酔っ払いから抜け出した柚子は、酒ではなく料理をつまんでおしゃべりを楽しんでいる奥様方の輪に加わった。
透子の隣に腰を下ろす。
「あれ? 柚子、よくあの中から逃げられたわね。酔っ払いの餌食になってるかと思ったのに」
透子は予想外という顔をしているが、そんな透子をジトッと見つめる。
「そう思うなら、助けてくれたらいいのに」
「嫌よ。私まで巻き込まれたくないもの」
「薄情者……」
不貞腐れたように唇を突き出す。
「それで、あっちはどうしたの?」
「龍が代わりに主役になってる」
そっと様子を窺えば、テーブルの上で奇っ怪なダンスを踊りながら酒をあおっている。
周りの男たちは全員ではやし立てて、大盛り上がりだ。
「一番満喫してるんじゃない?」
「そうかも」
朝には柚子を護る的なことを言っていたが、酔っ払いの仲間入りとなった今は役立たずではなかろうか。
やはり玲夜の言うように子鬼を連れていた方がよさそうだ。
「あれが尊い霊獣だって言うんだから世の中どうなってんだか。その点、子鬼ちゃんたちは偉いわね。ちゃんと柚子から離れないんだから」
「あーい」
「あいあい」
透子に褒められた子鬼たちはぴょんぴょんと跳んで喜びを表す。
「かわいさでもあれより断然勝ってるわね」
とうとう尾で一升瓶を持ち上げて、ラッパ飲みを始めている。
ぐへへへへっというなんとも下卑た笑いが柚子たちの元まで聞こえてきた。
「うーん。まあ、長年捕らわれてて自由がなかったから、毎日が楽しいんじゃないかな?」
柚子は龍のためにも多少のフォローをしておく。
フォローしきれているかは分からないが。
「猫たちはかわいいのに」
「確かにまろとみるくはかわいいよね」
あのもふもふとした生き物に毎日癒されている柚子の顔は自然と綻ぶ。
「まあ、私は犬派だけど」
「こら透子、それは俺への挑戦状か?」
猫派……というか、猫のあやかしである東吉が話の輪に加わる。
「俺は猫又なんだから、お前も猫派になれよ」
「仕方ないじゃない。好みは人それぞれよ」
「……犬は絶対に飼わないからな!」
「あんたも酔ってるの?」
猫又として、犬をかわいがられるのは許せないようだ。
心が狭い。狭すぎるが、恐らく玲夜も似たようなものだ。
柚子があまりにもまろとみるくに構いすぎると面白くないような顔をしていることがあり、そんな時はいつも以上にスキンシップが激しくなる。
なので、玲夜の前では多少控えるようにしている。
玲夜もかわいがればいいと思うが、猫たちにメロメロになっている玲夜は少し想像がつかない。
それに、まろとみるくを構うようになったら、今度は柚子の方がまろとみるくに焼きもちを焼いてしまうかもしれないなと、柚子は思う。
そんなどうでもいいことを考えていると、柚子のスマホが音を立てて鳴った。
「だれだろ?」
そこには登録されていない番号が出ており、取るかどうか悩んだ結果、恐る恐る電話に出る。
『柚子様、私は鬼龍院の護衛の者です。すぐにそこから離れてください!』
「へ? えっ?」
焦ったような相手の声に、柚子はなにがなんだか分からずに戸惑う。
『柚子様、お早く!』
「いや、あの、どういうことなんですか?」
「柚子?」
隣にいる透子が不思議そうに柚子を窺う。
電話口の声が大きくて透子にも微かに聞こえているようだ。
「なにかあったの、柚子?」
「なんか、護衛の人がすぐにここから離れろって。なにがなんだか……」
困惑する柚子に対し、東吉が厳しい顔をする。
「鬼龍院の護衛が突然電話してくるぐらいだ。なにか理由があるんだろう。一度離れるぞ」
そう言って柚子を急かすように東吉は立ち上がった。
「なら、私も。行こう、柚子。なにもなかったら戻ってくればいいんだし」
「う、うん」
柚子は電話の相手にすぐ家を出ますと伝えてから電話を切り、ようやく重い腰を上げた。
そして、酔っ払いのアイドルと化していた龍をわしづかんで無理やり連れ出すと、玄関へと向かった。
そんな柚子たちに祖母が気付いて声をかけてきた。
「あら、柚子どうしたの?」
「えっと……」
祖母になんと説明したものか悩んでいると、透子が代わりに代弁する。
「ちょっと私の体調が悪くなっちゃったんです。それで、少し外の空気を吸いにその辺を歩いてこようかと」
「あら、そうなの? 大丈夫?」
「ええ、お酒の匂いに酔っちゃっただけなので」
にこにこと笑いながら平然と嘘をつく透子には感嘆する。
だが、下手に祖母を心配させずにすむ。
護衛から焦ったように電話があったと聞けば確実に心配させてしまう。
透子の機転には感謝だった。
「じゃあ、おばあちゃん。ちょっと行って来るね」
「ええ、気を付けてね」
「うん」