大学でそのことを透子に話すと、「当然でしょう」というなんとも冷たい言葉が返ってきた。
「っていうか、まだ諦めてなかったの?」
「内緒にすればいけるかと思って」
「そんなの無理に決まってるじゃない。あの若様が柚子の行動を監視してないわけないでしょう」
「だからって、勝手に辞退するなんてひどい……」
 柚子はがっくりと、テーブルの上に突っ伏した。
「はぁ、なんかいい方法ないかな」
「泣き落としは?」
「もうやった……」
「若様なんだって?」
「却下のひと言」
 目薬まで用意して挑んだが玉砕だった。
「しつこい柚子も柚子だけど、若様もぶれないわね」
「いっそ、玲夜の弱味を握って脅すとか」
「止めときなさい。藪から蛇が出てくるかもよ」
「確かに、後が恐いかも」
 玲夜を怒らせると色んな意味でヤバいことになる。
 そもそも、弱味などなさそうだ。
「インターンはさすがに諦めないと駄目かぁ」
「応募し直しても全部潰されるだけでしょうしね」
「桜子さんがいたら相談に乗ってもらうんだけどな」
 桜子はすでに大学を卒業しており、今は今度行われる披露宴に向けての準備で忙しくしているらしい。
 忙しいのを邪魔したくはないので、柚子も相談しにくい。
 柚子が頭を悩ませていると、透子から疲れたような吐息が漏れる。
「どうしたの、透子?」
「うん。なんだか昨日ぐらいから調子が悪くてさ」
「風邪?」
「そんなんじゃないと思うんだけど、なんだか体がだるいのよね」
 柚子は透子のおでこに手のひらで触れる。
「熱は、ないみたい。他に症状は?」
「ううん。今のところないわ」
「風邪の前兆かな? 最近寒暖差激しいし」
 もうすぐ梅雨が始まる時期。
 季節の変わり目は寒暖差も大きく、体調を崩しやすい。
 きっと透子もその影響を受けているのかもしれないと、この時はそう思っていた。
「しんどくなったら医務室行った方がいいよ?」
「うん。そうする」
「にゃん吉君は知ってるの?」
「言わないわよ、これぐらいの体調不良じゃあ。ちょっとでも体調が悪いなんて言おうものなら、即病院行きよ。過保護なんだからにゃん吉は」
 それには柚子も苦笑を禁じえない。
「にゃん吉君も玲夜と同じだね~」
 きっと柚子がそうなったら玲夜も同じことになるだろう。
 花嫁を持つあやかしの過保護っぷりはどこも同じようだ。
 それを呆れつつも、仕方ないと受け入れているのは、やはり相手のことを愛おしいと感じているからなのだろう。
「それよりさ、優生のことはどうなったの?」
「優生か……」
 優生と聞いて、柚子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「優生とはあれから会ってないよ」
 透子には優生との間に起こったいざこざを話していた。
 中学の元彼である山瀬が別れを切り出した本当の理由も含めて。
 かなり驚いていたようだが、後々山瀬に真偽を問いただしたようで、山瀬からも詳しい事情を聞いて憤っていた。
「まさかあの優生がねぇ。まあ、でもちょっと分かるかも」
「どの辺りが?」
 柚子は嫌そうに顔をしかめた。
「だってさ、柚子はかなり優生を苦手にしてて自分からは絶対に近付かなかったのに、優生の方は柚子を気にしてちょくちょく話しかけてきてたじゃない。よくよく考えれば、好きな子の気を向かせたかったのね」
「好きな子ね……」
 透子は優生のあの様子を見ていないから分からないのだ。
 あれは好きな子の気を引きたいとかそんなかわいらしいものではなかった。
 もっとほの暗くねっとりと絡みつくような感情だった。
 思い出すだけでも背筋がぞわりとする。
 今は玲夜が優生に監視を付けてくれているのが救いだ。
 いつ現れるのかとビクビクしなくていい。
「ほんと勘弁して欲しい……」
「柚子って時々ちょいヤバなのに好かれるよね。誰とは言わないけど」
「それって玲夜も含まれてるの?」
「だから、誰とは言わないってば。まあ、若様の場合はちょいヤバじゃなくて、かなりヤバイと思うけどね」
 透子は少し声を潜める。
「だってさ、一龍斎って最近急激に衰えてんじゃない。株価の暴落ほんとヤバイことになってるみたよ。柚子知らないの?」
「知らない。そういうのよく分からないから」
「にゃん吉が株価の情報見ながら顔引き攣らせてたもの。私に、絶対鬼龍院様を怒らせるなよって釘刺してさ」
 一龍斎をその地位から引きずり落とさんと、玲夜を始めとした鬼龍院が動いているのは少々話には聞いている。
 詳しいことは話さないけれど、上手くいってることも耳にしている。
 けれど、まさかそこまでとは思っていなかった。
 そう言えば、一龍斎の当主の孫娘で、龍の加護を持っていたミコトの姿を最近みないなと思っていた。
 たくさんのお付きの者を引き連れていたりと、なにかと目立つので目に入ってくるのだが、それも最近ない。
 そのことを透子に話せば、柚子たちが三年に上がる前に大学を辞めたのだという。
「そうだったの?」
「知らなかった? けっこう一部で騒いでたんだけど」
「全然。玲夜もなにも言わなかったし」
『我は知っておった』
 と、それまで静かに柚子の腕に巻き付いていた龍が答える。
『当主の命令で別の大学に編入となったようだぞ』
「どうして?」
『ほれ、あの小娘、我を返せと柚子に食ってかかっておったであろう。それを鬼龍院の当主が向こうの当主に苦情を入れたのだ。我のその場に立ち会って、関わるならどうなっても知らんぞと脅しておいたからな』
 そう言って、龍はケケケっと至極愉快そうかつ悪そうに笑っている。
「柚子には過保護な保護者がたくさんいるわね」
「ありがたいやら、頼もしいやら」
「周りからしたら恐いわよ」
「だね」