だけ優生が別人のように見えたのだ。
そんなはずないというのに。
だから、そう感じてしまう自分自身に柚子は戸惑った。
拭えぬ違和感。
それは優生と話をする度に膨れ上がる。
けれど、そんなことに思考を囚われている場合ではなかった。
優生は玲夜を標的と狙いを定める。
空を覆いそうなほどの黒いもやが玲夜に向かい襲いかかったのだ。
「玲夜、逃げて!」
あれは駄目だ。
あれに触れてはいけない。
そう直感的に思ったが、見えない玲夜は避けようがなかった。
柚子は玲夜を庇おうと玲夜にしがみ付いた。
もやが柚子と玲夜を飲み込もうとした時、柚子の視界の端にピンク色のなにかが見えた。
ひらりひらりと落ちてくる薄ピンク色の花びら。
どうして花びらがここにあるのかと不思議に思う間もなく、その花びらを中心に爆発するようにたくさんの花びらが飛び散った。
すると舞い散る花びらは黒いもやを掻き消しながら花びらもすっと姿を消していく。
残されたものはなにもない。
「なに今の……?」
そこへ、ひらりひらりと花びらが一片落ちてくる。
それを柚子は手のひらで受け止めた。
「これ、桜の花びら?」
そこに風が吹き、薄ピンク色の花びらは風に乗って消えていく。
柚子はその花びらが見えなくなるまで呆然と立ち尽くすしかなかった。
それは玲夜や龍も同じで、なにが起きたか理解できない様子。
ただ、暗いもやは見えなかった玲夜も、桜の花びらだけはその目で見ることができたようだった。
なので、なおさらなにがどうなったか分からないようで、ひどく困惑していた。
我に返った優生のことを思い出したが、優生の姿は見当たらなかった。