屋敷へと帰ってきた柚子は、その足で祖父母の泊まっている部屋へ向かった。
「おじいちゃん、おばあちゃん、入ってもいい?」
「どうぞ」
 部屋に立ち入ると、いつもと変わりない祖父母の姿に安堵が浮かぶ。
「あら、早かったのね。もう終わったの?」
 祖母は柚子の早すぎる帰りに疑問を持ったようだ。
「うん、そう」
 優生のせいで途中で抜けてきたとは言えず、曖昧に笑ってごまかした。
「あの、さ。優生のことなんだけど……」
「優生? ああ、確か同じ中学だったわよね。優生も来ていたの?」
「うん……」
「あら、そうなの。元気だった?」
「うん、元気そうだった」
「そうよかったわ。柚子は中学を卒業してから会ってなかったかしら?」
「おばあちゃんもそうじゃないの?」
「いいえ。中学を卒業してからもちょくちょく家に来ていたわよ」
「そうなの!?」
 それは初めて聞いた。
「ええ。そう言えばいつも柚子がいない時だったわね。いつも柚子の様子はどうだって聞きに来ていたのよ。柚子があの家でよくない扱いを受けていたのを心配していたわ。本当に優しい子よね」
「優生が……?」
「最近は来ていなかったわね。最後に来たのはいつだったかしら?」
 すぐに思い出せない様子の祖母に、祖父が助言する。
「柚子があの家を出た後だ」
「そうそう。確かにそうだったわ。鬼の花嫁になったのよって言ったら、驚いた顔をして帰っていったのよ。それから来てないわ」
 祖母は柚子の顔を見てふふふっと口元に手を添えて笑う。
「きっと優生は柚子に気があったんじゃないかと思うのよ。それで、柚子が花嫁になったのがショックで来なくなったんだわ」
「優生が私を?」
「そうじゃなきゃ、あんなに柚子の様子をわざわざ聞きに来たりしないでしょう?」
 優生が自分を……?
 否定は出来なかった。今日のあの優生を見てしまった後では。
 ただ、それはきっと祖母が思っているようなかわいらしいものではないはずだということ。
 柚子への異常なほどの執着心が見えた。
 そして気になるのはもうひとつ。
「優生って霊力があったりとかしないかな?」
「えっ?」
「ほ、ほら、優生のご先祖も一応は一龍斎の血を引いてるんでしょう? 一龍斎は昔神事を取り扱ってたって言うし、そういう不思議な力を持ってる人もいたりするのかなって」
 すると、祖母は目を丸くした後、声を上げて笑った。
「なにを言ってるの。優生がそんな力なんて持っているはずないじゃない。あの子を小さな頃から知っているけど、そんな不思議な力を使っているところなんて見たことがないわよ」
「けど……」
 だったらあれはなんだったのか。
 子鬼の放つ炎を一瞬で振り払ったあの力。
 以前に子鬼の攻撃を受けた父親は、ものの見事に吹っ飛んでいったことがある。
 それほどの威力があるはずの攻撃だったのだ。
 それをいとも簡単に消してしまった。
 子鬼の攻撃がきかなかったことは以前にもあった。
 あれは陰陽師に捕まった時だ。
 あの時も、子鬼の攻撃はきかず、子鬼は瀕死の状態に陥った。
 ならば陰陽師の力なのか?
 柚子に疑問が浮かぶ。
 それに加え、優生を取り巻いていたあの黒いもやはなんなのか。
 分からないことだらけだ。
「疑問に思うなら優生に聞いてみればいいじゃない」
 それができれば聞いたりはしない。
 もう一度優生と会うなど考えたくはない。
 それどころか、できれば今後二度と会いたくはなかった。
 しかし、そんなことを、優生をいい子と思っている祖父母に言えるはずもなく、適当にごまかして祖父母の部屋を後にした。