食事を終えた柚子は部屋に戻り、いつも以上に念入りにメイクをして着飾った。
 滅多にないデートである。
 普段大学に行くのとは気合いの入れ方が違う。
 それを柚子専属の使用人である雪乃がせっせと手伝ってくれ、急いで完成させた。
 なにせ、身嗜みを整えるだけで時間を使っていては、この後のデートの時間がもったいない。
 それはもう、最速で動いた。
「雪乃さん、変なところないですか?」
「大丈夫ですよ。いつも通りかわいらしいです」
 ニコニコとしながら言う雪乃のお世辞は本気がどうか分からないので困る。
 だが、これ以上時間を費やすわけにもいかないので、バッグを持って部屋を出た。
 すると、後を追いかけてきた龍がするりと二の腕に巻き付く。
「ついてくるの?」
『もちろんだ。我は柚子を加護しておるのだからな』
 正直言うと玲夜とふたりきりがよかったが、どっちにしろ護衛は付いてくるのだろうから同じことかと思い直す。
「静かにしててね」
『心配するでない。我とてそんな野暮ではない』
 それに安心して玄関に向かえば、すでに玲夜が待っていた。
 普段見掛けるスーツや和服ではない、シャツにジャケット、ズボンという爽やかでラフな格好をした玲夜に柚子はくらりとする。
 さすがにスーツ姿や和服姿には慣れたが、見慣れぬその格好はいつも以上の破壊力があった。
 思わず玄関にあった鏡に映る自分を見てしまう。
 この玲夜の隣に立っていいのだろうか……。
 そんなことを思わず考えてしまう。
 しかし、柚子の心の葛藤など知るよしもなく、玲夜は柚子に手を差し出した。
「どうしたんだ、柚子。行くぞ」
「はい……」
 なんとなく負けた気がしつつ玲夜の手を取って、車に乗り込んだ。
「どこに行くの?」
 デートと喜んだものの、場所を決めていないことに気が付く。
「先に呉服店だ」
「呉服店? 着物なら私もうたくさん持ってるよ?」
 玲夜の母親である沙良が若い頃に着ていた着物を、柚子は複数譲られていた。
 沙良のお古だが、とても質のよいもので、どこへ着ていくのにも恥ずかしくない物ばかりだ。
 それだけでなく、玲夜の父親の千夜からも、初孫を喜ぶじいじのように、たくさんの新品の着物が贈られてきた。
 これにはお返しに困ったが、玲夜から電話のひとつでもかけておけば問題ないと言われた。
 さすがにそれですますわけにはいかないので、着物の値段には遠く及ばないが気持ちを込めた菓子折と手紙を添えて届けたのだ。
 その後嬉しそうな声で電話をしてきたので、一応喜んでもらえたようだった。
 なので、着物には困っていないのだが……。
「あれらは普段用だ。今日買うのは今度桜子と高道の結婚式に着ていくためのものだ」
「えっ、ふたり、とうとう結婚式するの!?」
「ああ」
 玲夜の秘書である荒鬼高道と、その婚約者である鬼山桜子。
 ふたりの結婚式は当初もう少し早く行う予定だったのだが、一龍斎の問題で延び延びになっていた。
 年内のつもりが年を越えてしまい、桜子も大学卒業を控え、いつ結婚式が行われるのかと心配していたのだが、ようやく式の日取りが決まったようだ。
「結婚式はいつ?」
「大学の卒業式の翌週だ」
「うわぁ、楽しみ」
 きっと桜子の婚礼衣装は綺麗に違いない。
「玲夜、カメラ。カメラが欲しい!」
 結婚式と当日はパパラッチと化すのだ。
 プロ仕様の本格的なのが欲しいが、さすがに値段もするのでそこまでねだれない。
 まあ、玲夜からしたらカメラの値段ぐらい端金なのだろうが。
 なにせ、あやかしのトップであり、政界経済界に多大な影響力を持つ鬼龍院の次期当主だ。
 これまで鬼龍院と対等な影響力を持っていた一龍斎は、龍の加護を失ってしまってから少しずつその力を落としていっている。
 まだまだ緩やかだが、確実に坂を下っていっていた。
 きっと鬼龍院の一強となる日はそう遠くないかもしれない。
「カメラか。なら着物を決めた後だな」
「うん!」
 着いた呉服屋はなんとも歴史を感じさせるお店で、どうやら江戸時代から続く高級呉服店のようだ。
 鬼龍院御用達で、当主夫妻に玲夜はずっとここで着物を買っているらしい。
「ようこそいらっしゃいました、鬼龍院様」
 店に入ると、妙齢の品のいい女性がお辞儀で出迎えてくれる。
「あらあら、もしかして、そちらのお嬢様が鬼龍院様の花嫁様でいらっしゃいますか?」
「ああ」
「ようこそお越しくださいました」
 丁寧にお辞儀され、柚子も慌てて頭を下げる。
「今日はどのようなご入り用ですか?」
「今度結婚式に出席するから、そのための柚子の振袖を。俺のも合わせて用意してくれ」
「かしこまりました。すぐに何点か見繕って参りますね」
 そう言って女性は奥に消えていき、柚子と玲夜は別の店員に個室に案内された。