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花が舞う。桜の花びらがそこかしこに。
物言わぬ桜の木は静かにそこに立っていた。
『……きて』
『ここに……て』
桜の木の下から声が聞こえる。
前も聞いた女性の声。
けれど、やはりなにを言っているのか分からない。
教えて欲しい。
なにを言っているのか。
なにを伝えようとしているのか。
けれど、それを聞くことなく、そこで夢は終わる。
柚子はゆっくりと目を開いた。
「またあの夢……」
やはり意味のあるものなのだろうか。
柚子には判別がつかない。
けれど、なにか意味があるような気がしてきた。
なにかを一生懸命に伝えようとしているような、そんな気がする。
けれど、それがなんなのかは今のところ分からない。
「行ってみようか……」
あの桜の木の元へ。
そうすればなにか分かるかもしれない。
そう考えている柚子の頬に手が伸びてくる。
一瞬びくりと反応してしまった柚子だが、その手の主が玲夜だと分かりすぐに緊張は解けた。
「玲夜」
寝起きのぼんやりとした頭でほわりと笑う。
柚子が笑えば玲夜も返してくれることを柚子はよく分かっていた。
「おはよう、柚子」
そう言って微笑み、柚子の額にキスを落とす。
「ねえ、玲夜」
「なんだ?」
「護衛の人たち怒らないであげてね。あれはきっとあの人たちのせいじゃないから」
「柚子はどうしてあんなことになったか分かっているのか?」
「詳しいことは分かんない。けど、優生のせいだと思う」
「どうして言い切れる?」
「黒いもやが見えたの」
「もや?」
「そう。私と龍にしか見えないもや。あれは普通の人には見えないものなんだって。私に祓う力があったらよかったんだけど、残念ながら私にはそこまでの力はないらしいから」
「龍がそう言ったのか?」
「うん」
柚子はゆっくりと身を起こして、玲夜に抱き付いた。
「優生からあのもやが出ていて、倒れた護衛の人たちにもやがまとわりついてた。護衛の人たちが倒れたのはそのせいだと思う。なんだかとてもよくないものを感じたの。それの原因が優生だっていうのが、まだ信じられないんだけど……」
「同級生だったのだろう。これまでに似たようなことはなかったのか?」
「ううん。そんなことはなかった。だから、今の優生が別人のような気がしてならないの。二重人格? とはちょっと違うけど、なんて言うのかな、違和感みたいなのがあって……」
同窓会の時は優生の裏の顔に驚きが大きすぎて気付かなかったが、再び会ってみてなにか小さな違和感があった。
これとはっきりと言えるものではない。
けれど、優生だけれど、以前の優生とはどこか違う。
優生の中に別の者がいて、優生でないものが喋っているかのような違和感。
「自分でも言っててよく分からないんだけど」
今の優生は以前の優生よりも恐い感じを強く受けた。
まるで深く沈んでいた嫌な部分が表面に出てきたかのような感覚。
言葉にするにはなにかが足りない。
「うーん……。どう言ったらいいかな。優生であって優生でない、みたいな?」
柚子自身もよく分かっていないので断言はできない。
「ごめんなさい」
「どうして謝る?」
「私のことなのに私はなにもできてないから」
「気にすることはない」
玲夜の声は優しく、それが余計に申し訳なさを感じる。
「だって、たくさん迷惑かけてるのに」
「迷惑だなんて思ってない」
「でも、護衛の人たちには迷惑だった」
「護衛は護衛するのが仕事だ。今回はそれを怠ったのだから、むしろ謝るべきは護衛の方だ」
「……あんまり怒らないであげてね?」
「……善処する」
その少しの間が気になったが、多少はましになるだろう。
駆け付けてきた護衛たちの、玲夜への怯えた様子を思い出し、少しは役に立てたかと感じる。
駄目押しとばかりに、玲夜にそっと唇を寄せた。
「お願いね」
玲夜は柚子のお願いには弱いので、きっと大きな罰が与えられることはないだろう。
「柚子は俺の扱い方を分かってきたな」
苦笑を浮かべた玲夜は、今度は激しく唇を合わせてきた。
この時だけは優生のこともなにもかも忘れ、玲夜に酔わされていった。