それは突然のことだった。
優生のことがありつつも、柚子ではどうすることもできず、いつも通りの生活を送るしかなかった。
いつも通り朝起きて、いつも通り朝食を取って、いつも通り大学へ行こうと準備をしていた時、柚子のスマホが鳴った。
だれかと見てみれば、東吉の文字が画面に出ていた。
「にゃん吉君?」
透子からなら分かるが、東吉からの電話など珍しいなと思いながら電話に出る。
「もしもし、にゃん吉君?」
『朝から悪いな』
東吉の声はどこか沈んでいた。
元気がないと言ったらいいだろうか。
「それは別にいいけどどうかしたの?」
『…………』
東吉からの返事がない。
不思議に思う柚子に、東吉の震えるような声が通る。
『透子が入院した』
「えっ、入院!?」
一瞬理解できなかった。
なにせいつも元気いっぱいの透子がだ。
まだ東吉が入院したと聞いた方が現実味がある。
「どうして!?」
『分からない。前々から体調が悪そうだったけど、本人はたいしたことないって言ってて。だが、昨日の夜に急変して倒れたんだ。すぐに病院に連れて行ったが原因が分からない』
「今はどうしてるの?」
『まだ意識は戻ってなくて、今精密検査をしているところだ』
「にゃん吉君今どこ!?」
病院の場所を聞いた柚子は大学ではなく、透子が入院しているという病院へと車を走らせた。
駆け付けた病院の待合室では、東吉が背を丸くし顔を俯かせてただただ静かに椅子に座っていた。
「にゃん吉君」
ゆっくりと上げたその顔はひどく焦燥しており、東吉の落ち込みようが手に取るように分かった。
「透子は?」
「まだ検査だ。少し長引いてる」
「急に倒れたって? 透子、前からしんどいとかめまいするとか体調が悪そうだったけどそのせい?」
「分からない。一応病院には行っていたが、医者からは風邪だろうと言われていたから。だから安心してたんだ。それなのに……。急に、なんの前触れもなく倒れて。呼びかけても意識もなくて……」
「あーい」
「あい……」
子鬼も心配そうに東吉の膝に乗る。
あまりの落ち込みように、子鬼もどう慰めたものか分からないようだ。
「透子になにかあったら……」
そう言って頭を抱える東吉。
柚子はかける言葉を見つけ出せないでいた。
透子なら大丈夫だという言葉が喉まで出かかって止まった。
医者でもない柚子の、なんの根拠もない大丈夫という言葉など意味はない。
東吉が欲しいのは確実な透子の身の安全だ。
なにも言葉を交わさないまま、静かに時間だけが過ぎていく。
時間が過ぎていく度に嫌な思いが過り、その度に心の中で否定するということを繰り返す。
柚子ですらこんなに不安なのだ。
だれより透子が一番である東吉の心は推して知るべしだ。
「猫田さん」
はっと顔を上げる。
「ご説明を。中にお入りください」
「はい」
東吉は緊張した面持ちで部屋の中に向かう。
他人である柚子が入ることはできない。
すると、東吉が振り返った。
「柚子、お前は今日大学があるだろう。気にせず行ってこい」
「こんな状況で勉強しても頭に入ってこないよ」
「それもそうだな」
弱々しく笑みを浮かべて東吉は話を聞くべく部屋に入っていった。
そして柚子はその場に留まることを選んだ。
数分、数十分と経った後、東吉が部屋から出てきた。
その表情は優れず、いい結果ではないことがすぐに察せられた。
「にゃん吉君?」
「原因は分からないとさ」
どこか投げやりに感じる言葉。
「分からないって……」
「ありとあらゆる検査をしたが、どこも悪いところが見つからなかったって。……じゃあ、なんで目を覚まさないんだよっ!」
ダンっと、東吉が壁を叩く。
「にゃん吉君……」
「あーい……」
「……悪いな」
東吉はすぐに冷静さを取り戻した。
「ううん。それよりも透子は今どこに?」
「検査が終わって病室に運ばれてったみたいだ。これから様子を見に行くけど、柚子も行くか?」
「もちろん」
ここまできて透子に会わないと言う選択肢はない。