委員長から話を聞きに行っていた透子が帰ってきた。
 ぐちぐちと文句を言いながら。
「まったく、冗談じゃないわよ」
「どうしたの?」
「委員長ってば、私が聞いた時には優生は来ないって言ってたけど、柚子はあいつが苦手でしょう? だから念のために出席するようなことがあったら教えって言ってたのに、うっかり忘れちゃった。だって。うっかりにもほどがあるわよ」
「まあ、もう来ちゃったものは仕方ないよ。それより透子ってば私を置いて行っちゃうんだもん。そっちの方が問題」
「ごめんごめん。ちょうど委員長見かけたから体が動いちゃって。それに、別になにかされたわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「未だに柚子が優生を苦手にしてるのが分かんないわ。いい奴じゃない優生って。誰にでも分け隔てなく気さくでさ」
「そうなんだけど……」
 柚子も、この気持ちを伝えるのは難しかった。
 自分でもなぜと思うのだが、苦手なものは苦手なのだ。
 中学卒業以後会っていなくて苦手意識もましになったかと思えば、なんだか以前より悪化しているような気がする。
 あの目で見られると、どうしようもなく恐怖心が足下から這い上がってくるかのよう。
「はぁ。せっかく楽しみにしてたのに台なしだ」
 一気にテンションが下がってしまった柚子。
「まあ、美味しい物でも食べて元気出しなさい」
「そうする」
 ビュッフェ形式のテーブルから取り皿によそって食べようとしていると、後ろから柚子に声がかけられた。
「柚子」
 振り返るとそこにいたのは、中学時代に付き合っていた元彼の山瀬である。
 顔も朧気だったが、確かにこんな顔だったと思い出す。
「あっ、山瀬君」
「久しぶり」
「う、うん。久しぶり」
 突然の別れ話の後はお互いに話しかけたりすることもなかったので、なんとなく気まずい空気が流れる。
「あのさ、さっき優生と話してたよね?」
「うん」
「仲良いの?」
「えっと、普通……かな? 一応はとこだし仲悪くはないよ」
 そう、決して悔恨があるわけではない。
 柚子が一方的に苦手としているだけで、外野から見たら普通の親戚の関係だろう。
「そうなんだ」
「…………」
「…………」
 流れる気まずい空気に耐えきれず、透子が飲み物を取ってくるとその場から逃げた。
 心の中で恨めしく思っていると、山瀬が辺りを気にしながらそっと小さな声で柚子に囁いた。
「ちょっとだけ時間くれる? 話したいことがあるんだ」
「なに?」
「ここではちょっと……。少しだけ外に出ない?」
 わけも分からぬまま山瀬についてカフェの外に出る。
「どうしたの?」
「本当はさ、言うべきかどうか迷ったんだけど……。柚子には婚約者がいるって聞いたから、言っておいた方がいいのかなって思って」
「なにを?」
「僕たちが別れた理由」
 柚子は目を丸くした。
「別れた理由もなにも、山瀬君が別れたいって言ってきたんじゃない。他に理由もないでしょう?」
「……違うんだ」
「違う?」
 なにが違うのかさっぱり分からない。
 そもそも、今さらそんな昔のことを言われてもどうでもいいというのが柚子の素直な気持ちだ。
 だが、山瀬の方は厳しい顔をしていて、もういいからとここを去ることもできなかった。
「優生なんだよ、別れる原因」
「えっ? どうして優生が出てくるの?」
「脅されてた。柚子と別れるようにって優生に。最初は拒否してたんだけど、段々やることが激しくなってきて、暴力とか……」
「嘘……」
「本当だよ。ほら、あいつ人気者だからさ、友達に相談しても誰も信じてくれなくて。それなのにあいつの行動はどんどん酷くなってくるし。僕、このままじゃ殺されるんじゃないかって。それで別れたいって言ったんだ」
 柚子は信じられなかった。
 あの優生がそんなことをする理由も分からない。別れさせるために暴力的なことをするなんて。
 けれど、山瀬の表情は嘘を言っているように見えない。
「本当、なの?」
「うん。ずっと言うかどうか迷ったんだけど……柚子さ、あいつと関わりがあるなら早く縁切った方がいいよ。あいつかなりヤバイ。普通別れさせるためにそこまでする? 柚子婚約者がいるんだろう? あいつがなにもしないとは思えないんだ」
「でも、優生とは中学卒業してから一度も会ってないのよ。さすがにもうなにかしてくることはないんじゃないかな?」
「甘いよ! 絶対にあいつが諦めたはずない。あんなことする奴だ……。あいつの柚子への執着のしかたは異常だったよ。絶対にまだ諦めてない」
「執着って、そんな」
「本当だって。あいつは……」
「そんなところでなにしてるの?」
 話に夢中になっていたふたりはびくりと体を震わせた。
 そこにいたのは、笑顔を浮かべた優生。
「あっ……」
 途端に怯えた表情を浮かべる山瀬からは本気で恐がっているのが分かり、山瀬の話が嘘ではないのだと分かってしまった。
 だからこそ、柚子もなぜと疑問が浮かぶ。