玄関を出ると、鬼龍院の護衛らしきスーツの男性が待っていた。
「さっ、こちらに。車を準備しております」
「あ、あの、なにがあったんですか?」
 なにも説明されないままでは納得ができない。
 柚子は先を促す護衛を無視して立ち止まる。
「柚子様のはとこ様についていた者から、彼がこちらに向かっていると報告があったのです」
「はとこって優生のこと?」
「その通りです。玲夜様より、柚子様とは会わせるなと申し使っておりますのでお呼び立てした次第です」
「なんで優生が……」
 いや、優生はよく祖父母の家を訪ねていたと聞いている。
 そしてこの間の同窓会で会ったことも祖父母に話をしていた。
 祖母は優生を気に入っている様子だったので、祖父母が気を使って優生を呼んでいたとしても別段おかしくない。
 しかし、優生とは同窓会での諍い以降顔を合わせておらず、今会いたいとも思えない。
 なら、柚子と鉢合わせさせまいと電話してきてくれた鬼龍院の護衛には感謝せねばならないだろう。
「ごめん、透子、にゃん吉君。せっかく来てもらったのに、私優生とは顔を合わせたくない」
 わざわざ来てもらっておいて、柚子の事情で帰すのは申し訳なかったが、こればっかりは我が儘だと分かっていても譲れなかった。
「まあ、あんなことあったならしゃーないわよね。なら、にゃん吉の家で二次会でもしましょうか。あっ、おば様には連絡しとくのよ。ちょっと出かけるとしか言ってないから」
「うん。ありがとう、透子。にゃん吉君もごめんね」
「俺は透子がいいなら問題ない。けれど、そんなに危ない奴なのか?」
 護衛の後について、歩きながら話す。
「鬼龍院の護衛もいるんだし、顔を合わせるぐらいは問題ないと思うんだが。はとこだろう?」
「まあ、そうなんだけど……」
 この気持ちをどう表現したらいいか分からない柚子は言葉に詰まった。
 代わりに龍が口を開く。
『あれには会わぬ方がよい。絶対にだ』
 柚子はなぜ龍がここまで優生を警戒するのか分からない。
 玲夜ですらかなわない力を持つ霊獣だというのに。
「そこを曲がったところに車を止めております」
 そう言って護衛の人が角を曲がろうとした時、柚子の足下をなにかがさっと通り抜けた感覚がした。
「ん?」
 反射的に足下を見たがなにもない。
 気のせいかと視線を前方に戻すと、前を歩いていた護衛に黒いもやがまとわりついていた。
 息をのんだ柚子は思わず立ち止まり、それに合わせて透子と東吉も足を止める。
「柚子?」
「どうした?」
 不思議そうにするふたり。
 すると、黒いもやをまとわりつかせていた護衛の男性が、突然なんの前触れもなく地面に倒れ込んだ。
 驚いた柚子と透子と東吉は、一瞬の硬直の後、我に返って護衛の男性に駆け寄った。
「おい、あんた大丈夫か?」
 東吉が護衛の顔の前に手をかざし様子を見ている。
「息はしてる。気絶してるみたいだ」
「はあ? なんで?」
「俺が分かるかよ」
 言い合いをしている東吉と透子の横で、柚子は護衛を取りまく黒いもやに釘付けだった。
「ねぇ、見えてる? あのもや」
 柚子は腕に巻き付く龍に問いかける。
『ああ。見えておる』
 そして、やはりというか、透子と東吉には見えていないようだ。
 なんの警戒もなく護衛の男性に触れようとする東吉の手に、黒いもやが絡みつこうとしていた。
「にゃん吉君!」
 咄嗟に大声を出した柚子声に驚いた東吉は、護衛の男性からサッと手を引く。
 それにより、黒いもやが東吉に触れることはなかった。
「おい、なんだ?」
「どうしたのよ、柚子。急に大きな声を出して」
「彼に触らない方がいいかも」
「どうして?」
「……たぶん、よくないことになる……かも?」
 柚子にも分からないのではっきりと断定はできない。
「……またなにか見えてるの?」
 透子の問いに柚子はこくりと頷く。
 透子も東吉も、一龍斎の問題の時に柚子だけが龍を見ることができたのを知っている。
 だからきっこ今度もと思ったのだろう。
 ふたりは柚子を疑うことなく、そっと護衛の男性から離れた。
「と言っても、彼をこのままにしておけないでしょう。どうする?」
 護衛の男性を見下ろして、途方に暮れる柚子と透子。
 そんな中で東吉が呟いた。
「……おかしいな」
「なにがよ、にゃん吉」
「護衛がだれひとり姿を見せない」
 そう言われてから柚子もはっとする。
 確かに東吉が言うように他の護衛の姿が見えない。
 朝、玲夜は護衛を配置しておくと言っていたではないか。
 あの過保護な玲夜が柚子のために準備した護衛が、ここに倒れる男性ひとりのはずがない。
 他にも複数いるはすで、いるならばこの状況で姿を見せないのはおかしい。
 そして、きっと透子のために猫田家がつけた護衛だっているはず。
 それも姿を見せない。
 急激に不安が押し寄せてきた。
「なにかよくない気がする。すぐにここから離れるぞ」
「えっ、この人は?」
 離れようとする東吉に、思わず柚子は護衛の男性の心配をしてしまう。
「アホか。最優先するのは花嫁だ。こいつは鬼龍院の護衛だろう。こいつも自分よりお前を優先することを願うはずだ。そして、俺が優先するのは透子。なにがあるか分からないこんな所に透子を置いておけるか。急ぐぞ」
「う、うん」