そして週末、リフォームされ新しくなった家に戻っていった祖父母の所に遊びに行く日となった。
 本当は玲夜も一緒にと思っていたのだが、間の悪いことに高道と桜子の披露宴の日と重なってしまい行けなくなってしまったのだ。
 その披露宴には、一龍斎の関係者も来ることから柚子は不参加が決まっている。
 万が一の危険を避けるためである。
 本当を言うと柚子だって行きたい。しかし、非常に残念だが我が儘を言うわけにも行かなかった。
 なので参加するのは玲夜だけ。
 祖父母は玲夜ならばいつでも歓迎すると言ってくれているので、この日は柚子だけが祖父母の家に向かう。
 だが、玲夜は少し心配そうにしていた。
「一応護衛を外に配置しておくが、子鬼たちは絶対に連れておくんだ」
『我もおるぞ』
 少し不貞腐れたような様子の龍は、普段から子鬼のことしか言わない玲夜に少し不満なのかもしれない。
 自分もいるのだぞという主張だ。
 柚子は分かっていると伝えるように、腕に巻き付いている龍の頭を撫でてやる。
 すると、少し機嫌を取り直したようだ。
「そんなに心配しなくても家の中だし、あの家には玲夜が結界を張ってるんでしょう? おじいちゃんとおばあちゃんが招かない客は弾き飛ばされちゃうんだし大丈夫だよ」
 そう、以前に招かれざる柚子の家族が突撃してきたことから、その後玲夜がとびっきり強力な結界を張ったようなのだ。
 柚子にはまったく分からないのだが、東吉が思わず回れ右をして帰ろうとするほどには強力なようだ。
 当然柚子が暮らすこの屋敷にも玲夜が結界を張っているようだが、それに勝るとも劣らない渾身の結界らしい。
 ただただ柚子の生活圏を護らんがための、玲夜の涙ぐましい献身である。
 屋敷は玲夜の許可がない者の出入りを禁じるが、祖父母の家は祖父母の許可がない者の出入りを禁じられるようになっている。
 なので、そこまで玲夜が柚子の身を案じる必要はないのだ。
 祖父母の家の結界がどれだけ強力なものなのかは、結界を張った玲夜自身が分かっているのだろうに。
 そして、玲夜ですら負ける龍の加護が柚子にはある。
 柚子はなにも心配してはいなかったが、玲夜のそれはもう癖のように柚子を心配する。
 これほど過保護に大事にされるのは、むず痒いような嬉しさがあるが、なにごとも程々が肝心だ。
 柚子は安心させるように玲夜に抱き付いてから、にこりと微笑む。
「玲夜も桜子さんと高道さんの披露宴に行く準備をしないとでしょう? 私には子鬼ちゃんたちとすごく強い龍が護ってくれてるんだから大丈夫よ」
 龍はドヤ顔でふふんと鼻息を荒くする。
「あーい」
「あいあーい!」
 子鬼たちも気合いはじゅうぶんだ。
「どんな様子だったか、帰ってきたら教えてね」
 さすがに玲夜に披露宴をパパラッチしてこいとは言いづらい。
 写真や動画を見たかったが、それは千夜と沙良がプロのカメラマンを用意しているようなので、今度見せてもらうことを約束している。
 なので柚子も心置きなく祖父母の家に遊びに行けるというものだ。
「分かった。なにかあったらすぐに電話してくるんだ」
「うん。玲夜もなにかあったら電話してね」
 玲夜に限ってなにか問題が起こるとは思えないし、起こったとしても自分で難なく解決してしまうはずだから心配の必要はないのだろうけれど。
 お互い準備をするために離れ、柚子は自身の持つ服装の中では高そうに見えないラフなシャツワンピースを着て行くことにした。
 ゆっくりと用意をして部屋を出れば、本家で行われた式の時とは違い、ブラックスーツに身を包んだ玲夜が出かけるところだった。
 和服も似合うが、スーツはスーツで大人の色気が倍増したようで眼福である。
 思わず写真を撮って残したくなる格好よさだ。
 透子がここにいたなら迷わずシャッターを切っていたことだろう。
 あの図々しさが羨ましくもある。
 毎日一緒にいて馴れたつもりでいても、ちょっとした時に見えるギャップに、未だに柚子はドキドキし通しだ。
「いってくる」
「うん。いってらっしゃい」
「さっきも言ったが、くれぐれも……」
「はいはい。単独行動はしないから」
 あまりのしつこさに柚子も呆れるしかない。
 不承不承ながら、時間も迫っているらしい玲夜は名残惜しそうに柚子の頬を撫でてから屋敷を出て行った。
 そして柚子も。
 玲夜が出て少ししてから、車に乗って透子を迎えに向かったが、そこにはなぜか東吉の姿も。
「あれ、にゃん吉君も一緒?」
「そうなのよ。一緒に行くって聞かなくてさ」
「まあ、こっちは別に構わないけど……」
 なぜ急に一緒に行くことになったのかと不思議に思っている柚子に東吉が説明する。
「透子の体調が悪そうなんだ。家でじっとしてろって言うのに、行くって聞かなくてよ。柚子からもなんか言ってくれ」
「たいしたことないもの」
 心配されている透子はと言うと、ちょっと迷惑そうだ。
「透子、まだ体調治ってないの? 病院は?」
「行ったわ。でも特に異常はないって。風邪だろうって薬もらってきただけよ」
「本当に大丈夫なの?」
 これまで病気らしい病気をしたことのない透子の不調に、柚子は心配だった。
 しかもかなり長引いている気がする。
 しかし、当の本人はそんな心配を切って捨てる。
「大丈夫だってば。ほら、行きましょう」
  柚子も東吉も、そんな透子を止める術を持っておらず、仕方なく柚子が乗ってきた車に乗り込んだ。
 乗り込んでから柚子ははっとする。
 あやかしの中では弱い猫又の東吉は、ことさら鬼を恐がっている。
 弱いあやかしが、最強の鬼を恐がるのは本能によるものなので仕方ないのだとか。
 そんな東吉にはかわいそうなことだが、柚子の車を運転しているのは東吉が苦手にしている鬼である。
 助手席にも護衛のための鬼が乗っており、東吉の顔色は悪い。
 きっと、自分の家の車を出さなかったことを後悔している顔だ。
 透子はそんな東吉に気付かず楽しそうだが、気付いてやって欲しい。
 今にも車から飛び出しそうなほど怯えている。
 祖父母の家に着くまでの間、東吉の苦難は続くのだった。