「あっ!」
「どうした?」
「そう言えば、透子に途中で帰って来ちゃったこと言うの忘れてた」
 山瀬と共にカフェから出て行ったところまでは見ていたかもしれないが、その後柚子が帰ってこなくてきっと心配しているだろう。
「それなら高道が連絡しているだろうさ」
 さすが気が利く男、高道である。
「それならいいんだけど」
 それでも後で電話をかけておいた方がいいだろう。
 急にいなくなったのだ。
 多少怒られることは覚悟しておくべきかもしれない。
「それで、柚子はどうしたい?」
「どうって?」
「はとこなのだろう? 徹底的に潰せというならそうするが?」
 玲夜はなんとも凶悪な顔で口角を上げた。
「潰す必要はないけど、今は会いたくはないかも……」
 とは言え親戚だ。
 二度と会わずにいることは難しいかもしれない。
 祖父母の家にちょくちょく会いに来ていたようなので、むしろこれまで会わなかった方がおかしぐらいだ。
 祖母は時々会いに来る優生のことを心待ちにしているふしがある。
 優生が来なくなったら祖母は悲しむかもしれない。
 そう思うと、玲夜になんとかしてくれとは言いづらかった。 
「まさか優生が山瀬君に別れろなんて裏で言ってたとは思わなかった……」
「なんだ、元彼に未練でもあるのか?」
 眉根を寄せる玲夜に、柚子はクスリと笑う。
「それはまったく」
 そう言うと分かりやすく玲夜の表情が緩んだ。
「でも当時はけっこうショックだったんだから。理由を聞いても教えてくれないし、自分のなにが悪かったんだーって透子に泣きついたりしたし。まさかそんないざこざがあったなんて知らなかったから。それに優生とは中学卒業してから会ってないんだよ? おばあちゃんによると様子を聞きに来ていたみたいだけど、今さらどういうつもりだって思いが強いかな」
「鬼龍院の網にも引っかからなかったな」
 柚子の周辺のことは最初の頃に徹底的に調べられている。
 柚子もそれは知っている。
 柚子を害する可能性のある者はその時に玲夜の元に情報がいっているのだろうが、優生はそれまでただの親戚でしかなかったので漏れたのだろう。
 なにせ害するようなことをされたことなどないのだから。
「子鬼の力がきかなかったようだな?」
「うん、そうなの。子鬼ちゃんが手加減したわけではなさそうだし」
 なんと言っても、子鬼は柚子の護衛のために生み出された存在だ。
 柚子に害があると判断した相手には容赦がないので、優生にもそうであったはず。
 けれど、優生は子鬼の攻撃をなにごともなく弾いていた。
 普通の人間にはできない芸当だ。
「柚子も神子の素質があるんだ。親戚ならば同じように一龍斎の血が強く出た者が他にいてもおかしくはないか……」
 玲夜は神妙な顔で考え込む。
「うーん。そこまではよく分からないけど、優生から黒いもやが出てたの」
「もや?」
「うん。もやがね、優生の体からゆらゆらと吹きだしてきてる感じで、私と龍にしか見えなかったの。それは私に神子の素質があるからだって言われたけど、結局あれがなんだか聞いてないや」
 ただ、とてもよくないものだということはなんとなく感じた。
「龍はなにか知っているのか?」
「なんか様子がおかしかった気がするの。もしかしたらなにか知ってるのかもしれないけど……」
 どことなく聞きづらい空気を出していた。
 問うてくれるなと言っているかのような。
 そして、どこか思い詰めているような雰囲気。
 自分のはとこのことなので知りたいと思うが、聞いていいのか躊躇わせる。
「まあ、とりあえず、そのはとこには鬼龍院の調査を入れる。それでなにか分かるかもしれない。柚子は決してひとりにならないように気を付けるんだ。子鬼の力がきかないなら今以上に用心する必要がある。護衛も増やすぞ」
「うん。分かった」
 そして、優生の調査が行われたのだが、特におかしな点は見つからなかった。
 そればかりか、優生を監視している者からも、優生はなにごともなかったかのように日常を暮らしているという。