翌日、働くことを止めて、やりたいことを探すという話し合いで決着がついたことを透子に報告した。
「若様ほんと柚子に甘いわねぇ。で、なんで柚子は資格試験の本なんか読んでるわけ? 就活辞めたんじゃないの?」
 就職活動をしないと言っていたにもかかわらず、現在柚子は就職に役立ちそうな資格取得のためのパンフレットを大量に持っていた。
「したいことって言われてもなにがいい分からないから、とりあえず色んな資格取っておいたらしたいことも見つかって、なにかあった時にも役立つかなって」
「まじめかっ!」
『柚子はそれが取り柄だ』
 鋭い透子のツッコミに、龍までもがそう口にする。
「でも、まあ、若様はこれで安心したんじゃないの?」
「多分ね」
 柚子としてはなんだかんだで玲夜の思い通りになったようで、ちょっとだけ不満があったりなかったり。
 そして、柚子が就職をしたがるからという理由で強制休暇にされていたバイトだが、再開を望んだものの、したいことを探すのだろうと言われて結局そのままバイトは辞めることになってしまった。
 そういう意味でも玲夜の手のひらで転がされた気がする。
「透子は卒業したらなにするの?」
「うーん、なんだろう。まだ分からんないや。別にやりたいこともないしね」
「そうなんだ」
「そんなもんよ。だいたい、私たちの年齢でこれをしたいって明確な夢を持ってる人なんて一部だけよ。他の皆はなんかよく分からないまま就職して年取っていくんだから。柚子も無理して探そうとせずに流れに身を任せてたらその内見つかるわよ」
 カラカラと軽快に笑う透子に、柚子も少し肩の力が抜けた。
「楽観的な透子の性格がとてつもなく羨ましい……」
「あーいー」
「あいあい」
 同意するように子鬼たちがうんうんと頷く。
「柚子がド真面目なだけでしょ」
「いや、普通でしょ」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
 このままだと永遠に終わりそうにない無駄な言い合いが続くかと思った時、急に透子が頭を押さえて顔を歪めた。
「透子? どうしたの、頭痛いの?」
「ううん。ちょっとめまいがしただけ。もうなくなった」
「大丈夫なの?」
「平気平気。一瞬のことだったし。でも、なんだか最近よくあるんだよね。体のだるさも抜けなくて」
「前から言ってたよね。まだ治ってなかったの? 病院で診てもらった方がよくない?」
「うーん。あんまり病院とか好きじゃないのよね」
 嫌そうな顔をする透子に、柚子は呆れる。
「そんな子供みたいなこと言って。大きな病気だったらどうするのよ。どうしてもっと早く病院に行かなかったって、にゃん吉君に雷落とされるよ」
「それはめんどいわね。でも、ちょっと調子が悪いだけだし」
「それでも行っておいた方がいいよ。一緒について行こうか?」
「それこそ子供じゃないんだから。大丈夫よ、病院ぐらいひとりで行けるわ」
「逃げ出さない?」
「……私をなんだと思ってるのよ」
「だって、ねぇ? 透子だし」
 同意を求めるように子鬼たちに向けば、「あーい」と子鬼たちも否定する様子はなく頷いた。
「でも、そんなに調子悪いなら駄目か」
「なんかあるの?」
「ほら、おじいちゃんとおばあちゃんの家のリフォームが終わったから、それを祝って週末にでもささやかに近所の人とか呼んでお祝いしようってなったの。人数多い方が楽しいから透子も誘ったら? っておばあちゃんが言っててね。けど、その調子だと無理そうだなって」
「やだ、行くわよ」
「えっ、だって体調が……」
「ちょっとだけよ。もちろん参加するわよ! 手土産はなにがいいかしら?」
 和菓子?洋菓子?などと悩んでいる透子をうろんげに見る。
「ほんとに来るの?」
「駄目なの?」
「その前に病院行って来るなら文句はないけどさ」
「そこまで病院に行かせたいわけ?」
「透子を心配してるんじゃないの。そして、にゃん吉君の心の平穏のため。じゃないと後でにゃん吉君がうるさいよ?」
「まあ、確かにね」
 柚子が同じことになれば玲夜とてそれはもううるさくするだろう。
 それを分かっているだけに、透子の体調を無視できない。
 それは透子の親友としてもである。
 病院でお墨付きをもらえれば柚子も安心できる。
 透子は観念したように深い溜息を吐いた。
「はぁ、分かったわ。今日の帰りにでも病院行って来る」
「そうしてくれたら、私も安心」
「なんだかなぁ……」
 行く気になったものの透子はまだ納得はしていないようだ。
「病気は早めに治しておくにこしたことはないんだから。透子だって、私が同じ状態だったら同じように心配してくれるでしょう?」
 行動力のある透子なら、言葉で諭す柚子よりももっと強制的に連行しそうである。
「はいはい、分かりましたー」
 ちょっと不貞腐れ気味の透子にふたりの子鬼がよじ登り、よしよしと頭を撫でている。
「あいあい」
「あい!」
 それはまるで、いい子いい子と親が子供を慰めているようで、柚子は笑いを噛み殺した。